見出し画像

日記 2020年9月 彼の作品を見たことがない僕は、彼の損失を嘆くことができるのだろうか。

 9月某日

 LINEを開くと通知が来ていた。
 佐藤健から

 一緒にカネ恋みよう
 22時から

 とあって、「おカネの切れ目が恋のはじまり」が今日なんだと気づく(なぜか僕は佐藤健をLINE登録している)。
 主演が松岡茉優で、三浦春馬の遺作となるドラマ。

画像1

 三浦春馬が亡くなった時、ドラマは4話までの撮影しか終わっておらず、お蔵入りの可能性がある、とネットニュースを見かけた覚えがあった。
 そんなドラマが全四話で放送されるのは、色んな人の尽力があったのだろうと想像しながら、「おカネの切れ目が恋のはじまり」を見た。

 まず、ここ数年で僕は松岡茉優という女優が好きで、きっかけは「桐島、部活やめるってよ」に出演し、その数年後に松岡茉優のラジオに原作者の朝井リョウがゲストで登場していて、そこでのトークが面白かったからだった。
 印象としては、この人めちゃくちゃ頭いいぞ、だった。

 そんな松岡茉優を意識して見たのが「ちはやふる」、「勝手にふるえてろ」、「劇場」で人間関係とくに恋愛に不器用なキャラクターを演じるのが異常に上手い印象があった。

 井上雄彦のSLAM DUNKの何が素晴しいかと言えば、下手なプレイがちゃんと描かれていること、と誰かが書いていたのを読んだ覚えがあるけれど、まさに松岡茉優は人間関係が不得意な状態を演じ、それがまったくわざとらしくないのは凄いと思う。

 そんな松岡茉優の「おカネの切れ目が恋のはじまり」の役は『お金の使い方にとことんこだわる「清貧女子」』とのことで、清貧女子って新しい単語を、なるほどそういう意味ね、と思わせてくれるキャラクターになっていた。

 逆に三浦春馬は『浪費癖が尋常ではない「浪費男子」』で、三十歳を超えて発言や行動は子供のそれで、そこには責任がまったく伴われていない。
 という意味で、このドラマはお金に対するスタンスによってキャラクターが形作られていて、1話の後半にあった「お金について学びましょう」は、お金に対するスタンスを変えることで自分を変えて行こう、と言う意味にも取れる。

 三浦春馬という俳優を僕はあまり意識して来なかった。けれど、著名人の反応や実際に顔を合わせる友人たちの口ぶりから、彼が愛されている俳優だったんだなぁと分かる。
 そういう世間とのズレのせいなのか、僕は三浦春馬の一件があった時、星野智幸の「最後の吐息」を思い出した。

画像2


 冒頭は以下になる。

 まだ読んだこともない作家が死んだ。

 その一文から、物語は主人公の男が恋人に宛てた手紙の内容になっていくのが「最後の吐息」なのだけれど、「まだ見たこともない俳優が死んだ」そんな具合にはじまる小説はあっていいな、と思う。

 ちなみに、「最後の吐息」には以下のようなやりとりがある。

 新聞記事を送ってくれた恋人に手紙を書く。「彼(まだ読んだこともない作家)が死んで、ぼくは重力を失い、毎日ゲロを吐いています。」すぐさま返事が届く。「あなたが彼の作品をまだ読んだことがないのは知っています。読まずに、彼の損失を嘆くことができるでしょうか。」

 僕は三浦春馬という俳優をほとんど知らない。
 意識して見たことはなく、その為、はじめてニュースで見かけた時も、ぴんときていなかった。
 けれど、調べてみると、三浦春馬は三十歳。
 僕の一つ年上だった。

 彼の作品を見たことがない僕は、彼の損失を嘆くことができるのだろうか。

 それについて、三浦春馬という文字を見つける度に考え続けている。

 9月某日。

 カクヨムのエッセイで書いた内容で2019年の後悔は、結婚した友人に対し、お祝いをしていないことでした。
 そんな友人と会う機会が2019年にはなく、2020年になってからはコロナ禍があったりしたのだけれど、9月が過ぎてようやくご飯へ行く約束をする。

