「適切な居住」は基本的人権~貧困対策としての住宅政策の在り方~


 居住を得る権利は、衣食住といわれるように最低限度の生活を営むのに必要な権利の一つである。そのため、生活保護等の制度を通じて、生活困窮者に対するアプローチが行われているが、衣食が比較的供給しやすいものであるのに対して、住居は現金給付としてもその適切さの見極めが難しく、現物給付をするにも大がかりなものであり給付に関して実務上の困難さが存在する。戦後の日本の住宅政策は、中所得者以上や正規雇用者を対象にした持ち家社会を形成する経済政策としての側面が主であり「適切な居住の権利」の保障の議論は十分ではなかった。生活保護や公営住宅のみならず、住宅セーフティネット制度など民間も活用した試みが行われ、ハウジングファーストなどの草の根の活動も行われている。本稿では、貧困と社会保障政策としての住宅政策の関係について述べる。

1, 貧困対策における「原因」への対策と「帰結」への対策
 まず貧困の解決を目指す方法として、貧困の要因へのアプローチと貧困の結果に対するアプローチとが存在する。貧困の定義には価値判断が加わるため一意には決まらず、また貧困の原因は複雑な影響があるため、要因の特定は困難である。ここで、社会の変化などのマクロレベルの影響か個人の生活によるミクロレベルの影響か、また時間的視野から短期または長期の組合わせで大きく4つに整理することが提案されている。短期的な変化によって貧困を産む原因として、個人や世帯レベルでの所得の減少がある。またインターネット利用やスマートフォンを所有することが一般化するなどの世帯や個人レベルでの標準的な生活に対するニーズの増加や疾病などによる出費の増加も貧困を産む要因である。これらは世帯・個人などのミクロレベルの要因である。またマクロレベルにおいては、失業率や賃金および就業条件の格差など労働市場の影響が短期的に貧困を産みだしうる。またこれらの格差を是正すべき税や社会保障による再分配機能が不十分であることも短期的な原因となる。さらに幼少期や子供の時期の貧困は、ミクロレベルでもマクロレベルでも貧困を産みだす。つまり、子供の貧困は、教育環境などを含むその生育状況が次世代個人の貧困を産み(ミクロレベル)、さらに親世代の貧困が子世代の貧困に結びつく社会構造が新たな貧困を産んでいる(マクロレベル)と捉えることもできる。
 貧困の原因を解決するのみならず、いまある貧困が不十分な教育や自尊心の喪失、健康への障害に結びつかないようにする貧困の結果に対するアプローチも重要である。これは、貧困世帯に対して経済的な扶助を行ったり、教育の支援を行ったりすることなどが対策として含まれる。
貧困対策という観点で住宅政策を考えるにあたって、このような貧困対策の枠組みを確認することが重要である

2, 終身雇用年功序列雇用制度を前提とした住宅政策
 住宅は「衣食住」という言葉もあるように、人間が必要最低限の生活を送るうえで重要なものである。しかし、戦後日本においては、正規雇用のもとで働く夫が家族形成し住宅を購入する生き方を前提とした持家社会を形成してきた。企業においては、終身雇用制による収入の安定および信用と、年功序列制による住宅購入などのライフステージに応じた給与の上昇が確保される性質をもっていた。公共政策においては、住宅金融公庫法による中間層への融資の支援が行われ、住宅政策は基本的な居住を保障する性質よりも経済政策成長を促す経済政策としての側面をもっていた。これは、高所得や社会的地位および信用の高い人ほど政府や企業の支援を受けやすい構造となっており、結果として高所得世代ほど持家率が高くなっている。さらに持家があることは、老後にわたって家賃を支払う必要がなく、土地等不動産が資産となることから貧困のリスクを回避しやすくなる利点がある。このように戦後の住宅政策には格差を固定化させる構造が存在していた。このように貧困対策における住宅政策とは、貧困の原因でもあり帰結でもある点で重要である。

