『一人称単数』(村上春樹)「一人称単数」を読んで。⑧
村上春樹、6年ぶりの8作品からなる短編集です。自分は村上春樹好きで、本書を1作品ずつ紹介しています。ネタバレあり、閲覧注意です。今回は8作目、最後の『一人称単数』。
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【あらすじ】
「僕」は普段スーツを着る機会はほとんどないのだが、その日はたまたま暇で、スーツを着てバーでお酒を飲み読書をして過ごしていた。
そこで50歳前後の見知らぬ女性から声をかけられる。「そんなことしてて愉しい?」と。悪意のある言い方で。その女性は知り合いの知り合いだと言う。僕には全く覚えがない。
「思いあたることがあるはずよ。三年前の水辺であったことを。どんなおぞましいことをしたのかを」そう言われ、僕はその場を反射的に後にした。
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【解説】
最後はミステリー風の物語になってます。事件が起きてもおかしくない。物語自体は非常に短いです。僕が何をしたのかの「謎」は明かされません。その女性の勘違い、人違いであるとしています。
「一人称単数」のタイトルが回収されます。スーツを着てネクタイを締めた自分の姿を鏡で見て、「どこかで人生の回路を取り違えてしまったのかもしれない」そう考えます。そこに映っているのは、一体誰なのだろう?と。今ここに居る一人称単数の私は誰?
この文章を見ると、三年前に実際は何かあったのかな?というサスペンスを想像させます。記憶の改竄か? 別人格の発動か? みたいな。ただ本書全体からでは、どちらかと言うと、酒場での女性のいちゃもんです。
今のあなたを疑う。他の人生を想像する。そういうテーマでしょうか?不完全燃焼の形でこの物語は終わります。この本全体のタイトルとするには、何か不釣り合いな気もしました。
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今回で短編8作紹介終了です。
①石のまくらに
②クリーム
③チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ
④ウィズ・ザ・ビートルズ
⑤ヤクルト・スワローズ詩集
⑥謝肉祭(Carnaval)
⑦品川猿の告白
⑧一人称単数
ここから選抜するなら、太字の4作品がおすすめです。
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まとめて全体を振り返ると、「ほんとか嘘か分からない」という全体像が見えてきます。
①彼女の行方、結末
②助言をくれた老人
③架空のLP
④彼女の死因
⑥彼女の本当の素顔
⑦言葉をしゃべる猿
⑧三年前の僕
(⑤を除く)全部が「本当に実在したのか?」「本当は何だったのか?」というテーマが含まれています。そこで確かなのが「一人称単数」である僕の存在。僕の視点があるからこそ、これらの物語が成立しています。あなたの人生も、あなたの視点が成立させている。そういう感じでしょうか。