見出し画像

大塚咲「女であるために」レビュー

 わたしが大塚咲という存在を知ったのは、数年前偶然タイムラインに流れてきた展覧会の告知の彼女のツイートだった。ツイートに添付された作品の写真を見て、展覧会に行こうと思い彼女をフォローした。

 その前後に彼女が自身の過去のAVの動画や画像を削除するようにAV業界に申し立てをしていて、彼女がAV女優をしていたことを知った。大塚咲の訴えにも拘らず、未だに彼女の名前を検索すると昔の画像が出てくる。

 年上の男友達に彼女の話を振ると、彼女が10代に受けた性被害のことも当たり前のように知っていた。ひとつの個展を見る前に、ここまでアーティストのプライベートを知ることがあるだろうか。ここまで一人のにんげんのディープなところを垣間見て、それでもなお中立に作品を見られるのだろうかと、わたしは不安に思っていた。


 それでも、展示されている彼女の絵や写真を見て、どうやって新しく見られるか、ひとと差別化するかを考えずに、純粋に息を吐くように絵を描いているひとだと思った。もちろん彼女が辿ってきたヒストリーが凝縮されている作品もある。それも含めて彼女の作品であり、そこにあったのは美しさだった。

 昨年、彼女がツイッターで女性の被写体を募集していると見たとき、純粋に彼女がおんなをどう撮るのか興味があった。おとこの都合の良いおんなを演じさせられてきた過去を持つ彼女が、何を映し出すのだろう。


 外見に関するネガティブな言葉を幼いこどもにカジュアルに発する環境の中で育ち、ものの見事にそのささやかだけれど甘い毒のような呪いにかかり、10代の頃は自分の姿を鏡で見ることもつらかった。トイレで手を洗いながら、鏡を見ないように自分の手が濡れていくのをじっと眺めていた。

 30歳頃にようやく、じぶんのことをブスと形容するひともいれば、美人と形容するひともいる、という割とフラットな自意識を獲得できた。アーティスト写真を写真家のコムラマイに撮ってもらったことも大きかった。写真を本職とするひとが切り出す「わたし」はなにか別のイメージを捉えていた。生身のわたしを丸ごと愛することはできなくても、そこにあるイメージは愛せた。大塚咲が切り取るわたしは、どんなものなのだろう。


 どきどきしながら連絡をしたら、「自分が一番好きな服、本当は着たいけど着れない服、自分を好きになれる服。そんな服を着てきてください。」と言われた。撮影場所が海と聞いて、5年前に買った白いワンピースを選んだ。その年の6月に卵巣腫瘍の手術を受けることが決まった直後、その年は人並みの夏を過ごせないとわかったときに、どうしてもなにか夏が詰め込まれた洋服を買いたくなって、買ったワンピースだった。昨年も流行病で夏らしい思い出はあのワンピースを着て咲さんと海で撮影したくらいだ。

画像4

 展示会場は一階と地下に分かれている。会場を入ってすぐの一階の海ぎわでの女性たちは、本当はこう見られたい、女としてのじぶんの物語が広がる。明るい照明、明るい露出、明るいペイント。笑顔でないひとも、どこか自信を感じさせる。明るい、明るい高揚感。その中にじぶんもいた。周りに比べて空虚な表情に見えるけど、このじぶんはやっぱり好きになれる気がした。

画像4

 地下の展示場は一階とまるきり逆だ。暗い照明、暗い露出、色は明るいがほの暗いペイント。生贄のような裸の女性を囲む同じ赤いワンピースを着たたくさんの女性。赤いネイルをした手があるおんなに伸びる。女性にとって、赤は自身の表象であり抑圧の色だ。トイレで赤いマークを探し、毎月じぶんから流れる赤い血を眺める。女の子はピンクよね、と言われるところから全ては始まっている。同じ赤いワンピースを着た女性は、女性として画一化され、没個性化させられてきた暗い部分を覗かせる。

画像4


 二つの展示会場はまるで陰と陽だ。明るい一階と暗い地下。地下から一階に上がると、ちかちかした。しかし、暗い地下を見た後では、海を背景に微笑む彼女たちが、むしろ女性の抑圧の強さを表しているように思えた。本当だったらこうありたい。こう生きたい。地下の一様に暗い表情をした女性たちよりも、むしろ彼女たちに痛みを感じた。地下の女性たちは、逆に女性の強さを体現しているのかもしれない。弾圧し合うのではなくて、守り合いたいのかもしれない。そこにはわずかにシスターフッドの萌芽が見える。

画像4


 おんながおんなであることを考えることは、おとこがおとこであることを考えることだ。そこにはフェミニズム以前の存在の問題がある。

展示は4月30日まで。GALLERY ETHERで開催されています。女性も、男性も、どちらでもないひとも、どうぞご覧ください。
https://www.galleryether.com/ja/exhibitions/to-be-a-woman

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?