 となると、結婚祝いの品を一年以上遅れて渡す必要があるなぁと思い至る。
 職場の同僚などに相談した結果、「ぽんしゅグリア」なる国産ドライフルーツの日本酒カクテルの素を見つける。
 瓶にドライフルーツが入っていて、そこに日本酒やソーダを淹れて飲むもので、ぱっと見もお洒落だし、単純に僕も試してみたかったので、買うことに。

 普通に通販にすれば良かったのだけれど、梅田に置いてある店があったので、仕事終わりに散歩がてら探してみる。
 久しぶりに梅田が迷路だったことを思い知る。
 けれど、9月の夜風は涼しくて、迷いつつもあえて変な道を歩いてみたりして、お店にたどり着く。

 仕事終わりでマップのアプリを使ったのもあって、スマホの充電が2%まで減っていた。
 電池切れまで使ってみようかな? と思ったけれど、小心者がでて低電力モードにして、部屋まで帰った。

 9月某日。

 ツイッターを見ていて、引っかかった内容があった。
 その内容について引用したりしないけど、森博嗣が「小説家という職業」で書いていることだけ紹介したい。

 はっきりしている事実が一つある。どんなに酷い作品でも、誰かは褒めてくれる。どんなに優れた作品でも、誰かは貶す。人間のばらつきは、それくらい広い。だから、他者の評価をいちいち気にして、万人に認められるものを書こう、などと考えない方が良い。
 
 (中略)
 
 ただし、そうはいっても、最低限守らなければならないことがある。それは「意味が通じる」ということ。あなたが書いたものを読んでくれる人に、あなたの書きたかったものが理解されること。これこそが文章の最も重要な機能である。

 9月某日。

 仕事終わりに結婚した友人とご飯に行った。
 せっかくなので、便宜上の名前を付けたいと思う。
 市川春子作品をオススメしてくれたので、春子さんで。

 春子さんに会ってお祝いの品を渡した。
「郷倉くんが、こんなにお洒落なものを買う訳がない」
 と言われて、どんなイメージだ、と思いつつ職場の同僚に相談していたので、間違っていないかと納得する。

 個人的な春子さんのイメージは、一緒に働いていた頃に上司の送別会に何故か一緒に行くことになり、途中で寄ったコンビニで白いTシャツと黒マジックを買って、送別会の場で上司にばれないようにTシャツ寄書きをしていく、ということをした。
 僕は「焼肉奢ってください」と書いた記憶がおぼろげにある。
 春子さんは「エロジジイ」と書いていた。

 上司と言っても、色々事情があって、殆ど同期みたいなもんではあったし、春子さんと上司は飲み友みたいになっていたっぽいけど、ちょっと衝撃だった。
 ちなみに、焼肉は奢ってもらっていない。

 あと、その上司は映画のエキストラとかをしていて、それこそ松岡茉優が出演した映画にも出ていた、らしい。
 確認はしていないので、何とも言えない。

 突然、「エロジジイ」って書くような春子さんだが、気遣いのプロみたいな部分が所々あって、人に贈り物をしている姿を当時の職場でよく見かけていたし、彼女の幼なじみの男の子へのプレゼント選びに付き合ったこともあった。
 春子さんの幼なじみの男の子が結構面白い子で、何度か一緒に飲んだりもしたけれど、今考えると、その辺は謎だ。

 さて、そんな春子さんとの会話は前の職場の話がメインで進行し、途中から紹介してもらった市川春子の漫画についての話になった。

「宝石の国」や短編集の「虫と歌」、「25時のバカンス」。

 これらの作品群をなんと言えば良いのか考えた結果、僕としては文学全集みたいな形式で歴史に残すべき漫画を選ぶなら? という問いがあった場合、絶対に含まれる漫画家さん。

 とくに「25時のバカンス[前編][後編]」は絶対に入る、という話をして、春子さんに同意をいただく。

画像3

 話の流れでカクヨムの話になり(春子さんは僕の小説を読んでくれているらしい)、最近読んだ作品を紹介した。
 今となっては、最近読んだ作品ではなく、レビューも書いた切り株ねむこさんの「真空パックのショートケーキ」を紹介すれば良かった、と後悔した。

