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短編小説|僕の歯に、服はいらない。

僕は、人と話すのが苦手だ。

とはいえ、淀みなく話すことができる時もある。
しかし、その時、往々にして僕の言葉は僕を経由しない。

どういう回路になっているのかわからないが、脳と口が、あるいは心と喉が直結しているようで、僕は発言した後に、自分の声を耳にし初めて話している内容を知ることになる。

僕が僕の言葉で話そうとする時、うまく言葉は出てきてくれないというのに。
だから、僕は人と話すのが苦手になってしまった。


この性格をどうにかしたいと思い、僕は同僚に相談してみることにした。
「あ、あのさ、ちょっと相談があるんだけど」
「どうした?仕事の話?プライベート?」

彼は、僕が淀みなく話そうがつまずいて話そうが、特に気にしていないようなので気が楽だ。むしろ僕がうまく話せないでいると、気にするな、そんな時もあるよ、と言ってくれる。

「え、え・・と」

今日も僕がうまく話せないでいると、彼はそんなことを気にするそぶりもなく、目の前のとんかつを一切れ口に放り込んだ。
わしわしと豚の肉を噛み砕き、湯気の立った味噌汁をずずずとすする。

「油モン食べると、口が滑らかになるぞ」
そう言うと、彼は白飯を放り込み、ガハハと笑った。

僕は昼食に頼んだミックスカツ定食のエビフライを口に放り込み、うまく人と話せないことが悩みだと相談した。
すると、同僚が突然、歯医者を紹介してやろうと言ってきた。

「は、歯医者?」

「実はさ、俺の知り合いで、歯医者をやってる奴がいるんだ。ちょっと変わったやつでさ。もちろん普通の治療もするんだけど、歯に服を着せる趣味があるんだ。
お前はさ、多分、スムーズに話す時の自分が怖いんだ。どういう言葉が出てくるのかがわからないことを不安に思っている。だから、普通の時に言葉を選びすぎる。
スムーズに話す時のお前も、言葉を選んで話すお前も、面白いけどな。ギャップが。俺にはない発想の発言がポンポン出てくるのが、心地いいくらいだ」

口の中の米粒を飛ばしながら、同僚は話を続けた。

「でもさ、お前がそれを気にしてるなら、そこの歯医者行ってみろよ。ほら、歯に衣着せぬものいいって、本当はいい意味なのにさ、お前は多分悪い意味でとってる。一回、歯に服、着せてもらったらいいさ」

歯に服を着せるのが当たり前であるかのように、同僚は言った。そして僕は、なんの解決にもならないであろう意味のわからない歯医者を紹介されてしまった。

どう返答をしていいかわからない僕を前に、同僚はあっという間にトンカツ定食を平らげ、すでにレジに向かっていた。


そして、二時間後、
「今日の夜なら空いてるってよ」
僕が歯医者へ行くかどうかの返事をする前に、同僚はすでに歯医者に連絡をし、予約をとっていた。

「地図、送っとくから」

そこは、会社から二駅離れており、僕はあまりその駅で降りたことがなかった。
もう予約はしてあるし、親切な同僚の気遣いに負けてしまい、仕方なしに僕は歯医者へと向かう。

新鮮味のある風景。少しの不安と少しの期待を胸に僕は歯医者のドアを開けた。

受付で名前を伝えると、少しだけぶっきらぼうな受付の女性が、診察台へと案内してくれた。

「こんばんは」

診察台に座っている僕の顔を覗き込むように白衣の歯医者は、挨拶をした。

歯に服を繕うような変態的な趣味のありそうな感じは全くしなかった。むしろ、爽やかな好青年をそのまま成長させたような雰囲気で、どこにいってもモテそうだ。

「話は伺ってます。とりあえず、診察させてくださいね」

そういうと、口を開けるよう指示をし、僕はそれに素直に従った。
この口を開けっぱなしという無防備感が少し苦手だ。早く終わってくれと思いながら口を開けた。

「綺麗な歯並びですねー。歯の磨き方も上手だ」
歯医者は、口の中を覗き込みながら続けた。

「いいなあ。この歯なら、こないだ設た薄水色のジャケットなんかが似合いそうだ。いやいや、逆にスパンコールでデコった黒いシースルーのシャツもいいかもしれない」
と、ニヤニヤしながら話している。

