父と、プレスリーと、レコードと
「どんな音楽が好きなの?」
聞かれると困る質問の一つである。
まず、わたしには贔屓にしているミュージシャンがいない。2、3人(組)は好きなのがいるけど、熱心に追いかけているわけじゃないし、その2、3人(組)のミュージシャンの間に音楽性の共通点があるのかどうか、わたしにはよくわからない。
答えに窮していると次にくるのはこの質問だ。
「ミュージシャンでは誰が好き?」
好きなミュージシャンでも好みの曲とそうじゃないのがあったりする。だから、これも答えにくくて、だいたい「◉◉の◯◯という曲は好き」というような回答になって、盛り上がらない。
そもそも、どういう音楽を好きと感じるのか、自分でわかっていないのだから、この手の会話は膨らんでいかない。
よって、質問されると気まずいばかりであった。
しかし、人生っていうのは面白い。
わたしの現夫は音楽が大好きで、自分でギターも弾くし、ピアノも弾くし、ベースもドラムも家にあって、趣味で音源を作ることを楽しんでいるような人である。
何かの曲を聴いていると「ちょっと、ちょっと!ここのベース!いいよねぇ!」なんていってその部分を何度も再生して目を閉じてうっとり聴き入るような人である。
隣で、わたしは「ベース?どの音がベース?」と首を傾げているが、どの楽器の音がいいなんていう音楽の聴き方もあるということは夫から学んだ。
他人と暮らす醍醐味である。
そして、そんな夫と一緒に音楽を聴くたび、わたしは「この曲好き」と伝えることを自然にしていたらしい。
ある日、彼が言った。
「さと子は、70年代のサウンドが好きなんだねぇ」
そのときは、そんなに気に留めていなかった。というか、そこを深掘りしようとは思わなかった。
しかし、映画『パーフェクトデイズ』にノックアウトされて、映画の挿入歌たちをSportifyで漁っているうちに、それらの多くが70年代の音楽であると気づいた(厳密には60年代のもあります)。
ようやくかつて夫に言われた「70年代のサウンドが好きなんだねぇ」という言葉が腹に落ちた。
それを伝えると、夫がYouTubeで70年代のヒット曲を集めたプレイリストを探してくれて、一緒に聴いた。
何これ、魂が揺すぶられる曲ばっかりなんですけど!!!
それで、わたしは70年代のサウンドとやらになぜこんなに揺すぶられるのかを知りたくなって、音楽史について書かれているコラムなどを貪り読みはじめた(イマココ)。
70年代生まれのわたしは、リアルタイムで自らの意志でこれらの音楽を聴いていたということはまずないはず。だけど、母のお腹の中で、あるいは生まれてから数年の間にこれらの音楽に触れていた可能性はあって、その埋もれた記憶が呼び起こされてしびれるのかもしれない。
あるいは、70年代の音楽に通じる共通の何か(集合意識的なもの?)があって、それが魂を揺さぶるのかもしれない。
いずれにしても自分の興味って、こういうふうに結果的に外の世界への興味につながるのが面白いなぁと思う。
実を言うと、父が若かりし頃、エルビス・プレスリーのファンだったことを数年前に初めて知った。音楽好きの夫と父の会話が弾んだから出てきたことで、あれがなければわたしはきっと今も知らなかったし、父が卓上のレコードプレーヤーを買ったことも知らないままだったかもしれない。
母はジョン・レノンが好きだったと聞いたことがあるけど、他にはどんな音楽を聴いて育ったんだろう?
そういえば、幼少期を過ごした東京の社宅には立派なレコードプレーヤーとスピーカーがあったことを思い出した。
あれは音楽が好きだった父のたっての夢だったんじゃないか?
ソファーに座ってレコードを聴く父と母が思い浮かぶ。
それが現実の光景かはわからない。
でもわたしが知らない、もしくは覚えていないだけで、あの居間の景色はわたしの中に深く刻まれているんだろう。
レコードがほしくなってきた。