 なので、春子さんがここを読むのかは謎ですし、切り株ねむこさんにも許可は取っていないけれど、僕が書いたレビューを引用させてください。


 「さよなら 愛をこめて」と伝える愛について。

「紐 解くと さようなら」「毎日は嘘の積み重ね」に続く切り株ねむこさん三作目の小説、今回のテーマは「片想い」とのことでした。
 
 物語の始まりは「水沢凛子」という二十七歳の女性です。
 ショッピングモールの中に入っているスーパーの生活雑貨部門で働いていて、生花部門のアルバイトの男の子、奥田くんが気になっています。
 
 そんな水沢凛子には、酔って電話をかけて来る元恋人がいます。彼は別れを告げられたことに対する不満を水沢凛子に伝えます。
 水沢凛子は彼に対し、気持が冷めてしまった自分が悪いと感じており、それゆえに元恋人の言葉を受け繰り返し謝罪をします。
 
 このエピソードは最後まで読んで振り返ってみると、非常に興味深い内容となっています。
 どのような文脈かは割愛しますが、水沢凛子が終盤に愛の言葉として受け取るのが、
 
「好きじゃなくなったら手を離してあげるから」
 
 です。
 
 水沢凛子は好きじゃなくなっても手を離せてもらえなかった女性です。
 そして、彼女が恐れているのは自分の好きな気持ちが冷めてしまうことであり、それを「ずるい」と思っています。
 
 片想い、とは恋愛のはじまりに起こるものと世間一般では言われていますが、「真空パックのショートケーキ」を読んでみると、なるほど片想いは恋人になった後にも起こり得ます。
 それも頻繁に。
 
 お互いが好きだったのに、一人が「もう好きじゃない」と言ってしまうのですから、それは見方によっては「ずるい」のかも知れません。
 水沢凛子はそのずるさに耐えられないと思っているからこそ、「好きじゃなくなったら手を離してあげるから」に愛を感じてしまうんでしょう。
 
 本編に以下のような一文があります。
 
 ――守られない約束ほど悲しいものはないし、守れない約束ほど心苦しいこともない。
 
 人間は自分の中にある感情にこそ、押し潰されてしまう瞬間があるのでしょう。
 そんな水沢凛子に似た感情を持ったキャラクターが本編に登場します。
 
 田口というキャラクターで、いわゆる恋愛が分からないけれど、モテはして、女性と付き合いもする遊び人な男性です。
 
 切り株ねむこさんに指摘されたのですが、僕はこの田口というキャラクターが苦手でした。
 最後まで読んだら、好きになったんですよ、はい。
 お前の気持ち分かるぞーって。
 
 そんな田口のイメージソングがKing Gnuの「Vinyl」とのことでした。
 今、この文章を書いている間、リピート再生しているのですが、歌詞に興味深い一節があります。
 
「さよなら 愛をこめて」
 
 愛をこめて、さよならを告げられるのは、好きじゃなくなった方ではなく、まだ好きな方です。
 それは途方のない愛です。
 無償の愛とも言えるかも知れません。
 
 改めて考えてみると、水沢凛子「さよなら 愛をこめて」伝えることができない存在です。
 常に彼女は好きじゃなくなる方ですから、それを田口は分かっていたのでしょう。
 それ故に、無償の愛に近い「それ」を水沢凛子へと差し向けます。
 
 物語はそうして終わるのかと思えば、最後の最後に無償の愛を否定する存在が現れます。
 
 ――無償の愛?
 そんなの無い無い。
 
 水沢凛子を最も理解していたのは、実は最後に語り手となったあの子なのではないか。
 
 その様に提示して終わりたいと思います。
 長々と申し訳ありません。
 繰り返し読むことで、あらゆる発見のある作品だと思いますので、ぜひ。


 改めて自分の書いたレビューを読むと恥ずかしいのと、めちゃくちゃ楽しく書いてるやん、が同時に襲ってきた。間違いなく面白い作品なので、是非。

 飲み会の終わり頃、春子さんはこの後、実家に帰ると言っていた(気がする)。ちゃんと、帰省できたのかな? と今になってふと心配になる。

 色んな会話の中で、春子さんにアニメの「メイドインアビス」を勧められたので部屋に戻って、1話を見てみる。

画像4


 ひとまず、続きを見て行こうと思う。

 9月某日。

「メイドインアビス」を見ねば、と思いつつ、その前に勧められていた「凪のお暇」を見る。

画像5


 勧められた際、この物語に出てくる高橋一生の役や中村倫也の役を最初は嫌いそうで、最後には大好きになるんじゃないかな? って言われていた。
 そう言われると見たくなる。

