『一人称単数』(村上春樹)「クリーム」を読んで。②
村上春樹、6年ぶりの8作品からなる短編集です。自分は村上春樹好きで、本書を1作品ずつ紹介したいと思います。ネタバレあり、閲覧注意です。
本日は2作目「クリーム」。
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2作目『クリーム』(p27~p48)
【あらすじ】
主人公「僕」は18歳、浪人生。予備校にも行かず、図書館で勉強するふりをして本を読んで過ごす。16歳でやめたピアノ教室の、1つ歳下の女の子から、演奏会の招待状が届く。
しかし行ってみると演奏会は開かれていない。「僕」は何かの間違いかと嫌な気持ちになる。あきらめて帰るとき、公園の四阿(あずまや)で老人に出合う。そこで「人生のクリーム」という不思議な話を聞く。
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【解説】
この物語の注目箇所は2つあります。まず1つ目は「僕」が演奏会をすっぽかされる場面。時間も場所も間違いない。なぜこんな案内状が届いたのか?これは最後まで明かされません。しかし「僕」は、ピアノがそんなに得意ではなかった気後れから、何か悪意を疑ってしまう。
結果「僕」は思考の迷路に入り込み、過呼吸に陥る。
2つ目は、過呼吸を落ちつけていた四阿で出会う老人の言葉、
「中心がいくつもあって、外周をもたない円。
そういう円を君は思い浮かべられるか?」
「けどな、そのむずかしいことを成し遂げたときにな、
それがそのまま人生のクリームになるんや」
「人生の一番大事なエッセンス、とびきり最良のものや」
「それ以外はみんなしょうもないつまらんことばっかりや」
「僕」は目を閉じて考える。そして答えが出せないまま、目を開けると、そこにもう老人の姿は無かった。
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【感想】
短編集を1日1作品ずつ紹介するというのは、贅沢で気持ちがいいですね。本書を一気に全部読み終えてから感想を書くと、興味がわかない作品も出てくると思います。ただ1作品ずつ向き合って感想を書くと面白い。
本書では「考えてもしょうがないこと」「考えるべきこと」というテーマを感じます。人の悪意というのはホント危険です。会社や仕事を辞めたくなる理由というのは、この悪意にあるのではないかと思います。
そしてこの悪意というのは、本人の想像力が膨らませてしまう。例え意地悪をした側が、たいした考えもなく、それも発作的に嫌がらせをした悪人だとしても、受け取る側の感受性が、耐えがたいものに膨らませてしまう。
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老人が言う「人生のエッセンスとしてのクリーム」これが心を救います。我々が何か他人の悪意を感じる場面に出くわしたら、この作品を思い出し、悪意について考えてもしょうがない、クリーム以外大事なものなど無い、
「クレム・ド・ラ・クレム」(クリームの中のクリーム、最良のもの)
これを思い出すのが良さそうです。本書のこの場面を映像として思い出し、それが自分を救う。これが文学作品の良さ。
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