この歯医者、やはり変態だ。狂気を感じ、僕はここを訪れたことを後悔した。

「あっ!!」

歯医者が驚いたように声をあげた。
そして、グッと僕の口の奥に手を入れる。
僕は思わず、嗚咽を漏らす。

「ちょっとだけ我慢してくださいねー。なんか、ここの奥歯に・・・」
そう言うと、歯医者は手に力を入れ、ぐいっと口の中から何かを引っこ抜いた。

「おお、抜けたー。ほら見てください」

僕の口から出てきた何かを見せる。それは、鈍く光っている。
小石のような魚の骨のような、尖っているような尖っていないような、よくわからない何かだった。

「なんですか、それ?歯ですか?」

「いやいや、違いますよ。私も久しぶりに出会いました。たまにいるんですよね。奥歯に何か挟まっている方。何か色んなものがうまく飲み込めずに、奥歯の当たりで挟まって石化するらしいんですよ。結構、おっきいですねー」

「・・・聞いたことないですけど、そんな話」

「まあ、そうでしょうね。
慣用句になっているくらい、有名な言葉なんですけど。
実際に目の当たりにした人は、ほとんどないでしょうから・・・。
せっかくなんで、これ持って帰られます?必要なければ、私が資料として保管させていただきたいのですが・・・。
あ、それより、どうします? どんな服がご所望ですか?」

僕は何だかスッキリした気持ちになり、今日は服はいいです、とはっきり断った。

歯医者も、これだけ詰まってたんだもの、スッキリするでしょうね。
綺麗な歯だから、色々と試着してもらいたかったですけど、服なんて着せる必要ないぐらいの歯をお持ちなのですから、これからも大事にしてあげてくださいね、とにこやかに僕が帰ることを受け入れてくれた。

なんだか晴れやかな気持ちで僕は歯医者を後にした。

鼻歌混じりで歩いていると、歯医者を出てすぐの曲がり角で、誰かとぶつかった。

「す、すみません」
「いやいや、こちらこそすみません」

ぶつかった相手は、二足歩行の三毛猫だった。流暢な日本語を話している。

「お兄さん、なんだかご機嫌ですね。
あ、もしかして、そこの歯医者さん帰りですか?いい先生ですよね。彼は。猫にも親切なんですよ。ほら、みてくださいよ、この歯。綺麗でしょ」

きらりと光る犬歯には、蝶ネクタイがしめてある。

「ほんとはね、この大きな口で笑う時、のどちんこが見えるのが恥ずかしかったんです。
あの先生、歯に服を仕立ててくれるくらいだから、もしかしてのどちんこに履かせるパンツを仕立ててくれるんじゃないかって思いましてね。それで、先生に相談しに行ったんですよ。
そしたら、そもそも二足歩行で日本語を喋っている上に、体には服を着ていないじゃないかって先生に指摘されまして。
それだけ珍しくて目立つ風貌なのに、のどちんこを見せるくらいなんだと。むしろ堂々としていなさいと。
ただ、歯はもう少し綺麗にして、服でも着せたら気分が良くなるかもしれないね。と、この犬歯用の蝶ネクタイと白いカッターをプレゼントしてくれたんですよ。
大体、猫なのに、犬歯ってのもおかしいじゃないですか。それに服を着せてるってのがさらにおかしくって。のどちんこなんか全く気にならなくなりましてね。私、それから、堂々と笑うことができるようになったんです」
そういうと、猫は大口を開けてガハハと笑った。

なんだかその猫の笑い方が、同僚の笑い方に似ていて、僕も思わずガハハと笑った。

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