「人生のピークを80歳にもっていく」
明日の言葉(その2)
いままで生きてきて、自分の糧としてきた言葉がいくつもあります。それを少しずつ紹介していきます。
今回は、人生を俯瞰する方法について、である。
前回のこのコラムで毎日「死」を意識する「小鳥さん方式」のことを書いたのに、なんだよ今回は長生き前提の話かよ、である。
そう、読んでくださっている方は混乱するかもしれない。
ただ、小鳥さん方式は、「今日死んじゃうかもしれないから刹那的に生きよう」という意味では、もちろんない。
毎日「死」を意識して、より充実して生きよう、ということだ。
日々が「点」であるならは、まずはそのひとつひとつをなるべく充実させよう。それがボクにとっての小鳥さん方式だ。
ただ、人生はその「点」を集積した「線」である。
その線はどうやって充実させるのか。
それが、俯瞰することの意義になる。
俯瞰するとき、ボクが意識しているのは、「ピーク」をなるべく後ろにもっていく、ということだ。
自分の人生のピークなど、ピーク時にわかるとは限らない。
後から振り返って「あぁ、あのときがオレの人生のピークだったなぁ」とわかることもあるくらいだ。
また、何がピークか、も人によって違うだろう。
社会的な名声とか、経済的な成功とか、精神的な達成とか、それぞれの価値観によってピークの定義は違うと思う。つながりの充実や贈与の多寡をピークと感じる人もいるかもしれない。
それはそうなのだけど。
でも、人それぞれに、「ちょっとピークっぽい時期」ってあるじゃないですか。
それを感じたら、わざと少しペースを落として、平坦に戻してみる。
いったん離れて、少し時間を置いてみる。
調子に乗らないように自分を制して、一部を手放してみる。
そうやって、ピークを後ろにずらしていくのである。
なんでそんな面倒かつ非生産的なことをわざわざしているかというと、30代後半だったか(いまボクは57歳)、将棋棋士である米長邦雄のこんな言葉に出会ったからである。
「人生のピークを70歳にもっていく」
最初は何を言ってるのかわからなかった。
そんな体力も好奇心も落ちたヨボヨボの老人になってからピークを迎えたって意味ないじゃん!
もっと若くしてピークを迎えなくちゃ人生楽しくないじゃん!
周りみんな目の前の成功に必死になってるし!
功成り名を遂げる楽しさを語ってる人もたくさんいるし!
人生、事を為すためにあるって坂本龍馬も言ってたし!
若いうちに夢や目標を達成してピークを迎えちゃなぜいけないんだ !?
というか、遠いよ!
70歳なんて遠すぎるよオッチャン!
あまりに遠すぎてイメージできないよ!
まだ若造だったボクは憤然とそう思った。
でも、この後の彼の言葉を反芻して、言いたいことはなんとなく理解した。
人生は60歳までが修行で,それからが本当の自分の人生。
ところが世の人々は往々にして60歳までに勝負をしてしまう。だから60歳になると,本当の人生から離れてしまうという意識が生じてしまう。
これは間違いです。
名誉とか肩書き,勝ち組・負け組…そんな意識で60までを暮らしてしまうので,60歳になると終わったという感覚が出てしまうのです。
中には18歳で人生の勝負をかけている人もいる。いい大学に入れば,将来が約束されるという感覚なのでしょう。しかし50歳,60歳になって大学がどこかなんてまるで関係がなくなってくるではありませんか。私はそう思います。
60歳までに勝ち組だと自称して勝ちすぎてしまう,ということも問題ですよ。
なんかいろいろ言っているが(終身雇用&定年まで勤め上げるのが常識だった時代なので60歳を区切りにする古い論になっているが)、たぶんこういうことだ。
早めにピークが来ちゃったら、いったいそのあとどうするの?
人生、意外と長いのよ。
70歳くらいがピークと考えてちょうどいいんじゃない?
早くにピークをもってきちゃうと、あとはずっと下り坂よ。
そんな人生、つらくない?
ちょっと意訳すぎるが、稀代の勝負師である米長のオッチャン(わりと好きなんです)は、たぶん、そんな意味のことを言っている。
それは・・・そうかもしれないな。
一部の天才は別にして、普通そんなにピークは長持ちしないし、そう何度もやって来ない。
そうであるならば、確かにピークは後ろにあった方がいい。
だって、一度ピークを迎えた後、じわりじわりと落ち続ける人生って、つらいよね?
たとえば30歳でピークを迎えたりしたら、(80歳くらいまで生きると仮定して)あと50年くらい、じわりじわりと落ち続ける人生だ。つらい。ボクなら長すぎて耐えられない。
あと、一度ピークを迎えると、その時の自分が忘れられず、下がったあとも「ピーク時の自分」とどうしても比べて生きてしまう。
それもつらい。
そこには悔恨と嫉妬と自己憐憫しかない。
それよりも、後半生になるにしたがって、じわりじわりと上がっていく人生の方がよっぽどよくはないだろうか。
最近、急に「人生100年時代」と言われるようになった。
その根拠は、2016年秋に日本でもベストセラーになったリンダ・グラットン著『ライフ・シフト』(東洋経済新報社)に載っていたこのグラフだと思う。
アメリカの人口学者による推計で、2007年生まれの日本人は、半数が107歳まで生きる、というグラフである。
推計なのでホントかどうか知らんけど・・・現在2019年だから・・・12歳か。つまりは小6か。小6ですよ小6!
