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ゆめのしま

 MIU404第5話『夢の島』をみて思ったこと。

 私は、ドラマの中の水森先生とほぼ同じ仕事をしているので「外国人は日本にくるな」という彼の叫びには、思うところが多々あった。
 日本で稼ぎたい外国人留学生と、人手不足に喘ぐ日本社会の間には、本音と建前、利害の一致と不都合な真実、とにもかくにもドラマチックなあれこれが介在しまくっている。”数字は取れない”けれど。

 今年は世界的なコロナウィルスの流行によりずっと国内にいるが、普段私は仕事で年に3度、あるいはそれ以上、外国へ足を運ぶ。日本への留学を目指す外国人を現地で面接するためだ。行き先は東南アジアの貧しい国ばかり。日本語学校の事情に詳しい人が聞けば、「ああはいはい、おなじみの市場ですね」といったところだろう。
 現地では日本語能力試験5級(以下:N5)レベルの簡単なテストを実施して日本語の学習状況を測り、最終学歴の成績表を提出させて学習能力を測り、親の経済状況を聞き取ることで留学費用の捻出が可能かどうかを測る。出入国在留管理庁(以下:入管)、さらに大きく言えば法務省は、母国でN5を取得、あるいは150時間以上日本語学習を受けたことを証明できなければ、留学ビザ(厳密にいうと”留学に係る在留資格”というのが正しい)を交付しない。留学ビザの取得に必要な手続きというのは大変煩雑かつ審査期間もおよそ2ヶ月半を要するので、彼らが留学を思い立ち、ビザが交付されて実際に来日するまでおよそ半年〜1年を要するわけだが、自分が面接に赴くのは大体ビザ申請の半年前。正直に申し上げると、この時期に面接に行けば、まだ1〜2週間しか日本語を勉強していないという学生もゴロゴロいる。当然N5レベルには満たない。ビザ申請時までに150時間以上学習していりゃあいいわけなので(よかないけど)じゃあどうやって学生の質を測るのかというと、”人の良さ”だ。

 水森先生と同じ仕事なので、私は日本語を教えない。学校の運営のために留学生を集め、学費を集め、その対価として留学生の生活を幅広ーーーーーーーくサポートする。毎日繰り返し繰り返し学生たちと接していれば、どういう学生が真面目で、勤勉で、利発で、優しくて、ずる賢くて、気が小さくて、陰険なのか、ある程度統計が取れてくる。現地での面接は1人20分程度、ましてや初対面の外国人だが、これまでに何百人もの留学生・留学希望者と触れ合いながら鍛えたファーストインプレッションというのは侮れないもので、成績表から透けて見える学習状況、日本語の簡単なテストを実施しているときの机に向かう姿勢などを含め総合的に判断すれば、「この学生は絶対に採用したい」「こいつは絶対にダメだ」というのがおのずと分かってくる。多少成績が悪くても、日本語の覚えがイマイチでも、”人の良さ”が滲み出ていれば、私は採用する。

 外国人を日本に入れるということは、少なからず外国から新たなリスクを持ち込むということである。実際日本では外国人の犯罪も絶えないし(当然日本人の犯罪も絶えないが)、犯罪の種類も軽微なものから重大なものまで幅広い。犯罪とまではいかずとも、身近なところでは、同じアパートに住んでいる外国人のゴミ出しの仕方がまるでなっていなくて害虫害鳥異臭発生なんてレベルの迷惑を被っている方もいらっしゃることだろう。
 だから私は”人”を見る。ここからはマジの綺麗事なしだ。

 ”人”が良ければ、彼らは真面目に日本語を勉強し、進学なり就職なりちゃんとしてくれる。学校でも悪さしないし、アルバイト先でもアパートでも他人に迷惑をかけずに過ごしてくれる。滞りなく学費を納めて、なんならアルバイトでは汗水垂らして深夜まで、お盆期間やお正月も、日本人の嫌がる仕事を引き受けてくれる。そうやって私たちは給料をいただいて、お盆期間やお正月には彼らが掃除してベッドメイキングしてくれたホテルの一室で優雅なひと時を過ごし、かつ、日頃は彼らが食品工場で作り、配達工場で仕分けしてくれて、コンビニでレジを打ってくれた弁当だのなんだの、文字通りのおまんまを食っている。

