見出し画像

野球ヒーローストーリー      『剛腕の 左のアンダースロー』

※このストーリーは全てフィクションです。

■プロローグ

「今日はよろしくお願いします。例の方は近くにいますよね?」高井は電話相手の記者に尋ねた。

「なんのことか分らんが、スマホはスピーカーにしておくから、よろしく。
早速、選手の概要を話してくれ」

「サウスポー、ピッチャー、最速147キロ。183㎝で84㎏。名前は橘周。名前かっこいいでしょ?」
高井は少し得意げに答えた。電話の向こうにはスポーツ記者の上野が居酒屋の個室にいた。
「投球フォームはどんなんだ?」無視してスポーツ記者の上野は尋ねた。
「フォームは最後に言いますよ」ととぼけた。
「なんだそりゃ。まあいいわ。続けて」

「まずストレートの威力が半端ないです。高めは重さも伸びも一級品 です。私がこれまで受けた ピッチャーと比べてダントツですね」
「お前、150キロ以上のピッチャーも何人か受けてるよな?それよりすごいのか?」

「はい、低めも凄いですが、高めは打者の近くで勢いを増すというかミサイルのような凄い球です。プロの打者でも中々捉えられないですよ!」

高井は会社員だがそこそこレベルが高い社員が中心の草野球チームのリーダー的存在である。中学でピッチャーを経験し、高校大学と今現在はキャッチャーである。高校では有名高で甲子園も経験した。

大学では東京六大学の野球部に在籍した。分析が得意で配球にも定評がありバッティングもまずまず。しかし肩が強いほうではなく、高校でプロを断念
した。大学でもレギュラーには慣れなかったが、ブルペン捕手兼アナライザー(分析係)として活躍した。それでも公式戦にも12試合出場し、ヒットも
4本打っている。大学3年4年の時は、1,2年生ピッチャーに的確なアドバイスをして、その中からプロに進んだ者もいる。肩が強く無いところを除けば、非常に優秀なキャッチャーであり、分析家でコーチングに長けていたので、監督やチームメートからの信頼が厚かった。

今日の電話相手の上野は、大学時代に知り合い、つかず離れず接してきた野球専門のベテランスポーツ記者である。

「ホンマか?大袈裟やろ。それで変化球は?」
「まずプロにも通用しそうなAランクとして、カットボール、スライダー、チェンジアップがあります」
「ほう、ええやん。他には?」
「Bランクの変化球としてスローカーブとシュートがありますが、
 どちらも打者の目先を変える程度ですね」
「シンカーやスプリットが無いのは、ちょっと残念やな」

「いえ、実はですね・・・」かなりもったいぶった言い方。
「プロでも決め球にできそうなSランクとして、シンカーがあります」
「ホンマか?もったいぶるなや(笑)。なかなかええやんか」
「橘のシンカーは打者の手元で真下にギュッと曲がり落ちます。
 これも今まで見たことない威力です」
「本当やとしたら面白いな。しかしやっぱり大袈裟に言うてるやろ?」

「実は、まだ他にもSランクの球種がありますよ」
「嘘やろ!何が?」
「ツーシームとパワーカーブがあります。ツーシームは打者の手元でボール2,3個分沈みますので、伸びのあるストレートとの対比で中々強力です。パワーカーブも独特で、真横にぐっと曲がります。なので右打者にも脅威です。私なんて全然打てないです(笑)」

「それは話半分としても面白いな・・・ちょっと待て、シンカーが真下でパワーカーブが真横ということはサイドスローやな?うーん左のサイドスローかあ!」

「ですからフォームは最後に説明します」

「いつまでもったいぶるんや。まあサイドスローやろうけどな」

「ストレートの威力、変化球のキレと種類、プロで通用すると思っています。それともう一つの売りがコントロールの良さです。ほぼ完璧です。プロにもあまりいないのではないですかね?しかもここぞの場面で力が入って外すようなことも少ないはずです。欠点は、高いレベルの真剣勝負の経験が少ないことですね」

「そんなやつが何で世の中に知られてないんや?」

「中学1年までアメリカにいて、日本に戻ってきて野球部にはいったのですが、なじみにくかったのと、成長痛のせいで腰が悪くてうまくいかなったようです。彼はそれで高校はあえて野球部の無い学校に行ってダンスに明け暮れたようなんです」

「もったいないな~。しかもダンスって。せめて球技やっとれば」
高井は緊張してたのか、お茶をゴクりと飲んだ。「次に橘の身体能力についてです。大袈裟ではなくプロで3本の指に入ると思います」

「いやいやそれは無いやろ。身内びいきがひどないか?」

「まず、足が速いです。大学時代に1年間陸上部に在籍していたんですが、最高記録がなんと10秒48です。これ電気時計の公式記録ですから。もし手動のストップウォッチなら10秒2か3ですよ!」

