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自由詩、散文詩

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現代の日本語による自由詩または散文詩
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#詩

[詩] 君を見送る

[詩] 君を見送る

石が好き、と言ったな
秀才の君が
そう口にしたせいで
もう諦めるほかはなかろう、と
皆んなでがっかりしたのを
知らないだろう

ゆく手につづく
曲がりくねった長い道、いや
途切れてしまう細い道、いや
高みへとつづく一筋の道を登れ
火口を探り、海溝へ挑んで求めよ
未知の石を手に入れよ

君が聞くのは
惑星の出自の物語
抱きしめようとした幼なじみを
黴の湿地に置き去りにしたまま……

峠への急な坂をお

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[詩] すごいもの

[詩] すごいもの

下りながら
着くかも知れない底のことを
気にかけながら
慎重に足をはこぶ

上りながら
どこかで途切れてはいないかと
気をもみながら
両足に力がはいる

歩みをすすめれば
どんなに低いところへでも
ずっと高く遠い頂にさえ
たどり着ける

地核に向く重力ベクトルを
踏み板で細分すれば
外の見てみたい光景へと
自力で近づいてゆける

魂の残り香と
寂しみの重さを
忘れてしまわないように、また
階段の手

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[詩] 消える

[詩] 消える

この駅を出るともう店がないからもう少し買い足しておこう、と言ってJ氏は売店に寄る。板チョコはエネルギー補給にも使えるし、包み紙の銀紙があとで役に立つからな、ほら五枚買えたぞ、と満足そうに品を受け取る。すぐに山の方へと歩き始める。向こうの橋の袂から沢を登るんだ、と指でさしつつ先を急ぐので慌ててついて行った。

J氏は近所に住んでいる。親子ほど年が離れているものの子どものいないせいか、いろいろなことを

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[詩]名前

[詩]名前

お彼岸には一族が集まることになっている。と、言っても集まるのはせいぜい十余人。立ち居が不自由になってきた伯父伯母は年を追うごとに減って、とうとう一人になってしまった母は車椅子で参加する。齢百と言われればそうとも見える老人もいる。幾人かの若い人は、どこの誰かもう判らない。
菩提寺の奥に墓所がある。並んでいる墓石には、苔生したのも雨風に徹底的に丸められたのもある。殆んどの世話は寺男に任せているのだが、

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[詩]春に見送る

[詩]春に見送る

〈先に行って、あとからすぐ追いかけるから〉
振り返る仲間に〈気にしないで〉と声をかける
一緒にトレイル・ランニングしている途中で
急に左手の指が重くなって遅れはじめる
たかが指一本のことだから無視するつもりだったが
ますます重くなって、みるみる走れなくなった
歩くのも徐々に難しくなって
誤魔化せなくなった
走り去る仲間の背に向かって大声を出す
〈大丈夫だから、皆んなお先にどうぞ〉
巨大化して仔犬

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[詩]写真

[詩]写真

かなり離れた町から越してきて
線路にほど近いアパートに住みついた
少しの本とレコードしかない部屋にも
朝日が射し込んで、風が吹き抜けた
ネオンを少し含んだ夜もやってきた
いつものレコードに針を落とすだけで
十分、楽しかったし
一日中窓の外を眺めている
たったそれだけで、どこか心がおどった

画材を貸し借りしたり
眠らずに製作を続けてもみたが
大したものはあらわれなかった
書きとめてはみたものの

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[詩]白鳥

[詩]白鳥

「コーヒーをお願いします」
「カフェ・オ・レをお願いします」

五秒の間 空を見てから
  「はい」
三秒の間 にっこりと、笑う

マスターにオーダーを伝えて
いつものようにこぼさずに 運ぶ
そう、いい調子 いい感じ

ギャルソンもマダムも 見ています
がんばらない がんばらない
これでも力を合わせて 見ています

ゆっくりゆっくりやって来た来た
  「はい どうぞ」
「どうも、ありがとう」