3, 住宅政策における現在の貧困対策
 住宅に対する貧困対策は以下のようなものが行われてきた。生活保護には住宅扶助と保護施設、生活保護の範囲ではないものとして無料低額宿泊所、公営住宅が存在している。また住宅確保についてのセーフティネット機能を強化するため、住宅セーフティネット法が2007年に制定された。さらに生活困窮者自立支援制度においても住居確保の支援が位置付けられている。
①生活保護における住宅扶助
 住宅扶助は現金給付である。賃貸住宅に住む場合は家賃・間代・地代等が支給され、持ち家に住む場合は、住宅維持費が支給される。家賃・間代・地代等の基準額は、1級地と2級地で月額1万3000円、3級地で8000円である。多くの場合で、住宅の家賃は基準額を超えるため、都道府県、指定都市、中核市事に限度額を別に定めて設定されている。また高齢者や車椅子生活などの理由などがある場合、特別基準額が設定されている。基準額が最低限度の生活に必要な住宅を保障するに達していない点が課題だったが、基準額の引き上げは特別基準を頻繁に運用することで対応されてきた。
②生活保護における保護施設
 生活保護は基本的には自宅で利用されることを想定しているが、不可能な事情があり生活保護利用者が希望した際には、救護施設、更生施設、医療保護施設、授産施設、宿所提供施設などの保護施設に入所することができる。
③無料低額宿泊所
 無料低額宿泊所は、社会福祉法に規定された事業である。生活に困窮するものが無料または低額な家賃で簡易な住宅を借りたり、その施設を利用したりすることができる。2018年に社会福祉法が改正され、社会福祉住居施設と定義されることで、悪徳貧困ビジネス等に対する規制が強化された。また同年の生活保護法改正によって基準を満たす無料低額宿泊所は日常生活支援住居施設と認められ、生活保護利用者の日常生活支援に関する業務を請け負う仕組みが整備された。
④公営住宅
 公営住宅は、低所得層に対する住宅供給のために国土交通省が所管する住宅である。1951年の政策開始以降、当初は建設費や修繕費などに基づく原価主義で家賃が決定し、低所得者を主な入居対象としていた。しかし、その家賃は特に所得が低い世帯の負担能力を超えることがあった。1996年に公営住宅法が改正され、応能応益家賃制度が導入され、入居者の家賃負担能力と住宅から得られる便益を反映して家賃が決定されるようになった。住宅扶助の特別基準額によって公営住宅の家賃を支払うことができるようにしたことや、入居のための収入基準の引き下げや応能応益家賃制度が導入されたことで、貧困世帯等が公営住宅に入居できるようになった。しかし戸数に限りがありまた政府が救済することに合意が得やすい者が優先される傾向があり、高齢者、障害者、母子世帯などの対象者が優先されるようになり、低所得以外の特徴をもたない人が公営住宅に入居できる可能性が低下していると指摘されている。
⑤住宅セーフティネット
 2007年に住宅セーフティネット法が制定された。これは、住生活基本法における「良質な住宅の供給」「良好な居住環境の形成」「居住の安定の確保」の理念に基づいたものであり、低所得者(月収15.8万円以下)、被災者、高齢者、障害者、子供を養育する者などが住宅確保要配慮者として対象となる。公営住宅の供給不足に対して、民間住宅を活用することで対応することを図る制度である。住宅確保要配慮者に対しては孤独死や家賃の滞納、トラブルなど不安を家主がもちやすく、環境整備にかかる費用の補助や税制優遇などの仕組みを導入している。2017年にはさらに住宅セーフティネット法の役割を強化するために改正が行われた。大きく3点が改正され、住宅確保要配慮者の入居を拒否しない賃貸住宅の登録制度の設置、登録された住宅の改修や入居への経済的支援、住宅確保要配慮者のマッチング・入居支援が制定されている。ほか家賃債務保証と生活支援などを行う居住支援法人の指定、生活保護のなかの住宅扶助を家主に代理納付する仕組みが設置された。
⑥生活困窮者自立支援制度
 2015年に開始された生活困窮者自立支援制度のなかで住居確保給付金が必須事業として設置されている。これは2008年の金融危機ののち、失業にともなって住居を失った者に対する住宅手当緊急特別措置事業が原型となっている。また生活困窮者自立支援制度のなかには、住居がない生活困窮者に対して一時的な居住や衣食の提供を行うなどの一次生活支援事業が行われている。

