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言語化のむずかしさをいちばん感じるのは食レポかも。

言語化というものを言語化してみる。:2


なんかモヤモヤした感覚をカタチにするのが言語化だとして、それってつまり感覚の置き換えですよね。たとえば綺麗な景色を見たとして、それを人に伝えようとしたとき具体的な山の形とか星の位置関係なんかを説明してもしょうがない。だから人はぜんぜん別のところから言葉を持ってきます。絵本のようだ、とか夢のようだ、とか、結局のところ実は何の説明にもなっていない。説明できないので最終的には「言葉にできないくらい美しかった」なんて言ってしまう。

それでもまだ視覚的なものは変換しやすいです。形は対応するものもいっぱいあるので。難しいのは「味」とか「匂い」ですね。美味しさを他人に伝えるのはすごく難しいです。

ワインのソムリエって仕事がありますよね。あれはワインの価値を言語化して人に伝えるのが重要な仕事です。要素としてはもちろん味、香り、色、質感みたいなものでできてると思いますが、たとえば味を伝えるとして、素人だと、甘い、苦い、酸っぱい、濃い、薄い、くらいの組み合わせしかない。なので、深い、とか、残る、とか、感覚的な要素を絡めていく。それでもそんなに種類は作れない。あのワインとこのワインの違いを証明するには足りません。で「別のものに例える」ということをやります。〇〇のような香り、みたいなやつですね。スパイシーな、とかベリーのような、とか、最初聞いたときは正直「そんなわけあるかい」と思いました。胡椒が入ってるわけじゃないし、ブドウはベリーじゃないです。それでもいろんな「連想させる」感覚を駆使して表現しようとする。かなり苦しい作業だと思います。なのでかなり熟練の技がいる。素人にはできないです。

言葉の組み合わせも、単純な順列組み合わせではなく、そこには深い根拠が必要です。甘みが深いって言うけと、酸味が深いとは言わない。それが自然にできているのは、甘みは長い時間残る、酸味は瞬間的、ってことが考えなくてもわかってるからそれをちゃんと表現できているわけです。

同様においしさを他人に伝えるのもすごく難しいです。だけどみんなそこに気づいていない。食レポなんて実はめちゃくちゃプロの技が必要な技術です。ほとんどの場合、食べたことがない人にその味を連想させなきゃいけない仕事ですから。

なのでテレビでよく見る、局アナがラーメンフェアとか観光地の名物紹介なんかでやってる食レポはかなりイライラします。「おいしい」と「甘い」しか言わない、というか言えない。
「おいしい」は何も言ってないのと同じです。逆に「甘い」はいろんな味の一つに過ぎない。甘いが全ての正解じゃないです。いつからか野菜も全部「甘いが正解」みたいになってる。甘くていいのは焼き芋くらいです。…なんてオヤジの愚痴みたいになっちゃいましたが、それほどに味の表現って難しいのです。確かにワイドショーの一瞬の紹介で複雑な表現は混乱を生むだけかもしれません。誰もそんな高度な味の表現は求めてないのかもしれない。まあ、結局のところ本当の味については何一つ伝えられてないってことだと思います。

じゃあ食レポのプロはどうやってるか。一つは食材や調理工程からの組み立てかと思います。作り手とのコミュニケーションも大事ですね。味そのものの感覚じゃないって言われるかもしれませんが、ワインのソムリエもブドウの産地とか樽の熟成とか大事にしますよね。事実からの表現には説得力があります。それらをベースに感覚的なものを乗せていく。

もう一つは全く違うところから共通する感覚を持ってくる。例えとして借りてくる素材に個性を持たせる方法ですね。彦摩呂さんや石塚英彦さんがやってることです。この辺はふざけてるように見えますが(そういうのも多いけど)全く根拠のないものにはどんなに話がデカくても説得力はないので、かなり気を使って話されてるように感じます。プロはすごいです。いずれにしても感覚的なものを言葉にして伝えるのは本当に大変です。

実はCMの仕事でもこれに近い感覚はすごくあって、食品や飲料のCMで「おいしい」って言うのは実は一番芸がない。僕らが若いころはCMでのおいしいはNGワードでした。「おいしい」という言葉を使わずにおいしさを表現するにはどうしたらいいか。それによってライバルと差をつける。その商品が欲しいと思わせるのが正しいと教わった。

いや待て待て。テレビで見てるビールのCMなんてどれもみんな「おいしい」か「うまい」って言ってますけど。…ですよね。これには理由があって、やっぱり15秒の中であんまり複雑なことが言えないってのと、何か一つに特化して伝えると他の要素が消えてしまう。よほど売りにする特徴があればそれを言いますが、定番のビールにはそれが求められていないというのがあると思います。

あとは見る側のレベルの低下ですね。言葉を選ばずに言うと「難しいことを言っても理解できない」プラス「今、一瞬の感情の高まりしか信じられない」。結局見る側がそれ以上のことを求めていない、ということだと思います。だから各社「うまい」の言い方をいかに感情込めて(大声で)言うか勝負になっている。結果どんどん現実から離れていってますね。結果どれも嘘くさく見えてしまう。テレビの食レポがみんなおいしいしか言わないのも同じ理由かもしれないです。

こういう傾向は別に食品だけじゃなくいろんなところで起きています。悲しいですが、あんまり面白いCMや役に立つCMがなくなっちゃったのは、それが求められてないってことなのかもしれません。あれ、なんか悲しくなってきました。なんかおいしいものでも食べて気分を立て直そうと思います。ではでは

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