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キングという友人の人生に一歩踏み込んで、結婚について考えてみた。

 人の話を聞くということは、ある人生に入っていくということである。 
 
   岸政彦「断片的なものの社会学」より。

 僕は十八歳の時の進学をきっかけに大阪で一人暮らしを始めました。知り合いが誰もいない土地で生活していた為か、僕はやたらと物を貰う人間へと成長しました。

 現在、僕が向き合っているパソコン、本棚、ソファー、テレビ、タンス、ラック、コタツ、靴箱、冷蔵庫、電子レンジ、ホットカーペット、電気スタンド、洗濯カゴに至るまで、全て貰い物です。

 そんなある日、前の職場の上司がディスクとチェアがいらなくなるから、いる? と言ってきました。  
 当然、欲しいです、と答えたのですが、運ぶには車が必要でした。
 僕は車の免許を持っていません。  
 その為、友人に頼んで車を出してもらって、前の職場の上司の家にディスクとチェアを受け取りに行きました。そして、そのまま僕の家まで物を運んでもらうことにしました。

 今回はその車を出してくれた友人、キングの話をしたいと思います。
 どうして彼の名前が「キング」かと言うと、職場で「King Gnu」のTシャツを着ていた為、そう呼ばれるようになったそうです。  
 ちょっとカッコイイので、「ヌー」って呼ぼうかな? と捻くれた気持ちがない訳ではありませんが、ぐっと我慢します。
 二十九歳。  
 そろそろ僕も大人にならなければなりません。

 キングは僕にとって興味の対象で、彼の体験談や考えを聞き文章にしたい、という話は2019年の終わり頃からしていました。
 その為、上司からもらったディスクとチェアを積んだ車の助手席で、僕は「キングはどんな話を書いて欲しいとかある?」と訊ねてみました。
「うーん。ベーちゃん(僕のあだ名です)が、俺はどう見えているかが分からんから、何とも言えないけど、『セトウツミ』ってあるやん?」
「あるね」

 僕はある時期にセトウツミにハマり、僕の部屋でお酒を飲む度に映画をテレビで流して布教していました。
 セトウツミのキャッチコピーは「この川で暇をつぶすだけのそんな青春があってもええんちゃうか」で、映画の内容も池松壮亮と菅田将暉が終始お喋りをしている、というものでした。

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 あらすじにしてみれば、決して目を引くような内容ではありませんが、実際に中身を見てみると、会話のリズムや話のテンポの良さに引き込まれます。僕は一度見た後に、また最初から見はじめるくらいハマりました。
 同じ映画を続けて見た体験は今のところセトウツミだけです。

 映画で衝撃を受けた後、前の職場の同僚の女の子が原作の漫画を持っていて、貸してくれることになりセトウツミの原作を読み、更にドラマ化されていると知って全部見ました。
 全て良かったです。  
 原作も映画もドラマも全て良い、というのは稀有なのではないのでしょうか。
 あと、作品を見た後、ごっこ遊びがしたくなるのも、今のところセトウツミだけです。

 というような、布教活動を僕はキングにしていて、有難いことにキングもセトウツミを気に入ってくれて、映画を観た次の日には、ドラマも見はじめていました。
 キングは大阪生まれの大阪育ちで、セトウツミの舞台も大阪でした。

 広島からやってきた僕には分からなかったのですが、セトウツミの舞台となっている場所をキングは知っていたらしく、ドラマを全て見た後に、一人で聖地巡礼をしたんだそうです。
 誘えよっ!  
 ってか、僕よりもハマってんじゃん!  
 と思いつつ、言わないのが大人かと思って、言っていません。

 けど、良いんですよ。
 誘ってくれても。  
 一緒にマクドナルドのポテトを食べましょうよ。  

 話がズレました。
「キングのことを書くのに、セトウツミってなに?」  
 と僕は改めて聞きました。  
 車内では「Official髭男dism」が流れていました。
「セトウツミって説明なしで、突然始まるやん? 俺のことを書いてくれるなら、それがええなぁ」
 ということで今回の文章はキングや僕の説明を最小限に抑えてお送りいたします。

 そして、これを書いている僕はOfficial髭男dismの「Traveler」というアルバムを一から聞き始めました(関係ないですね)。

「んー、じゃあ、今なにか面白かったエピソードとかある?」
 と僕は助手席側の窓から外を眺めながら言いました。  
 ないと言われたら、これから面白いエピソードを作りに行こうと誘うつもりでした。
「そうだなぁ」
 キングは予想に反して話をはじめてくれました。

「今でも連絡を取っている元カノがいるんよね。べーちゃんには、ちょくちょく喋っていると思うけど、○○県に住んでいる子。結構前にLINE電話があってんやん。
『彼氏と一緒に住もうと思うんだけど、どう思う?』  
 って言われたんよ。住んだらいいよ。その選択は間違っていないよ、って元カノは言われたいんだろうなぁと思ってんけど、『どうして、その話を俺にすんの?』って言っちゃったんよね」

「ん、なに? キングはまだ、その子のことは好きなの?」
「分からん」
「ふむ。続けてください」

  「元カノは彼氏と同棲を始めたんやけど、その彼氏には地元の友達がいて俺のダチになんかあったら許さんからなみたいな男のクサイ友情してる友だちがいて。田舎あるあるだな。
 で、その友だちが元カノのことを『こいつ、俺の財布だから』って冗談っぽく言ったんだって。  実際、元カノは聞き流してたんだけど、だんだん一緒に住んで金づるにされるって分かってきて、なおかつ友だちが前科ありって分かって殺されると思って逃げ出したんやって。  
 今、元カノは家なし子らしいって言う報告のLINE電話が少し前にあったんだよ。
 彼女いわく、俺と別れてからろくでもない男としか付き合えていない。人生終わったみたいなことゆうてた。もしよりを戻したいから大阪に来るぐらいの話をしてきたら、俺、多分結婚すると思う」

 そういうところかな?  
 頼めば結婚してくれる人がいる、という自覚がキングの元カノにあったかは分からないけれど、そういう存在がいることで、恋愛で失敗してもいいやと言う思いが彼女のどこかにあったのかも知れない。

 恋愛におけるスタンスとして【成功しないといけない】と【失敗してもいいや】のどちらがいいのかは、議論が分れる部分ではあるでしょう。 
 ただ、キングの元カノは失敗していいやと思って、失敗を繰り返した結果、住む場所を失ってしまった、――ような印象を僕は持った。

 人の話を聞くということは、ある人生に入っていくということである。  

 冒頭で引用した岸政彦の言葉が頭に浮かぶ。
 キングの話を聞くことで、僕は彼の人生に入っていけたかは分からない。
 しかし、あえて彼の内側に入ったと仮定して考えたいと思う。
 
 もし、僕がキングの立場だったら、その元カノと結婚をするだろうか。
 するか、しないかの二択であれば、するだと思う。

 それが必ずしも幸福な未来を約束するものではなかったとしても。
 結婚は今より幸せになる為にするものではない、とある思想家も言っていたし。

 ただ、彼の内側に入ったと仮定している僕は、その二択が迫られる状況を上手く想像することができません。
 僕はまだ未熟者です。

サポートいただけたら、夢かな?と思うくらい嬉しいです。