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空白がクリエイティブを生むカラクリ

ここ数年、毎年お正月には翻訳の仕事を入れるようにしていた。とりたてて忙しくしたいというわけではなく、それなりに仕事をこなしながら年をまたぐのが好きだったのだ。

今年もひとかたまりの仕事を受けていて、大晦日から三が日にかけて、少しずつ--3時間くらい--こなしていけば、1月4日の締め切りに無理なく間に合うペースを想定していた。

ところが、思い直して仕事をキャンセルした。きっかけは大晦日に引いたちょっとした風邪。体が怠くて、なんとなく痛くて、起き上がることができなかった。仕事人として「細く長くマイペースに」をモットーにしているので、少し悩んだけれどいったん仕事を断ることを決断した。無理してできないことはないけれど、無理したツケは必ずどこかで返済しなくてはならないということを痛感していたためだ。

で、思いがけずぽっかりとした時間が空いた。空白ができたら何かで埋めたくなるものだ。新しいことをスタートしたければ、まず周囲を埋め尽くしているものを手放すところから始めようというのは、断捨離やこんまりメソッドでもよく知られているところだ。案の定、忙しさにまぎれて放りっぱなしにしてきた事柄が浮上してきた。

時間管理のマトリクス

時間管理術のバイブルとも言えるスティーブン・コヴィー博士による『7つの習慣』によれば、創造的な人生を切り開くために必要なのは、上記の図で第2領域としてマークされている個所、つまり緊急ではないけれど重要なことにとりかかること。当たり前だが、日々の仕事というのは、おおむね緊急かつ重要な事柄である。

受注仕事というのはアウトプットが目に見えてわかりやすい。しかも収入に直結しているので生活が豊かになる。それだけではなく、私が好きなのは、仕事を通じた人間関係だ。メールやSlackでしかつながっていない相手だけど、まるでバレーボールをしているように、リズミカルにパスを返す。ぴしっと決まった瞬間の心地よさは病みつきになる。

思えば、第1領域に特化してエネルギーを注いできた数年だった。

新しいなにか--この場合は翻訳の仕事--を新しく立ち上げ、それなりに存在感のある翻訳者として取引先に認識してもらい、継続的に仕事を受けるには、やはり「お正月も翻訳」という意識で取り組むことが必要だった(「お正月返上」ではないけれど)。

これまで自分が仕事をしてきたモチベーションのひとつに、生き延びなくてはならないという飢餓感や恐怖感がある。そのような感情は、ある時点までは有用だ。あるレベルに到達するまでは、「ええかっこしい」をするわけにはいかず、とにかくガムシャラにやるしかない。このあたりの話は、自己啓発のジャンルで著名な神田昌典氏による『非常識な成功法則』で「悪のエネルギーの活用」としてきわめて明瞭に解説されている。

神田氏も、あるレベルに到達するまではネガティブな感情を推進力として活用すべきだと書いている。しかし、仕事やプロジェクトがある程度安定して動き始めたら、悪(=ネガティブ)の力を利用することから距離を置き、もっと豊かな気持ちで取り組むことを勧めている。

偶然、年末に風邪を引いたというきっかけではあったが、そろそろ第1領域一辺倒から第2領域にも踏み出すべきという気づきを得るタイミングだった。

旅をするわけでもなく、仕事をするわけでもなく、自宅でのんびりしながらPCに向かっていると、おのずと意識がクリエイティブに向かって進んでゆく。おまけに最近は、モーニング・ページを再び始めたのだ。モーニング・ページというのは、朝起き抜けに、頭に浮かんだあらゆることをノートに書き出す創作のためのメソッドだ。

著者であるジュリア・キャメロン氏によれば、人は誰でも心の中にクリエイターを秘めているという。だが、成長の過程でそのクリエイターが萎縮したり存在感をなくしてしまっている。

モーニング・ノートは、そのクリエイターをのびのびと自由に振る舞わせるためのツールでありトレーニングだ。これは、「脳の排水」という言葉で説明されているとおり、頭の中を埋め尽くす無数の雑音をノートに書き出すという行為で具体化し、そして昇華させるという一種の瞑想メソッドなのである。

私たちの頭は、気が付かないうちに無数の言葉や想念でパンパンに溢れている。その多くは不要のものなのだが、そもそもそれが不要であるということに気づかない。瞑想は、それらの想念を見つめ、空に放っていくプロセスである。

モーニング・ノートが秀逸な点は、「ノートに書き出す」というきわめて具体的なアクションを通して瞑想状態に入ることができるということである。瞑想は素晴らしいけれど、多くの場合、意識の中だけで完結するために、とくに場所や時間のセッティングが重要になり、簡単にフロー状態(=リラックスしながら集中しているいい状態)に入ることができない。

ところが、実際にノートに書き出すという作業なら、雑念が忍び寄ることも少ない。そして、書き出すという行為を通じて、頭やハートに巣食っているごちゃごちゃとした妄念が解き放たれるのだ。その感覚は、実際にやってみなければわからないが、やればすぐに実感できるだろう。

そして妄念が解き放たれた空間こそ、インナーチャイルドとも言う、心の奥にいるクリエイターが自由に戯れることができる場所なのだ。

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