4, 課題
 上にみてきたように、住宅政策における貧困対策が取り組まれている。一方で、いくつかの課題が指摘されている。
一つ目はホームレスに対する自立支援である。2002年にホームレス自立支援法が制定され路上制生活者や野宿者に対して相談推進事業や緊急一時宿泊事業などが実施されてきた。しかし、このなかにはネットカフェや知人宅を転々としながら生活する「屋根はあるが、家がない状態」の人々が含まれていない。また生活困窮者自立支援制度が開始してからは、一次生活支援事業や就労準備支援事業のなかにホームレス対策事業の一部が引き継がれたが、これらの事業は地方自治体の任意事業であり、必ずしももともと行われていたホームレス対策事業が継続されているわけではない。
第二に、「適切な居住の水準」が法的に具体的に定義されていないことである。国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」には「適切な居住」の条件が挙げられており、各国はこの居住を保障する努力義務がある。また国ごとに「適切」とかんじる居住面積や間取りが異なることも事実であり、生活困窮者ではない市民がどのような居住環境を保障されてきたかという点も影響する。国際規約等も参考にしながら、国民の生活実感を取り込んだ日本の定義を決めていく必要がある。
第三に、地方自治体における担当部局の課題である。住宅部局と福祉部局は異なっていることが多く、住宅確保要配慮者の状況など認識が共有できず連携が不十分なことがある。どのような住宅が最低限度の生活に必要な適切な居住なのか、という点を共有し「共通言語をもつ」ためにも先の基準や定義を定めていく過程は重要である。
第四に、住居を得る過程に福祉事務局など行政の判定を生活困窮者が受け、またステップアップする方式で施設や住居を確保することができる仕組みがある。住居があることは生活の安定や自尊心、プライバシーなどの観点からも重要である。またはじめに生活保護を申請した時点で住まいがあるひとと、路上生活であったひととで居住の保障について異なった扱いをされることも運営上の矛盾を含む点である。さらに住居を持たないものは、施設などでの多人数大部屋への入居を福祉事務局から勧められるが、個々人の背景から他人との共同生活への支障が大きいひともおり、支援につなげることができないことがある。これは、生活保護の制度構造の影響や公営住宅の入居者において困窮者のカテゴライズを行っていること、「適切な居住」の定義が定まっていないことが原因に考えられる。

5, 対策:ハウジングファーストと「適切な居住」の議論
 みてきたように、困窮者に対する住宅政策には課題があり、実際の活動としてハウジングファーストという活動が行われている。ハウジングファーストは「まず安定した住まいを確保した上で、本人のニーズに応じて支援をおこなう」という考え方に基づいている。これは元来依存症や精神疾患をもつ患者が施設や病院に長期に滞在するのではなく地域のなかで生活を営んでいくことを目指して行われ、特にアメリカのホームレス支援団体が精神疾患や依存症をもつホームレスを対象に始めた取り組みである。健康および生活上好ましくない依存症を含む行動習慣をもつ人に対して、「金銭管理ができる」などの条件をつけずに安定した住まいを提供し、ホームレス状態や依存症などによる悪影響を低減することに重点をおいている。「ハウジングオンリー」ではなく、住まいが安定するところから、治療など健康の確保や労働など社会復帰につなげていく。日本では、中野および池袋周辺で慈善団体がハウジングファーストを行っている。この取り組みは、給付に対して条件付けをしない、ステップアップ方式ではない点で、従来の生活保護や公営住宅の運営とは異なった取り組みである。
 また先にものべたように、「適切な居住」の基準を議論し策定することが必要である。国連の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」には7つの要素が適切な居住に必要なものとして触れられている。居住権の法的保護、サービス・資源・設備・社会基盤の利用可能性(炊事ができることなど)、価格の適切性、居住可能性、利用可能性(accessibility)、立地、文化的適切性である。これらの要件が作られる過程で、居住する権利が重要であることが再認識され、さらに策定されることで行政組織は共通の認識をもって対策にあたることができる。

 適切な居住を得ることは、最低限度の生活を送るために必要な条件である。正規雇用を前提とした労働市場が変化し非正規雇用が増え労働市場が流動化した時代に合わせ、住宅政策についても変化が必要である。金融危機などの緊急対応とそこからの発展に終始せず、生活保護を含めた社会保障政策で、貧困や「健康で文化的な最低限度の生活」という価値判断を共有し、社会保障政策としての住宅政策の在り方を再考していくことが重要である。
「居住の権利」の観点、居住の安定から得られる公衆衛生適価値から、「適切な居住を得る権利」を保障することは政府の義務である。現状の「条件付きの居住付与」を改め、ハウジングファーストなどを参考に新しい全国民に「居住する権利」を保障する政策へ移行するべきである。

(参考文献)
岩永理恵ら(2018)『生活保護と貧困対策―その可能性と未来を拓く』有斐閣
熊倉陽介『精神医療』2022.01 No4,3-7
熊倉陽介ら『精神医療』2022.01 No4,10-28
熊倉陽介『精神医療』2022.01 No4,29-37
岩永理恵(2014) 『現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護』ちくま新書

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