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池澤夏樹『知の仕事術』で「本を読む意味」を考える

はじめに:『スティル・ライフ』を読んだ時の衝撃

ご閲覧いただき、誠にありがとうございます。イシカワ サトシです。
このnoteは『小説の価値を上げる』を目的とした一風変わった読書ブログです。

第九弾は池澤夏樹『知の仕事術』

当マガジン初のエッセイ紹介でございます!本来第九弾では、池澤夏樹の『スティル・ライフ』をやりたかったのですが、池澤夏樹を調べていく過程で、『知の仕事術』に出会いまして。基本的に小説だけを扱う予定でしたが、当ブログの目的である、『小説の価値を上げる』に適したエッセイなので、小説を差し置いて紹介させていただければと思います。

それでは作者紹介。みなさんは池澤夏樹をご存知でしょうか。世の中には、ビル・ゲイツや出口治明氏など、古今東西に『知識人』と呼ばれる人々が存在します。そして今回紹介する池澤夏樹も、その分類にカテゴライズして全く差し支えないでしょう。

北海道帯広市出身の作家、池澤夏樹。現在74才。『スティル・ライフ』で芥川賞を受賞し、それ以降、日本の文学賞はだいたい受賞しています。文学一本の人生と思いきや、大学時代に専攻したのは物理学翻訳家でもあり、ギリシア現代詩からアメリカ現代小説など幅広く手がけ、毎日新聞の書評家としても活躍。日本文学全集・世界文学全集を編集した作家としても知られ、古今東西の幅広い文学に精通しています。

知っている限りの情報を並べましたが、どこからどう見ても知識人(笑)なかなか本題に入らず恐縮ですが、私自身、『池澤夏樹ブーム』は人生で2回来ています。大学2年生の頃と、このブログを執筆している今現在です。

大学2年生の頃は初めて『スティル・ライフ』を読んだ時です。とにかく冒頭文がカッコいい!当時は小説を全然知らなかったので、「こんな文章見たことない!これがカッコいい文体というやつか!」と感じてたのを記憶しています。冒頭の文章はこんな感じ。

この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。
 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。たとえば、星を見るとかして。
 
池澤夏樹. スティル・ライフ (impala e-books) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.6-10). Chūō Kōronsha. Kindle 版.

あぁもうカッコよすぎ(笑)

幼少の頃から日本文学だけでなく、海外文学にも精通していたからできる芸当でしょう。純文学すらまともに知らなかった当時の私にとっては、衝撃の文章です。

『第二次池澤夏樹ブーム』が到来した理由

そしてこのブログを書いている現在、また『池澤夏樹ブーム』が到来しました。

簡単に背景をお伝えしますと。。私は大学1年生から文学に触れはじめ、現在になってようやく「文学が読める力がついてきた」と実感してきました。そして下記のことがしたくなったのです。

1, 文学作品に対して、自分の意見を加えて紹介したい。
2, 世界文学・日本文学を網羅的に読破したい。

特に2番目。「世界文学・日本文学を網羅するにはどうすればいいんだろう?」というのが、私にとっての悩みの種でした。そして各出版社の世界文学全集の内容を漁ってた矢先、『スティル・ライフ』を執筆した池澤夏樹が世界全集をまとめていることを知ったのです。しかも本の装丁がめちゃかっこいいんですよ。

これが本棚に全巻あったら、相当おしゃれ。私もゆっくりではありますが、この世界文学全集を初めから読み込んでいます。そのため、当マガジンの第一弾はジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード 』なのです。第一弾なので、かなり拙い文章ではございますが下記に添付しておきます。私にとって、この世界文学全集を全てレビューするのが、ある種、読書家としての到達点とも思っている次第です。

本離れの時代にどうやって『小説の価値』を伝えるのか

少し話を変えましょう。当ブログの出発点である、「小説の価値を上げる。」結構前に書いた自己紹介でも記載しましたが、総務省のデータによると、調査した人のうち、1ヶ月間全く本を読まない人は47,5%を占めていたそうです。※自己紹介文は書き直そうと思います。正直思っていることと異なってきたので。

私の周りでも、日常的に小説を読んでいる人は少ない。ビジネス書籍なら読んでるよ!って人は結構いますが。そして本を読まない人の意見を聞いてみると、大抵このような回答が返っていきます。

・小説を読む時間がないんだよね〜
・動画でよくない?活字で妄想するのが大変。
・疲れているときに読みたくない。。

最近ではNetflixやAmazon primeなど、動画ストリーミングサービスが隆盛を極めています。またKindle unlimitedでは漫画が読み放題。SNSでも共感を呼ぶコンテンツが毎日アップデートされている。今までにないレベルで小説の存在が危うくなってきています。たしかに他の媒体と比べて、活字は脳味噌の処理工数が悪いのは把握しています。私も毎日、動画ストリーミングサービスを見ていますし。

しかしです。私は結局のところ、小説に帰ってくるのです。アニメや映画も日常的に見ますが、「小説が結局楽しい」と言わんばかりに。小説を日常的に読む人の中には、そう思っている人は少なくないのでは?

