見出し画像

社長の始末書 20 枚目〜バッチリ先生 炎上の経緯:後編〜

寒い寒い夜でした

私に対するネットでの誹謗中傷が盛んになってきた頃の話です。

ある晩、ちょうど食事を終えたところで、どんちゃん(会長)から電話がかかってきました。珍しく慌てた様子です。

「聞いたよ。サトシの炎上、大丈夫か?」

私が経緯を説明しようとすると、どんちゃんはとりあえず会って話そう、と、遅い時間でしたが、近くの公園で落ち合いました。

すごく寒い夜でした。外灯の少ない公園を二人でぐるぐる歩きながら、小声で話します。白い息が月明かりに照らされ、揺らめいています。

どんちゃんは新卒採用の際に「ウォンツ社のネットの評判が気になる」という理由で内定を辞退されるケースがあったことを耳にして大変驚いたとのこと。

私は今までこの件を知らせていなかったことを詫びましたが、その謝罪の途中でどんちゃんが遮りました。

「サトシが謝る必要はない。あの誹謗中傷は本当にひどいと思う。オレはすでに顧問弁護士と話をつけてきた。」

もう弁護士と話してきた!? 相変わらず、彼の行動の素早さにビックリしました。

「弁護士いわく、あれは完全に名誉毀損と侮辱罪に当たるし、会社にだって既に損害を与えている。だったら損害賠償も求められるレベルだとのこと。だからすぐに、誹謗中傷をしている人たちを法のもとで裁いてもらおう。それらは全部、ウチの弁護士がやってくれる。」

本当にありがたい提案なのですが、私ももちろんそのことを何度も考えてきつつ、あえて静観という対応を選択していたことを伝えました。

その理由としてはまず、当時のネット炎上対策として「ヘタに動くと火に油を注ぐことになる」ということが定説だったからです。実際、SNSにすごく詳しい友人も「まずは静観がベストだと思う」と私にアドバイスしてくれていました。

そして、これは私の甘さなのでしょうが、遊び半分で誹謗中傷をしているヒト達と戦争に似た状況になるのを、どうしても受け入れられなかったというのもあります。ネットに出ている情報はウソばかりだし、私が悪いことをしているわけでもないし、アカウントを量産はしているけど実質書いているのはおそらく数人。

当時におけるネット炎上対策の最新情報を踏まえたうえで、私としては訴訟問題にまで発展させる必要はないと判断していました。訴訟を起こしたとなると取引先も不安がり、迷惑がかかってしまうリスクがあることもその理由のひとつでした。

まあ、とりあえず相手にしないでおけば、悪口を書いている人も次第に飽きてきて自然消滅するだろう。そう思っていたのです。

ですがどんちゃんは「そんな楽観的じゃダメだ!」と強く私に言いました。静かな公園に、少し怒気をはらんだ声が響きます。しばらく沈黙があった後、どんちゃんは真っ暗な空を見上げて、大きなため息をつきました。

「サトシ、ちょっと座ろう」とベンチに腰掛け、彼はまた声を小さく絞って言いました。

「たしかに今は静観が正しい選択なのかもしれない。でも誹謗中傷を書いている人は遊び半分だからこそ、しっかり裁くことが今後のネット犯罪全体の抑止力にもなるはず。その選択肢も忘れずに持っておいてほしい。」

はい。そのお気持ちも重々分かります。ご心配をかけて申し訳ありません…。

その晩は、対応の最終決断を私に預からせてもらい、どんちゃんと別れました。そしてやはり私はこの件に関しては静観することを大方針としたまま、ただひたすら事態の沈静化を願っていたのです。

正直、いまもこのときの決断が正しかったのかどうか、分かりません。しかしいまも誹謗中傷が止まっていないことを考えると、残念ながら正解だったとは言えないのでしょう…。

朝起きて、インタビューをしたお客様や私の誹謗中傷がネットからすべて綺麗に消えてくれていたら良いのになあ。正直、私はこのことを考えない日はありません。

そして、ついに先日、最悪の事態が起こってしまいました。私の子どもたちにまで、誹謗中傷の被害が及ぶことになったのです。

中学生になる私の子のお友達が、私の中傷動画や、話しているセリフを真似て、見せつけていると言うのです。もちろんそのお友達に悪気が一切ないことは分かっていますが、私は大きなショックを受けました。

さらになんと同じ日に、小学生の甥っ子、姪っ子からも直接バッシング動画を見せられ、「おじさんは悪いことしてるの?」と聞かれたときは、二の句が継げませんでした。

彼らには「悪いことなんてやってないよ。心配させてごめんね。」と伝えましたが、内心、とんでもないことになったと恐怖を覚えました。

そして私の子どもたち(中学生と小学生)には、すぐにこう説明しました。

「パパのせいでイヤな思いをさせてゴメン。

でも、誓って言う。ネットで書かれていることはすべてウソだよ。

商品をありえない値段で売りつけたことなんかも、一度もない。

パパのお客様に、御礼を兼ねてインタビューしただけだよ。

あと、寝転んでインタビューをしたとか、詐欺師とか、障がい者の人を騙してる…って…。」

私自身、話していて情けなくなり、涙が溢れそうになりました。が、気を取り直して続けます。

「君たちは、パパがそんなことすると思う?」

子どもたちは揃ってこう答えます。

「ありえん。そんなのありえないね。」

「…ありがとう。でも面白半分でパパを悪く言う人達に向け、パパが真剣に反論すれば、さらに炎上してしまうのがネットの恐いところ。だからパパはずっと黙って、耐えてきたんだ。

でも、全く関係ない君たちが、パパのせいで学校のお友達にからかわれることだけは我慢できない。

もしこれから先、イヤなことを言われたら教えてもらっていい? パパがお友達のところに説明に行くから。」

子どもたちは私の目を見て頷きます。

「誰にどんなひどいことを言われても、パパは構わない。だけど、君たちにだけは真実を知っておいて欲しいんだ。いろいろと迷惑をかけて、本当にごめんね。」

子どもたちは「大丈夫。分かった。」と、気丈に返事はしてくれましたが、彼らの心中はどんなに苦しいか、想像するに余りあります。愛する子ども達にこんな思いをさせてしまうなんて、心底、忸怩たる思いです。

また、私自身への攻撃性が高い誹謗中傷をする人は増え続ける一方で、その拡散スピードも加速していることを感じ、いまも四六時中、身の震えるような思いをしています。

さすがに事態がここまで悪化すると、路線を変更して、法的な手段を選択するしかない、そう思うようになりました。

この事件で私は、インターネットという匿名メディアの恐さを身をもって知りました。最近では、心無いバッシングを受けたことにより自ら命を絶ってしまう事件も後を絶ちませんが、このような被害がもう増えないことを心から願って止みません。

さて、ここから当時の経営状態に話を戻します。

恥ずかしながら、私のメンタルはかなりボロボロでした。ネットでの誹謗中傷で私の名前は地に落ちましたが、新教材もスマッシュヒットは出たものの後が続かず、会社の売上もまた奈落の底へ落ちていくのです…。(こんな展開ばっかりですみません)



続きはこちらからどうぞ↓

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?