 ウィキペディアにはあらすじには以下のように書いてあった。

 節約が趣味の28歳OLの主人公・大島凪は、常に空気を読んで周囲に合わせて目立たず謙虚に振る舞い、くせ毛を時間をかけてストレートに整えるなど女子力の高い自分を作り上げていた。
 ある日、凪を蔑む同僚たちの陰口を知り、さらに隠れて交際している我聞慎二が性行為目当ての旨を彼の同僚らに話しているのを目撃し、過呼吸で倒れる。
 以後、会社を辞め、家財を処分し都心から郊外へ転居、全ての人間関係を断ち切った凪は、ゼロから新しい生活を始める。

 個人的に日常の中で何か大きなショックないし、消失を経験し、まったく新しい生活をはじめる物語が僕は大好きです。

 と言う前提で、最初に「凪のお暇」で引っかかったのは、主人公の大島凪(黒木華)が同僚の女性たちのマウントの取りあいに疲れて、「でも、私にはアドバンテージがある」と思って、部屋に戻ると恋人の我聞慎二(高橋一生)がいる、という展開。
 我聞慎二(高橋一生)は会社でも話題の中心になる優秀な人間で、大島凪(黒木華)は、そんな彼と付き合っていることを、おそらく無意識的にアドバンテージと思っていて、つまるところ人間として見ていない部分があった。

 それは3話で、実際に大島凪は自分が我聞慎二(高橋一生)を内面ではなく、外面だけで判断していたんだと気づき反省する。
 反省した後に内面が果てしなく謎な安良城ゴン(中村倫也)との一線を自ら超えていくのは、大丈夫? 安易じゃない? と思ったりはしたけど、大島凪は一歩一歩、他人の空気に巻き込まれずに歩く練習をしているのだから、今は正しいとか間違っている、という話ではないのかも知れない、と思う。

 作家の浅井ラボがツイッターで以下のようなツイートをしていた。

 20代は「目に見えない負債」を減らす時期だと意識したほうが良い。人との繋がりのなさや人間不信とかこっそり進行する病気とか異常性癖とか無知とか。そういう負債がリボ払いで、30代以降で大爆発して目に見える破滅(重病や破産や事件)に変わっていく。
 強力な地雷ほど目に見えないっていうのはホント

「凪のお暇」の主人公、大島凪は28歳。
 そういう意味では、大島凪は30代を前に「目に見えない負債」を減らすことに集中した物語が「凪のお暇」なのかな? と思う。
 
 続きは、そういった目で見て行きたいと思う。

 9月某日。

 カクヨムで連載している「木曜日の往復書簡集」で、【25 郷⇒倉 岩田屋町の好きなキャラクター10選】というのをやった。
 僕と倉木さんで同じ舞台「岩田屋町」を使って小説を書いている為、共通するキャラクターが多かった為、その中で好きなキャラクターを10人選ぶ、というもの。


 柴崎友香が長編小説の登場人物について、以下のようなことをインタビューで答えていた。

 長編の場合、1~2年間続くので、書いているあいだは彼ら(登場人物)のすぐ近くにいて、自分もその隣で生活している感じです。(登場人物の)この人にはこういうところがあったんだと書きながら気づくのは友達の意外な一面を発見するのと同じで、小説のなかでも自分の予想を超えて現実のように意外なことが起こってくれると、この小説の世界が成り立ったなと感じます。友達や近所の人くらいの距離感なので、長編小説が終わるときは寂しくなりますね。

 僕も岩田屋町に住む登場人物を書きながら、時々「この人にはこういうところがあったんだと書きながら気づく」ことはあって、だから好きなキャラクターを10人選ぶというのは、友達を10人選ぶくらい難しかった。
 選ばれなかった人も友達だし、好きだし、仲良くしたい。

 そんな気持ちで選んだ10選を読んで、僕の毎晩の癒しのブログを書いてくださっている、よるさんがブログの方で僕の作品で好きなキャラクターについて書いてくれていて、嬉しかった。
 よるさんの目から見ると、あの人を気に入ってくれているんだ、とか、あの人とこの人の組み合わせを好きって言ってくれるんだ、みたいな感じで新しい発見もあった。

 本当にありがとうございます。

サポートいただけたら、夢かな?と思うくらい嬉しいです。