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私が夫と夫婦になるまで⑤
家を出るときは嫁に行くとき。
ずっとそう言われて育ったもんだから、私は30年間実家暮らしだった。
大学も実家から十分通える距離ではあったし、卒業してから陶芸のアトリエへ通うにも電車で1時間ちょっとの距離。
だから別段、一人暮らしをする必要もなかったのだけれど、30歳で「一人暮らしの経験がない」というと少し驚かれることもある。(実は数名の友人も、同じように結婚するまで実家暮らしだったこともあり、私自身としては別に特別不思議なことでもないと思っている。)
「◯◯の経験がない」に関して語り出すならば、私はかなりいろんなことを経験していない方だ。学生時代にハメを外した武勇伝もないし、やんちゃな遊び方だってしたことはない。一人旅に行ったこともないし、一人で飲みに行ったこともない。ナンパなんてしたこともなければされたこともない。その上極め付けは、会社勤めの経験がないので、世の中の仕組みや大人ならば知ってて当然の常識なんかも全然知らない。なんだか悲しく情けなくなってくる。
両親に守られながらすくすくと何不自由なく成長し、大人になってからも尚、甘えさせてくれる環境で存分に甘え倒して生きてきた。自分で言うのもなんだけれど、絵に描いたような箱入り娘だった。両親はいつも私の少し先を歩き、私が転ばないように進む先の道を綺麗に掃いて整えてくれていたし、いつでも手を差し伸べてくれた。(夫曰く、私は桐箱に入り、さらに熨斗までついていたそう)
そんな中身がまるっきり子供の大人である私は、結婚したいと思える人と出会ったとき、人生で初めて「家族と離れる未来」をリアルに想像した。
喫茶店で流れていた曲が私の大好きな曲で、それを知った彼は次のデートの時に車でその曲をさらっとかけてくれた。
私が好きな味のコーヒーを淹れるために焙煎道具を揃えて、美味しいコーヒーを飲ませてくれた。
どうしようもなく辛いとき、話せなくて悩んでいるとき、ずっと寄り添い、私が言葉にできるまで待っていてくれた。
言葉にして吐き出すことで、相手にもその荷物を背負わせてしまうことが怖かった私に、「望が抱えているものを共有することは、なんの迷惑にもならない」と言い、いつも受け止め、理解しようとしてくれた。
そんな人と生きていくこれからを想像した。
家族と離れる不安より、彼のいない未来を考えることの方が怖いことに気付いた。
「一緒に暮らさないか」と聞かれたとき、すぐに「はい」と言えなかったのは、彼と生きる未来を実現させるためには、私の両親が、心から笑顔で二人の未来を祝福してくれる形を取りたい、取らなければならない、と思ったからだった。
だけど、私が家を出るときは嫁に行くとき。それはもう、どうやってもひっくり返すことのできない決まり。
でも、今彼が言っている「一緒に暮らさないか」は「結婚しましょう」ではないと思った私は、「それは同棲ってことだよね。ごめん、それはできない。一緒に暮らすなら籍を入れてからじゃないと、うちの両親は許してくれない」と伝えた。
こんなこと言ったら彼が嫌な思いをするかもしれない…と一瞬過ぎったけれど、本当のことだし、なにより、私が同棲はしたくなかった。
同棲しているカップルを否定するつもりは全くなくて、私は何かと物事の始まりと終わりの区切りをはっきりとさせたい方なので、同棲してしまったら結婚生活との境目を見失いそうで不安だったのだ。
すると彼は、そうか、それならこれから二人で暮らす未来を実現させるためにはどういう順序を踏むべきか考えようと、あっさりと言った。
私たちは、二人が共に結婚という一つの目標に向かって進もうとしていることを確認しあった。だけどその目標を達成するためにはクリアしなければならないことがたくさんあって、籍を入れれば良い、というだけのことではない。私と彼が結婚生活をはじめるには、二人の間でまだ確認しなければならない事項がいくつもあった。
結婚式は挙げるのか。
入籍はいつするのか。
一緒に暮らし始めるタイミングはいつか。
新居に関して、場所、家賃、広さはどのくらいをイメージしているか。
新生活にかかる費用はどうするか。
子供についてはどう考えているか。
なによりも、お互いの両親への挨拶はいつするのか。
挙げ始めたらキリがないほど、いろんなことが不透明で、いろんなことが不安だった。好きな人と一緒に生きたい、ただそれだけのことを叶えるためにクリアしなくちゃいけないことはどんどんと出てくる。
本当は、1日も早く一緒に暮らして生活をはじめたい。
だけどすべてのことを明確にしてきっちりとはじめたい。
でも早く一緒に暮らしたい…。
どちらも同時に叶えるのは無理な話。すべてのことを明確にし、課題をクリアするには時間がかかる。それに、これは私たち二人だけの問題ではない。恋人同士ならば、二人だけのことを考えて、二人がやりたいようにやるというのも楽しくて良いと思う。でも私たちはそうではいけない。私たちは家族になるための準備を今からしなくてはならないのだ。家族を始めるというのは、やっぱり準備は慎重に、足元をしっかりと固めてから踏み出すべきだ、そうでなければ、これから先の長い人生を一緒に歩いていくことはできない。そう思った。
私たちがまずしなければならないことは、お互いの両親へ挨拶をして、結婚の意思を伝えることだという話になった。それから式場探し、新居探し、そして結婚生活スタートにかかるお金のことも考えながら、一歩ずつ二人で進めていくことになった。
***
と、ここまで色々なことを話したり考えたりしていながらも、私はまだ、彼からプロポーズをされていませんでした。「一緒に暮らさない?」をそれと捉えることもできるっちゃできるし、人からしたら「もうこんなに結婚に向けて二人で話し始めているんだから今更プロポーズなんて」と思われるかもしれないけど、私は欲しかったのです!言葉が!「結婚しよう」の言葉を!それらしいシチュエーションで!!!
この頃彼はまだ学校に通っていて、国家試験も終わっていませんでした。試験を控えた時期に結婚の話しを進めようとするだなんて、今から思えばかなり無理をさせてしまっていたような気もします。
そんな大切な時期に私は「プロポーズする気、ある?」と、まぁなんとも可愛げのないことを口走ってしまったりもしました…。
欲しいものは今すぐ欲しい、やりたいことはいますぐやりたい。そんな子供みたいなところが私の根底にはあって、相手の立場や環境、気持ちを慮るということが欠けていたと、今はあの時のことをとても反省しています。
前回の投稿からだいぶ時間が経ってしまいました。
実は今お腹に子がおり、妊娠生活真っ只中です。初期の頃はつわりが酷く、その期間はもう何をすることも考えることもできない、本を読むこともテレビを観ることもしんどくて、ましてや文章を書くなんてことも全くできませんでした。
今はおかげさまで体調も落ち着き、久しぶりにこうして投稿できるまでとなりました。残り少ないマタニティライフ、一人の時間や夫婦二人の時間を、ぐーたらしながら満喫しております。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
子が生まれるまでになんとかこのシリーズを書き終えたい!そして妊娠期間中に感じた様々なことも記録として残しておきたい!と思っているので、また細々と投稿していきたいと思います。
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