見出し画像

日本の総合芸術「茶の湯」の世界への入り口

「茶道」「茶の湯」と聞くと、それだけで距離を置いたり恐いイメージを持ったりされる方が多い印象です。
その気持ちも分かります。「間違ったことをすると怒られそう」というイメージがデフォルトになっているのでしょう。

しかし、私にとって茶の湯は、「正解がない」ということを体感させてくれ、「人それぞれの解釈がある」ことを受け入れることのできる存在です。そして、それが私が茶道に魅了されている大きな理由であります。

日本人であることに誇りを持っている私は、日本人の精神性を鍛える場として、これからも茶の湯を探究していきたいと思っています。このnoteでは、茶の湯の世界を少しでも広げたく、私が学んだことや感じたことを記していきます。


茶をもって心の通い合い

茶の湯は「おいしいお茶をもって、主客ともに楽しみ、心を通い合わせること」に大きな意義があるといえるでしょう。

表千家不審庵ウェブサイト

茶の湯は、客にお茶をふるまう行為ですが、ふるまう側の亭主とお客は対等な関係にあります。亭主は客を想ってしつらえ、客は亭主の意図をくみとります。両者が心を通わせ合う時間と空間を共有するために、日々の稽古をおこなっていると言えるでしょう。
さらに、一碗のお茶は、人と人とのつながりであり、差別や区別はありません。
人と人とが心を通わせる行為。日本人が茶の湯で育んできた精神性です。

日本人ならではの美意識を育んだ総合芸術

茶の湯は、日本人ならではの美意識がつめこまれている総合芸術です。茶を喫する空間となる茶室、床の間の掛け軸や茶花、茶を点てるための美術工芸品、和菓子や茶碗や茶器。
これらは、その時々で、茶会の趣向に合わせて選びます。見た目の美しさだけではなく、禅語から禅の思想を学び、茶花から季節を感じ、茶道具から職人の技術や歴史に触れることができます。
茶を通じて、こんなにも多くのことを学び、感じることができることが茶の湯の醍醐味であり、茶の湯の奥深さに知れば知るほどひき込まれてしまいます。

マインドフルネスなど自分の心の健康にも気を遣う人が増えている現代社会。茶の湯の精神性を知り、空間や時間を経験し心身を鍛える機会として、ビジネスパーソンにもおすすめします。
私は、日本人であることが私のアイデンティティの原点であると常々考えており、茶の湯の世界はその意識を強めてくれ、日本人であることを心から誇りにできている所以です。
日本人に、日本文化の魅力と日常にある美しさに気付く機会になることを祈っています。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?