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頑張っている人には報われてほしい。ある人気レストランでの出来事。
日曜日のお昼時。予約していたケーキを受け取りに行くついでに、外食することにした。
ケーキ屋さんの近くにある、前から気になっていたお店へ行ってみたが、もう10人近い行列が出来ていた。
このご時世、外食する時は、広くて混んでいないお店を選ぶようにしているので、このお店はあきらめ、すぐ近くの、もう一軒、気になっていたレストランへ行ってみた。ときどき雑誌にも掲載される、地元では人気のお店のようだ。
お店に着くと、2人のお客さんが入店するところだった。店内もすいているようで、ひと安心。
私もすぐに案内されるだろうと思ったが、その直後、20代と思われる女性店員さんの口から出た言葉に、少し違和感を受けた。
「いま片づけますので、少々お待ちいただけますか?」
申し訳なさそうにそう告げると、すぐに店内へと消えていった。
席が空いているように見えるのに、片付けが追いついていない?
ちょっと嫌な予感がした。
2分ほど待つと、先ほどの店員さんが、急いで戻って来て、席まで丁寧に案内してくれた。
広い店内を見渡すと、全40席ほどの半分が埋まっていた。静かな落ち着いたお店で、座席もゆったり取られ、申し分ない。
でもよく見ると、空いているように見えた席は、どこも食器が下げられずに残っている。
注文を終えた私は、店内の様子を観察してみることにした。
すると、先ほどの店員さんが、20人ほどいるお客さんに、たった一人で接客しているではないか。
落ち着いた雰囲気の店内を、小走りに動き回り、休む間もなく働いている光景には、違和感を覚えた。
すぐに察した。ワンオペだ。
お客さんを席に案内するのも、注文を取るのも、料理を運ぶのも、食器を下げるのも、机を綺麗に掃除するのも、レジでのお支払い対応も、すべてこの若い女性店員さんが、一人でされている。
正確には、お料理担当の、店主とおぼしき中年の男性がもう一人いた。お店の事情は知りようもないが、接客はされないようだ。
人気店だけあって、私の入店後も、どんどんお客さんがやってくる。
満席ではないのだが、後片付けが追いつかないため、お客さんを案内できる席がない。
「お席を片づけますので、5分~10分お待ちいただけますか?」
席を片づけるだけで10分かかるなんて、どう見ても非常事態だ。
「お客さん来ちゃってるんだから早く入れるしかないよ。」と、ワンオペの店員さんをさらに急かす声も、厨房から聞こえて来る。
いつオペミスが起きても不思議はなかったが、事態はさらに悪化する。
しばらくして来店された中高年3人組のお客さんが、唯一セッティングの完了している入口近くの席へ案内されたが、寒いからいやだと、奥の大人数用の席に座りたいと言っている。
若い女性店員さんはすぐに店主と相談するが、人気店だけあって、大人数用の席は確保しておきたいようだ。とりあえず最初に案内した席に座ってもらい、他の席が空いたら移っていただくよう、指示されたのだろう。
店員さんは、3人組のお客さんに、入り口近くの席へ座ってもらい、3人分のひざ掛けを持って来て渡そうとするが、いらないと不機嫌そうにあしらわれる。
しばらくすると、隣の席が空いたので、急いで片づけをし、そっちへ移ってもらった。店員さんは、すぐに注文されたビールを出し、また忙しそうに店内を動き回る。
これで一安心かと思ったら、先ほどの3人組のお客さんが、昼飲みをしたいご様子で、夜のメニューを注文し始めた。このお店は、お昼時はランチメニューしか出していない。
店員さんが、その旨を丁寧に説明するが、店頭のメニューを見て入ったのに、注文できないのはおかしいと言って、店員さんを困らせていた。
店頭には、ランチメニューと夜のメニューが別々に書かれているから、店側に落ち度はないのだが。
結局、3人組のお客さんは、飲み始めていたビールだけ空けたら帰ると言い出し、店員さんには、それ以上どうすることもできなかった。
その後も、予約の受け方や接客のしかたで、店主から何かダメ出しをされているようだった。
店員さんの多忙きわまりない状況を察し、「お水を自分で運びましょうか」とお声掛けされるお客さんまで現れ始めたが、店員さんは「今お運びしますから」と言って頑張り続けた。
もう食事を終えていた私も、自分で食器を下げようかと思ったが、そんなことをしたら、きっとまた店主にダメだしされてしまうだろう。
どう見ても、ひとりでできる仕事の量をこえていた。パニックになるくらい忙しかったはずだ。そんな状況で、店主からダメ出しまでされ、心が折れてもまったく不思議ではない。
それなのに、嫌な顔ひとつせず接客し、店主のダメ出しにも文句ひとつ言わず受け止める店員さん。でも、終始、マスクの下に笑顔がないことは、何となくわかった。
私は、この理不尽な状況がいたたまれなくなり、何か自分にできることはないかと考えたが、一回で片づけられるよう食器を重ねておいてあげることくらいしかできなかった。
少しお店が落ち着いて来たのを見計らい、お会計しようと席を立つと、すぐに「ありがとうございます。」と、店員さんが声をかけてくれた。
私は、お会計の際、愚痴の一つでも言って、少しでも気持ちが楽になってもらえればと思い、
「全部お一人でされていて大変ですね。」
と労うと、何か言いかけて言葉を飲み込んだのがわかったが、
「いろいろ気を遣っていただいて、ありがとうございます。」
とだけ言って微笑んでくれた。食器を重ねておいたことにも、少し落ち着くのを待ってお会計に立ったことにも、気づいていたのだろう。
「お料理もとてもおいしかったです。」
「今度は、ばたばたしていない時に、ぜひまたいらして下さい。」
マスク越しだが、表情が緩んだのがわかった。ちょっとだけ、ほっとした。
「ありがとうございます。ぜひ、また来ます!」
結局、私がお店にいたあいだ、店員さんは、一度も不満を見せることもなければ、愚痴一つ言うこともなかった。
でも本当は、たくさん不満があるだろう。不満を表に出さず頑張り続けるのは、本当に苦しいことだ。この一瞬、ほんの少しだけでも、頑張ってきてよかったと思ってもらえたなら嬉しい。
理不尽な状況から逃げるのは簡単かもしれない。でも、そうしないで頑張っている人に気づいたら、ぜひ、勇気づける言葉をかけてあげてほしい。
本人にはどうにもできない不運が起きているなら、周りの人が、そのぶんの幸せを補ってあげてもいいはずだ。
私はいつでも、頑張っている人たちの味方でありたい。改めてそう思った。
お店を出て、予約していたケーキを受け取りに行くと、以前、フェア中に入手し損ねた別のケーキが、その日限定で店頭に並ぶとのこと。しかもあと10分で。
何という幸運だろう。もう食べられないと思っていたケーキを、ゲットできた。
善い行いをすると、運に恵まれるのだろうか。
あの店員さんにも、幸運が訪れるといいな。
最後までお読みいただきありがとうございます。少しでもあなたのお役に立てたなら嬉しいです。