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【珈琲と文学】川上弘美『真鶴』

本日の文学案内は
川上弘美『真鶴』
です。

あらすじ

12年前に夫の礼は失踪した、「真鶴」という言葉を日記に残して。
京は、母親、一人娘の百と三人で暮らしを営む。不在の夫に思いをはせつつ、新しい恋人と逢瀬を重ねている京は何かに惹かれるように、東京と真鶴の間を往還する。
夫は死にたいと思ったのだろうか。それとも、生きたいと思ったから失踪したのだろうか。遙か下の海では、いくつもの波頭が白くくだけていた。 そして歩いているとついてくる、〝目に見えない女〟は、京に何を伝えようとしているのか――。遙かな視線の物語。

文春文庫 あらすじ



解説

主人公のには母親と一人娘の、そして新しい恋人の青茲がいて、日々暮らしを営んでいるが、12年前に失踪した夫のを忘れられずにいた。

「真鶴」という言葉を残して失踪した礼。
彼の痕跡を探すため、京は東京と真鶴の往復を繰り返す。

そんな京に、どこまでも憑いてくる「女」がいた。
「女」は京に何を伝えようとしているのか。
そして、礼はなぜ去っていったのか。

不条理で不思議な物語の先に待ち受けているものとは…。


川上弘美さんは、日常と非日常が融け合わさった世界観を描く作家として知られています。
この作品は、まさにその作風を代表するかのような物語で、インパクトの強い表紙も相まって、作品全体が不穏で幻想的な雰囲気を纏っています。

京に付き纏う「女」は、幻覚か妄想か、それとも幽霊か。
そんな「女」とともに向かう真鶴の町の描写は、どこか死者の世界のような、そんなイメージをもたらします。

そんな現実離れした世界観の一方で、
京は、母であり、子であり、女であり、どの側面にも幸福と苦悩を抱えているという、生活感の色濃い関係性が描かれてもいます。

うーん、この融合こそが川上ワールド…。


また、このお話の特徴として、文体の独特さがあります。

脳内に浮かんできた言葉をそのまま書きつけたような、短いセンテンスの羅列。
一般的に漢字で書かれるワードをあえて平仮名で書く。

そういった独特の筆致が、その不思議な世界観の構築の一端を担っているように感じました。

特に平仮名の使い方は絶妙で、日本語というのは、漢字か平仮名かでこんなにも言葉の印象が変わるものかと、読みながら驚嘆と興味の連続でした。


感想

上記に書いたような川上ワールドを、たっぷり味わえる名作です。

川上さんの作品は、日常の中の非現実的という「違和感」を描くことによって、現代社会で生きる私たちの生々しい感情や思考の動きを見つめなおさせてくれるものがあると感じています。

このお話も、失踪した夫を探すミステリーというより、京の心の内面の揺れ動きや、周囲の人々との関係性を描いた作品だと思います。

それらを通して、自身の幸福とは何か、大切な人とは誰か、そういったことを考えさせてくれます。



川上弘美さんは、優しい雰囲気の短編集から先に読んでいたので、この『真鶴』を読んだ時はびっくりしました。こんな話を書くのか…!と。

他に『蛇を踏む』など、幻想的で不穏なお話はたくさんあり、いろいろと読み漁っているうちに、川上さんの作風がわかってきました。

気が付けばすっかり川上弘美ファンのひとりです。


珈琲案内

◎グァテマラ 中煎り

『真鶴』におすすめの珈琲は、
グァテマラの中煎りです!

やや強い酸味と、花のように甘い香り、そして澄み切ったキレのある味わいが特徴の気品ある豆です。

苦味よりも甘味、酸味が印象的ですが、芳醇なコクも感じられるバランスの良さもあります。

不思議なエネルギーを放つこの作品を読むには、体力も要るでしょう。
グァテマラのキレとコクで度々リフレッシュしながら、じっくり読んでいただければと思います!


読書のお供に極上の一杯を…。


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