それではなぜ小説に帰ってくるのでしょう?圧倒的に脳味噌の処理工数が悪いのに。このブログでは「他の媒体と比べた上で、私なりに「小説の価値」を考え、小説を紹介していく」ようなことがやりたかったのですが、いざ問われると結構難しいのが本音です。

池澤夏樹に『本の価値』をご教示いただく

ここまで読んでくれた読者さん、ありがとうございます。やっと本題パートですよ!前述で説明しました当ブログの目的、「小説の価値を上げる。」しかし小説の紹介をやっているだけで、なかなか別解が沸かない。

だったらその悩みを好きな作家に尋ねてみれば良いじゃないですか!!池澤夏樹大先生に尋ねてみれば良いじゃないですか!!

という訳で池澤夏樹のエッセイを漁ったのです。そして私が辿り着いたのが、今回紹介する『知の仕事術』です。

思っていたことを伝えてくれた圧巻の冒頭文

しかしそんな池澤夏樹のような大先生でも、私が思うようなエッセイを書いてくれないかもしれない。。と、恐る恐るエッセイを買ったのですが、そんな心配は全く必要ありませんでした。『スティル・ライフ』と同様、冒頭からキレッキレのカッコいい文章で不安を払拭してくれました。

ちょっと長いですが、Amazonでサンプルにある内容を抜粋します。

しばらく前から社会に大きな変化が目立ってきた。
人々が、自分に充分な知識がないことを自覚しないままに判断を下す。そして意見を表明する。そのことについてはよく知らないから、という留保がない。
もっぱらSNSがそういう流れをつくった、というのは言い過ぎだろうか。
ツイッターが流す「情報」をろくに読みもしないで、見出しだけを見て、「いいね」をクリックする。それで何かした気になって、小さな満足感を味わう。
検索システムは世間ぜんたいから同じような意見だけを集める。そこだけ見ていると、その意見が多数を占めるように見える。だから自分もそこに参加して、徒党の一員としていっぱしのことをしてみたいと思う。そこで「いいね」のクリック。それに反対する意見を探して比べることには思い及ばない。頭脳を使う努力という点では実は何もしていないに等しいが、本人はそれに気づかない。

池澤夏樹. 知の仕事術(インターナショナル新書) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.61-64). Kindle 版.

いかがでしょうか。もう冒頭から「私が言いたいことはこれー!」って感じです。このエッセイは冒頭文から「情報」「知識」「思想」の違いを明確にしてくれます。「本を読まない人よ!情報ばかり集めてどうするんだ!?」とばかりに。

ちょっと中略しますが、さらに冒頭はこのように続きます。

ものを知っている人間が、ものを知っているというだけでバカにされる。
ある件について過去の事例を引き、思想的背景を述べ、論理的な判断の材料を人々に提供しようとすると(これこそが知識人の役割なのだが)、それに対して「偉そうな顔しやがって」という感情的な反発が返ってくる。
彼らは教えてなどほしくない。そういうことはすべて面倒、ぐじゃぐじゃ昔のことのお勉強なんかしないで、この場ですぱっと思いつくままにことを決めようよ。いまの憲法、うざいじゃん、ないほうがいいよ。さっくり行こうぜ。
こういう人たちの思いに乗ってことは決まってゆく。
この本はそういう世の流れに対する反抗である。
反・反知性主義の勧めであり、あなたを知識人という少数派の側へ導くものだ。


池澤夏樹. 知の仕事術(インターナショナル新書) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.75-77). Kindle 版.

もう言ってくれてありがとう、池澤夏樹大先生!「なんで本を読むのか?」という問いに対して、私が答えたい!と思っていたことをそのまま書いてくれました。

私はなんで小説やエッセイ、ビジネス書籍などを毎日読んでいるのか?、というと「私自身に存在する偏見を無くしたい」のです。そして世間で共感されていることに対して、「正しく情報を疑えるようになりたい」のです。でも読んでいない人には中々、その価値に気づいてもらえないのです。

他の媒体(アニメ・映画)でも決して、思慮に耽ることができない訳ではないですが。しかしやっぱり自分の速度で、活字を脳内で映像に具現化する「本」という媒体のみの、言わば「特権」のようなものがあると思うのです。

おわりに:本が自由に読める時代に、本を読む選択肢を

おわりにお伝えしたいのが、そもそもここまで活字が世の中に出回っているのが「非常にレアな時代」だということ。

今回も冒頭文からの抜粋ですが、アメリカのSF作家レイ・ブラッドベリの『華氏451度』、中国史に出てくる『焚書坑儒』、ナチス・ドイツ、文化大革命の時期の中国など、全体主義志向が強い権力者は、こぞって本を燃やし、『思考統制』を図ってきました。

池澤夏樹によると、これは昔話ではなく、近年でもその傾向にあると言及しています。

しかし近年、王様は消費主義の快楽や、SNSの安直、ナショナリズムの陶酔に身を任せることが多く、知識人という顧問の言うことにあまり耳を傾けない。

また少し話から逸れているとも思いますが、毎回こんなこと思います。「昨日見た情報はなんだっただろう?」と。たしかにSNSやキュレーションメディアで見た情報はおもしろかったのだと思いますが、結局のところ覚えていないのです。しかし不思議なもので、大学1年生の頃に読んだ本は覚えているんですよ。小説をベースにすごい考えた経験がまだ覚えているんですよ。

結局、本の良いところはこういったところなのかなと思います。

自分が死ぬ直前に思い返す書籍が何冊あるのか。そんな気持ちでレビューに望みたい所存です。

小説の価値を感じてくれる人が、一人でも増えてくれたら幸いです。


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