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16_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。

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「犬かよ!」

思わず僕はツッこんでしまった。
ネズミがすぐそばにいなくてよかった。あのネズミなら、基本的動物権の尊重とかアニマルハラスメントとか言い出しかねない。

ネズミが駆け寄った相手は、洋服を着た茶色のラブラドールレトリバーだった。確かに賢そうではあるが、先生が犬だとは思わなかった。よく考えればわかりそうなことだが、ばあちゃんが紹介した相手と言っていたので、勝手に人間だと思い込んでいた。まさか、犬だとは……。

動物の揉め事は、動物が解決するということか。妙に納得した僕は、なるほどね、と呟いた。パノラマキャビンには興味があるが、動物たちの揉め事に巻き込まれるのは勘弁だ。
「はい。任務かんりょー」
僕は独りごちると、くるりとその場で180度回転した。

1号車から出ようとした時、自動ドアが音もなく開いた。
自動ドアの前に立っていたのは、2匹の猫。猫たちは僕には目もくれず、しゃなりしゃなりと歩いてくる。視線は完全にパノラマキャビンにロックオン。僕がこの場に存在していないかのように、猫は僕の横を通り過ぎた。

「あら、意地悪なネズミさん、こんにちは。ネズミさんも先生にご用事かしら?」
三毛猫が目を薄くして、ネズミを見た。

ネズミと三毛猫の視線がぶつかる。一触即発。銅線の火花がバチっと燃えるのが側から見ていてわかった。
「そちらこそ、先生に何かご用事ですか? 私は今日、先生と特急ソニックで落ち合う約束をさせていただいていましたので。あなたたちは先生に用はないですよね。私は先生と話がありますので、どうぞお引き取りください」

ネズミはわざと癪に触るような言い方をした。わざと、ではなく無意識にかもしれない。ネズミの前歯がにゅっと前に出ている。
三毛猫の横に立っていた黒猫の髭が、ピンと伸びた。下がっていた尻尾も地面に直角と言っていいくらいに上に伸びている。黒猫は半歩前に出た。

「ミケさんになんという口の聞き方ですか? 全く失礼なネズミですわね。これだから嫌なんですよ、ネズミは。自分のことしか考えていない。小さい体ですから? 視野も狭ければ、心も狭いんでしょうね。こちらだって先生のアポイントはとってありますわ」
髭をピンと立てて、全身で敵意という敵意をネズミにぶつけている。黒猫はズカズカと歩いていくと、先生の隣にすっと腰かけた。そして、先生の目をじっと見つめて小首をかしげると、「ね? 先生?」と意地悪く笑った。

「まあまあ、落ち着いて」と先生は3匹をなだめた。

「お三方ともちゃんとお約束はさせていただいています。安心してください。まさか同じタイミングでパノラマキャビンに来られるとは思いもしませんでしたが….…。それより、事務所でお話しができなくて申し訳ありません。こちらの都合でわざわざ電車にまで乗っていただいて」
3匹は首をふるふると左右に振った。

「全然、問題ありませんですの。たまたまご主人様が年末の帰省で大分に帰れられるタイミングでしたので。これは運命だと思いましたわ。先生にしっかりと相談しなさいという神様からの思し召しだと思いました」
黒猫は自分の方が優先だわ、とでも言いたげに先生に擦り寄った。

ネズミと猫の距離がぐっと詰まった。
ネズミの毛がびりびっと逆立ち、髭がピンと伸びる。

ああ、嫌そうだなぁ。わかるよネズミ。僕も木下のお母さんに睨まれた時は嫌だった。大きなものが小さなものを脅すのは、さすがに卑怯だよなぁ。どうやったって逆らえっこないもん。

ネズミは嫌な奴だし猫の気持ちも分かるけど、さすがに僕もネズミに同情してしまう。体格差がありすぎる。もちろん、自然の摂理ってやつだろうし、弱肉強食だとは思うけど、人間みたいに動くネズミや猫を見ていると、どうしても人間のルールを当てはめたくなった。

先生が肉球をぽんと合わせて手を叩いた。
「ここで一緒になったのも、運命ですね」
「運命?!」
3匹は同時に声を上げる。


「そうです。きっと神様の思し召しでしょう。ということで、せっかくなんで一緒に話し合いをしましょうか」
先生は大きな口の口角をぎゅっと上げて、目を細めた。

揉めてる相手と話し合いなんて、絶対に無理だろう。冷静に話し合いができるわけがない。気づけば追いかけっこをしているような相手と、和解なんてできっこない。レジェンドだとネズミは言っていたけど、きっとこのお犬先生は、大して仕事ができないのかもしれないな、と僕は思う。

ちょっと傍観者として眺めてしまっていたけど、これ以上ここにいても僕にできることはない。むしろ、通路を通りたい人の邪魔になってしまう。僕は踵を返した。

「あ!」

その声に僕は振り向いた。
「ちょっと待ってください。お願いが!」
先生がこちらを見ている。え? 僕? 

その瞬間、ネズミがこちらに向かって走ってきた。




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