『一人称単数』(村上春樹)「石のまくらに」を読んで。
村上春樹、6年ぶりの8作品からなる短編集です。自分は村上春樹好きで、本書を1作品ずつ紹介したいと思います。ネタバレあり、閲覧注意です。
本日は1作目「石のまくらに」。
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1作目『石のまくらに』(p7~p24)
【あらすじ】
主人公「僕」の回顧で話は進む。当時の僕は19歳の大学2年生で、バイト先の女性の先輩(20代半ば)と成り行きで一夜を共にする。彼女は翌朝の帰り際に、興味があるなら自分が作っている短歌の冊子を送ると言う。その短歌の一つが、「石のまくらに」。
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【解説】
村上春樹らしく性的な表現も多々出てきます。ここで言う一夜を共にするとは、所謂、男女の関係になるということです。彼女には他に好きな男性が居るのだけど、その彼とは体の関係のみ。彼女は納得してるかのような素振りはしている。
主人公「僕」は、その夜限りで二度と合わないだろうなと悟り、実際二度と会うことは無かった(その夜は、彼女のバイト最終日だった)。また冊子も送られてこないと思っていたが、一週間後に、きちんと「短歌集」は送られてきた。
石のまくら / に耳をあてて / 聞こえるは
流される血の / 音のなさ、なさ
彼女の短歌は全て男女と死を連想させるものだった。そして「僕」は、彼女は今も生きているのだろうか?と思う。現在もたまに、その形ある冊子を眺めながら。
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「人を好きになるというのはね、
医療保険のきかない精神の病にかかったようなものなの」
村上春樹的な文章で好きです。
たち切るも / たち切られるも / 石のまくら
うなじつければ / ほら、塵となる
この短歌が一番最後のページの〆になります。
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【感想】
短編集というのは「物語の全てを説明していない」のがいいですね。余韻を読者にまかせている。何を感じるか、何を思うか、の自由が大きい。
自分の感想としては、今もその「冊子」を見ると、当時の夜のことが思い出される、というのが印象的です。我々は記憶というものを保持できない、だから証拠たる「物」の存在は、その時の体験を裏付ける大きなものです。
彼女の状況から死を連想するのは、直接すぎて想像するのは難しいです。どうなったか純粋に分からない。石の冷たさと、血のあたたかさ。ただその血には音はなく、流れているのか、いないのか。