見出し画像

「The dawn wall ドーン・ウォール」 2018年10月 公開

 岩の殿堂、ヨセミテの至宝 975mの花崗岩 エル・キャピタン。確保(命綱)なしでその、エル・キャピタンを登頂した模様を納め、アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「フリー・ソロ」のアレックス・オノルドが左翼にいるとしたら、最右翼はこの、エル・キャピタンにあって登攀困難とされた32ピッチの難航不落の壁、ドーン・ウォールを世界で初めてフリー化(確保のみ可)したトミー・コールドウェルであろう。

 アレックス・オノルドの様な壁家達が磨き上げ、培った技術はある種技芸に近いものがあるが、6歳でクライム・オンし傑出したタレントを表出し続けたトミー・コールドウェルが魅せるドーン・ウォールでのクライム・テクニクスは、技芸を通り越して正に、曲芸そのものだ。

 16歳、二回目の試技で世界チャンピオンを獲得した天才が、自らエル・キャピタンの側に居を構え、10数年も研究し試登を重ね、挑んで7年。900メートルに及ぶドーン・ウォールのありとあらゆるリス、クラック、エッジ、ハングを知り尽くし、しかし超えられない壁の突起達はセンチもない。いや、突起と呼べない僅かな窪みだけだ。共にその、ドーン・ウォール初登を成し遂げた、ケビン・ジョージソンのトライの様が、この登攀が如何に困難かを一際きわだたせている。ニューヨークタイムスのピュリッツァー賞受賞記者ジョン・ブランチの記事が一面を飾る。そしてこの、未曽有のトライをライブ配信しようと集まったメディアの注視の中、果たして彼は、90mのブランクセクション、本当に超難関のこの、ピッチ15を超えられるのか。さらには、トミーを超えるべく挑んだ、ダイノ…。

 彼らのトライにおいては、壁に吊ったポーターレッジでの生活も当たり前に見えてくる。また、最初はヒヤッとさせられる、壁から滑落する様さえ、頻繁に落ちる様を見続けるにつれ、まったく当たり前のように、感じてくる。この作品を見終わる頃には、まるで落ちることも安全なことのように錯覚させられてしまう。それほど高度に彼等は、この環境に順応してしまっているのだ。

 残念ながら、アレックス・オノルドの恐怖感耐性、そしてトミー・コールドウェルの極限感耐性を超える存在は後にも先にも現れないであろう。しかし、トミー・コールドウェルの、鉄人とは程遠い、なんて、か弱き人間の様の表出。故に、とても深く、美しく仕上がった映画に仕上がった。そして何より彼らは魅力的だ。何故か、それこそ生の実感故に。では、生の実感無き現代人は悲劇なのか。

本作品は2017年作製され、日本では翌年10月に公開された。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?