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[詩]春に見送る

〈先に行って、あとからすぐ追いかけるから〉
振り返る仲間に〈気にしないで〉と声をかける
一緒にトレイル・ランニングしている途中で
急に左手の指が重くなって遅れはじめる
たかが指一本のことだから無視するつもりだったが
ますます重くなって、みるみる走れなくなった
歩くのも徐々に難しくなって
誤魔化せなくなった
走り去る仲間の背に向かって大声を出す
〈大丈夫だから、皆んなお先にどうぞ〉
巨大化して仔犬ほどにもなったその指は
椰子のような繊維を毛羽立たせて
さらに、どんどん大きく重くなって
もう、その指を地面に置いて屈み込むしかなくなった
杭につながれた家畜のような不自由さ、ああ
仲間の姿が次第に遠くなる
聞こえて来る声が小さく細くなって
最後の人気が途絶えると
その指が成長するノイズだけが、低く残った
毛羽立った繊維質は緻密な木質組織に変化して
樫の大木のように屹立したその指は
根を張り、枝を伸ばしてこの身を従え
吸い尽くそうとする
小鳥ほどにも萎んでしまったこの身を
余計なもののように枝先にぶら下げたままで
冬を迎えた

あれから、仲間は一人も来なかった。それは
この身が〈すぐ追いかける〉と言ったからか

今では、豆つぶほどにも縮んでしまって
もう誰一人、この身に気づくはずはない

また春になれば、人の往来も盛んになろう
そこには知った顔もあるに違いない、が
声も出せないこの身となっては
出来るのは、せいぜい
涸れ干した目で、丁寧に
見送ることくらいだろうか

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