まわりに小6、いませんか?
あいつら、107歳まで生きるらしいですぜ奥さん!
ま、それはともかく。
確かに、ガンの特効薬が出たりしたら、平均寿命が一気に100歳越えになるのも十分に考えられること。
そうなったら、いま57歳のボクも、100歳まで届かないとは限らない。
となると・・・
57歳のオッサンでも、俯瞰するとあと半分くらいあるではないかっ!
もういい加減長く生きてきたし、仕事的には引退の二文字がチラつく年齢なのだけど、でも! 笑っちゃうほど先は長いのだ。
そういう意味で、米長邦雄の言葉を、(平均寿命が上がり続け、人生100年時代と言われている現在を鑑みて)ボクはこう言い換えたい。
「人生のピークを80歳にもっていく」
ピークをなるべく後ろにもっていく。
そして、マジで体力や好奇心がなくなるちょっと前(80代くらい?)にピークを迎えられるよう、上がり下がりを俯瞰しながら、長い目でじわりじわりと上げていくようにする。
もちろん、そううまく行くものではない。
ただ、少なくともそう意識するだけで、人生に対する見方・対し方はずいぶん変わると実感している。
焦らなくなるし、他人と比べなくなる。
じっくり構えて事に当たることができるようになる。
・・・・・・・・・
よく思い出すことがある。
小山薫堂さんが、自分が脚本を書いた映画『おくりびと』でアメリカのアカデミー外国語映画賞を獲った少し後のある夜のことだ。
薫堂さんはまさに「旬中の旬」だった。
以前から有名な人だったけど、アカデミー賞受賞は決定的だった。
その夜、ボクは彼と飲んでいて、軽薄にもこんなことを言った。
「いやぁ破竹の勢いですね。
いまだったらニュース番組のキャスターでも、
『小山薫堂の●●●』みたいな冠番組でも、
希望すればなんでもできるんじゃないですか?」
そうしたら、薫堂さんは静かにこう言ったものだ。
「いやいや、佐藤さん、逆ですよ。
僕、いまから隠れます。
表に出ないようにします」
そのときは「いまこそ攻めるときでは?」「もっともっとスターになれるのでは?」「世の中も薫堂さんを見たがってるのでは?」とか思ったので、「え〜?」と不満げに返したんだけど、軽薄だったな、と恥ずかしく思っている。
いまならよくわかる。
彼はピークを作らないようにしたのだ。
ピークを作って世の中に消費されちゃうとそこで終わってしまう、まだまだピークを先にもっていかないと自分はダメになる、と、直感的に感じていたのだと思う。
実際、彼は目立つ場所から姿を隠した。
いままで出ていたような番組や特集とかから意識的におり、社会一般から見たら「地下に潜った」。そして、違う分野でもう一度自分を耕し始めた。
いまではそれらの活動が実を結び、様々な企画で世を賑わせている。
たぶん、薫堂さんのピークは、あと数十年後に来るのだろうと思う。
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世に「勝負をかけろ」「成功しろ」「トップを目指せ」と若者に発破をかける人はたくさんいる。
確かに、若いうちにピークに立つと、違う景色が見えるだろうし、人生が大きくポジティブ回転していくこともあると思う。それは全然否定しない。
でも、敢えて、ボクは、若い人にこうアドバイスしたい。
一度でいいから、100歳まで生きると仮定して、自分の人生を「線」として俯瞰し、頭の中で折れ線グラフを書いてみて欲しい。
横軸に年齢を置いたとき、自分の年齢は、いま、100歳までのどの辺に位置しているのか。ピークをどの辺にもっていくのが幸せっぽいのか。
それを考えるだけで、視野はずいぶん広がる。
それがあなたの毎日を少し違ったものにする。
そのことだけは、保証します。
※ 上記の米長邦夫さんの言葉「人生は60歳までが修行で,それからが本当の自分の人生。」という言葉と、同じような意味の言葉を、オルケスタ・デ・ラ・ルスの歌手NORAさんが題名にして、本を書いています。
人生、60歳まではリハーサル。
これは、NORAさんが著名なラテン・ミュージシャン(『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の歌手でギタリストでもあるコンバイ・セグンドさん)に会ったときに、彼から言われた言葉。
この言葉、本当にいいなぁ!と思う。
この言葉を胸に置いておくだけで、いろんなことが楽になるし、どんどんチャレンジもしやすくなる。
なにせリハーサルだからね。
本の内容(NORAさんの半生記)も実に良かったので、オススメします。
古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。