 MIU404で描かれた外国人留学生の実情は、ものすごく現実に則していて、多分すごく細やかな取材の上に成り立っているのだろうと思った。そりゃあ「ベトナム人学生はこんな喋り方しねえわ」とか細かいことを思ったりもしたけれども、真摯な内容だった。その中で1点どうしても気になったのは、マイさんのトリプルワークの状況だ。劇中でも『外国人留学生は1週間に28時間までしかアルバイト(資格外活動)をしてはならない』というルールについて言及されていたが、これは我々も口を酸っぱくして、なんなら募集に行った先でも一番最初に釘を刺しておくくらい重要なことだ。何故なら『日本語学校は断固としてオーバーワークを認めないぜ!!』という強い姿勢を見せないと、『真っ当な日本語学校として機能していない』と入管に見做されれば、我々の職場は消し炭になってしまうから。文字通りのおまんまの食い上げである。

 ただ、外国人留学生はめちゃめちゃオーバーワークする。全員ってわけじゃないが、かなりやる。週50時間とか働くやつもいる。隠していても分かってしまう。真っ赤に血走った目、みるみる痩せていく身体。1日4時間程度日本語を勉強して、週28時間だけアルバイトして、日本で普通に生活していたらこうはならないだろう。でも働く。母国へ送金し、家族に楽をさせてやるために。将来母国へ帰ったときの自分のために。
 我々も「オーバーワークするな」と、何度も何度も繰り返し啓蒙しながら、疲弊していく学生たちの姿を薄目で見ている。彼らは働かなければ生活できない。学費を払えない。進学できない。
 そして彼らが働いてくれなければ食品工場は回らない。アマゾンから荷物は届かない。ファストフード店や居酒屋のメニューは提供されず、皿やグラスは洗われず、コンビニも回らない。
 日本語学校に通う期間は長くて2年。専門学校や大学へ進学すれば4〜6年日本に在留できる。その間に一体いくら稼いで送金するのか知らないが、それはそれは大金だろう。ただ、日本語学校への留学で最初にもらえるビザは6ヶ月〜2年3ヶ月とかなので、何年も日本で、アルバイトで稼ぎ続けるためには「ビザ更新」が必要になる。ここでさっきの「1点どうしても気になった」こと。”東京入管の管轄内”であんなにバイトしていたら確実にビザ更新はできない。学生がオーバーワークを隠していても、雇用側は「外国人留学生を雇い入れている」ことをハローワークだかなんだかに届け出なければならない。届出があれば、入管に必ず通知が行く。各留学生がどこで何時間アルバイトをしているのか、正確に把握される。我々と同様、彼らにもマイナンバーが振られているし、日本に長期滞在する外国人が必ず発行される「在留カード」にだってそれぞれ番号が振られていて、雇用側にはこれらの情報を入管に報告する義務がある。実際都市部では数年前から、そういった管理の甲斐あって(というべきか否か複雑な心境だが)オーバーワークが判明した留学生たちが続々と帰国させられている。ドラマのマイさんだって、あのオーバーワークがバレれば特定技能ビザへの変更すらできるか怪しいものだと思うけど、その辺は門外漢なので実際のところは不明だ。そして、もしオーバーワークがバレないとすればそれは、雇用側が外国人留学生の雇い入れを申告していないということ。そこにあるのはさらに深い闇だ。

 上記で”東京入管の管轄内”とわざわざ強調したことには意味がある。あのレベルのオーバーワークだと、東京入管では一発アウト即帰国だと思うが、地方の入管だと、一応お叱りは受けつつ「最後のチャンスですよ」と言ってビザが更新されてしまう。
 『外国人留学生のアルバイトは週28時間まで!』これは国の定める法律だ。しかし地域によってはその法律違反を入管が黙認している。何故か?
 私は国の職員ではないので想像に過ぎないが、東京は人が余ってる、地方は人が足りない、それに尽きるのではなかろうか。
 地方では、ある時期まで確かにオーバーワークが黙認されていた。そして、ある時期からビザ更新不許可、強制帰国のケースが発生するようになった。そうなって真っ先に感じたのは「ああ、もうこの地域に留学生のアルバイトはいらないってことなんだ」。