「まじか??3塁まで軽々行けるな、それは凄いが、昔から足が速いだけの選手は何人もいたからな」

「たしかに盗塁技術があるかというと、はっきり言ってそれはまだまだです。ただ橘が凄いのは、100mが速いだけでなく、200、400、800、1500、走り幅跳びの成績もとびぬけてて今言った競技全部でその年の国内ランキング20位以内なんですよ。スピードだけでなく、スタミナも相当なものがあります。いざという時の勝負強さもなかなかのもんだと思います」

「身体能力の凄さパートⅡです。遠投が恐らく130m前後です」
「それは嘘や。強い追い風に乗ったとかでないんか?」
「いえ、無風の時に120m投げたんですが、怪我が怖いから事前に100%で投げるなと言った上でなんです。まあ本人もびっくりしてましたが。私が8ヵ月指導したから本来の能力が発揮できたんかと(笑)。パワーもあって、握力87キロあります」

「情報多くてメモがびっしりや」

ここまで高井は話をしてきて、最も強い口調で言った「私は、橘はプロで便利屋でななく、経験値をしっかり増やしてやれば、ピッチャーとしては2年目でローテーションに入って、バッターでは3年目に外野のレギュラーになることが可能と思います。それだけの素質があると考えています。とにかくうまく経験値を増やしてやれれば」

「はったりとは言わんが、大袈裟やと思うな~。後輩の可愛さに目が曇ってはおらんか?それに左のサイドスローで先発ローテーションというのもなかなか厳しいぞ」

「ではここで投球フォームを発表いたします!」
少し丁寧な口調に切り替えた。
「彼は、世界初の先発完投型の左のアンダースローです。しかも2投流も目指せる才能まで持ち合わせている、今年のドラフトの目玉です!!」
ここが勝負とばかり、若干震える声で力を込めて宣言した。

「アンダースロー??」遠くで誰かの声がした。
「おいおい、左のアンダースローはどうあがいてもショートリリーフが精一杯やろ。先発完投型なんぞ到底無理やぞ」

「来週の試合も見てもらえれば、一気に誤解が解けますよ。つい3ヶ月前までは今年の秋のトライアウトを目指して支援してきたんですが、思ったよりすっとアンダースローがはまって、球の威力が倍増したんで、ドラフト候補いけるんじゃないかと思い始めました。そうそうアンダースローは5か月前から始めたんです。2か月試行錯誤してたどり着いたのは往年の名投手である山田久志投手のサウスポー版です」

キャプチャ

===
<山田久志投手について>
【昭和プロ野球】魔球シンカーが代名詞!阪急ブレーブス
 黄金期を支えた通算284勝の最強サブマリン「山田久志」
https://www.youtube.com/watch?v=GS5URhRiytc
 元阪急ブレーブスの山田久志投手。通算284勝は歴代7位。
 勝利数が凄いが、投球フォームが力強くでかっこいい
 ところに惹かれる。若い頃は史上稀にみる
 剛腕のアンダースローであった。
===

「わかったわかった。試合見に行くわ。大袈裟やとの疑念は捨てられんがな。そこでプロでやる能力無しと見極められてもええのか?」

「はい、よろしくお願いいたします。橘は先発で5回を投げる予定です。勝ったら、日曜日は午前中は外野手で午後の決勝はリリーフで2,3回投げることになると思います。怪我するような使い方はしませんので」

「分かった。楽しみにしてるわ。ちょっと待て!!マチュアの左のアンダースローで147キロも出したのか?」

「今更ですか(笑)。そうですよ。これだけでもひょっとして世界随一ではないですか?」

「そうかもしれん。いや見てみんと信用できん」

「はい、じっくり見てください。余計な圧はかけんでくださいよ(笑)。」

ここで電話は終わった。今度の土日に草野球西日本大会が松山市で行われる。よりすぐりというか会社が球場を借りる費用を負担してくれる強いチームが8チーム集まる。土曜日は準々決勝で、日曜日は午前中に準決勝、午後決勝というコンパクトな大会である。この大会が剛腕の左のアンダースロー橘周選手の事実上のデビュー戦となる。しかも衝撃的なデビューである!

※補足
投球フォームには、大きく分類して、オーバースロー、スリークォーター、サイドスロー、アンダースローの4種類がある。
 ・オーバースローはほぼ真上から投げる。
 ・スリークォーターは名前の通り地面から135度近辺
  つまり斜め上から投げるフォーム。
 ・サイドスローは真横から投げ、オーバースローや スリークォーターよ 
  り取り組む人が少ない。
 ・さらに希少価値のアンダースローは地面に近い斜め下から投げるフォー
  ム。一般的にスピードは出にくいがコントロールはしやすくなると言わ
  れている。しかしながら身体への負担が大きくバランスも取り難い。何
  よりスピードが出にくいことから、益々最近少なくなっている。よって
  歴史上剛腕投手のタイプがサイドスローやアンダースローにした例は少
  ないはずである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?