 留学ビザの更新不許可となると、彼らは留学ビザの代わりに短期滞在あるいは特定活動という3ヶ月分のビザを交付され、その期間中に母国へ帰るよう言い渡される。入管の施設に収容されるケースもある。(ーー2020/12/26追記 現在は資格外活動許可あり特定活動6ヶ月のビザを取得できるようになっています。)
 しかし世界中がコロナ禍にある今、母国へ戻るための飛行機は飛んでいない。3ヶ月以内の帰国が叶わない場合は、さらに短期滞在・特定活動ビザを3ヶ月分更新し、帰国の時を待つことが認められているが、いつ帰れるのか、それは誰にも分からない。その期間、当然アルバイトすることは許されない。オーバーワークして稼いだ金は母国へ送金済み。友人の助けを借りろというのは簡単だが、その友人たちだって必死に生活している。餓死させるわけにはいかないので、学校がサポートを行う。法律違反をしたわけだから、そうなって当然なのだけれど、彼らは毎日真面目に学校に通っていて、住民税だの消費税だの細々と税金も納めていて、眩しい笑顔で私に語りかけてくれる。彼らの落ち込んだ顔を見ていると「日本なんかに来させてごめん」と思う。

 帰国を待つ学生が腹痛を訴え、病院に罹りたいと言うので保険証を確認すると、すでに期限が切れていた。国保を支払っておらず、新しい保険証が送られてきていない。なけなしの金をかき集めて保険証をもらおうと役所に相談すると「短期滞在では保険証の交付はできない」と言う。生活に困窮する人を救うための無料定額診療を行っている病院のケースワーカーに相談すると、保険証がなければ受診は難しいと言う。例えば1ヶ月分の保険料を納めることで、短期保険証の交付といった措置を受けられるかもしれないと助言を受け、再度役所に相談すれば「ビザ不交付の原因が法律違反なわけだから、特別な措置は受けさせられない」と言う。行政書士や外国人サポートを行う機関に相談しても「救済措置なし」と言う。

 そりゃあそうだ。皆毎月ちゃんと保険料を支払うという義務を果たしているから、安く病院に罹る権利をもらえる。たくさん勉強して奨学金をもらえば、というかそもそも経費支弁能力がないなら留学すんなって国は言ってるわけだから、学費に困らないのが当たり前なんだから、オーバーワークして法律違反する者に、社会保障を受ける権利などない。それでも学校の経営・運営のために貧しい国からも学生を獲得してきているんだから、彼らが困っているなら学校が、健康で文化的な最低限度の生活を営めるよう、とことんサポートするのが筋だ。

 今年入学する予定だった学生たちは、みんな母国で入国制限の解除を待っている。学校は収入のないまま、それでも日本留学を諦めて欲しくないからと、オンラインで彼らとコミュニケーションを取り続けている。風の噂で聞いたが、学校によっては、いよいよ閉校しなければならないと言っているところもあるそうだ。我々だってどうなるか分からないが、入学前の学生にも、在学生にも、とにかくできる限りのサポートを続けるしかない。

 入管は、今留学生に帰国を言い渡しても国に帰れないことを当然理解している。入国制限に関する詳細は外務省の管轄だと思うが、いくら縦割りとは言え、法務省も真っ先に共有する事項には違いないし。
 世の中には不良日本語学校もたくさんある。そして日本語学校が乱立し過ぎているのも事実だ。これを機に、とことん留学生を追い詰めることで体力のない日本語学校をつぶすのも、もしかしたら必要なことなのかもしれない。特定技能ビザも新設されたことだし、留学生という名目でアルバイト人口を補っていたこれまでの歪みを解消しようとしているのかもしれない。ただ、特定技能ビザは1号と2号があるが、1号のほうが圧倒的に取りやすいだろうし、1号は永住権の要件には入っていないし、期間は最大5年だし、若くて使い捨てできる労働力の確保にはもってこいですよね、と穿った見方をせずにはいられない。5年で使い捨てて総入れ替え。家電だろうか。特定技能で携われる仕事は、日本人に人気のない職業を網羅しているし、技能実習生に除染作業させることと一体何が違うのか、とはいささか発想が突飛すぎたか。

 学生の訴えた腹痛は重篤ではなく、1日寝たらすっかり治ったと笑っていた。

 今の私は、外国人が日本に来てくれなければ生活できない。留学を望む人がいたら、日本へ連れてくる。でも本音は水森先生と同じかもしれない。

「外国人は日本にくるな」