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神様のくれた、画用紙。

僕は白い場所にいる。
暖かいも寒いもない。あまりに体温と気温が一体となっていて、僕は自分の輪郭がわからない。
溶け込むように僕は白い場所に立っている。

立ちすくむ僕に、神様が近寄ってきた。
そして、一枚の画用紙をくれた。
ここに夢を描きなさい。そして、夢を描いたら、私に持ってきなさい、と。

白い場所の一角に、カラフルな画材。
心が躍る。この色とりどりの場所に名前があるとすれば、可能性。
そんな気がした。

たくさんの人が、僕と同じように画用紙を手にし夢を描く。
描き方は様々で、繊細なものも、豪快なものもある。
じっと白い画用紙を見つめている人もいる。

僕は描いた。
なんとなく描いた。
白い画用紙に色を入れるのは胸が躍った。
なんでも描いていいと言われると、何を描いていいのかわからない。
それが、正直な気持ちだった。

けれど、みんな描いているし。
神様が描きなさいと言ったし。
何かを描くのが、フツウだと思った。

僕はとりあえず描きあげて満足をして、神様に持っていった。

神様は表情を変えず、僕の画用紙を見つめた。
ふぅん、と聞こえた気がして、どきりと心臓が跳ねた。
その瞬間、神様は僕の画用紙をビリビリに破った。
細かく、細かく、細かく、細かく、細かく。

そして、破った画用紙を僕に渡したんだ。

元に戻しなさい。
とても、静かな声で。聞こえるか聞こえないかぐらいの、風が吹いたか吹かないかぐらいの。

僕は初めて自分の体温を感じた。
白い世界の温度が高く、僕の体温がそれより低い。

元に戻す? 無理難題だ。
できませんと僕は答えた。

神様は頷きもせず、僕に新しい画用紙を渡した。
今度は何も言わなかった。
けれど、また新しいものを描けということだろうということだけはわかった。

僕は思った。
神様はきっと、僕の夢を気に入らなかったんだ。
深く深呼吸して、白い世界の空気を肺いっぱいに取り込んだ。
体内にこの世界の空気を取り入れると、低くなった体温は世界と同じになった。

僕は、この世界に馴染んだ。
ほっとした。

僕はまたあのカラフルな場所に行く。
神様が気にいる夢とはなんだろう。
よくわからないが、きっと正しい何かだろう。

僕は、神様のことを考えて描いた。上手に描いた。
そして、また画用紙を持っていった。

でも、ダメだった。
神様はまた僕の夢を破いた。そしてそれを僕に返す。

上手に描けたのに悔しい。
元になんて戻せっこない。

神様は一体、僕に何を求めているんだ。
僕は、何を描くのが正解なのか。

体温が下がった僕のことを気遣う様子もなく、神様はまた僕に画用紙を渡す。
とりあえず僕は深呼吸する。

カラフルな一角で僕はみんなの画用紙を見た。
みんなそれぞれで、全く参考にならない。
けれど、一生懸命に描く姿は美しかった。
悩みながらも描くその姿に、僕は羨ましいと思った。

どう描けば、何を描けばいいかの答えは他の人の中にはなかった。

答えがよくわからないから、とにかく描いた。
描けるだけ描いた。
画用紙の白が見えなくなるくらいに描いた。
やけくそだった。

神様は僕の夢を見て、うん、と頷いた。
僕の体温は、少し上がった。
白い世界より高くなった。鼓動は早くなる。

けれど、また、破いたんだ。
神様は、ビリビリビリビリビリビリと。
そしてまた、僕に細かくなった画用紙を返す。

デタラメに描いた夢を元に戻せるわけなんかない。
意味がわからない。

神様はやっぱり、僕にまた画用紙を渡した。

終わらない作業に泣きたくなった。
あの場所に可能性なんて名前を期待した僕はもういない。
神様は僕を認めてはくれない。
きっと僕に意地悪をしたいんだろう。

でも、僕は描かないなんてできなくて。
どうしていいかわからなくて。
僕は泣きながら描いた。

どうせ破られるんだ。
どうせ気に入らないんでしょ。
でもさ、せっかく描いたんだよ。
僕は自分の描いたものが好きになりたいんだ。
神様に気に入られる夢でもなくて。
デタラメにいっぱい描くでもなくて。
僕はちゃんと描きたい。
神様のことは頭から取っ払って。
破られたって、ちゃんと覚えていられるように。
丁寧に丁寧に。
この線はここ。
あの線はここ。
この色とこの色は隣同士。
あそこの丸と向こうの三角は離れているようで、近い。

夢中になった。
楽しくなった。
頭の中は空っぽで。
頭の中はいっぱいだった。
描き上げた満足感で胸がいっぱいで。
多分、何度だって描ける。
そんな気がした。

神様は、うん、うん、と二回頷いた。

でも、やっぱり破ったんだ。
僕が大事に描いた夢を。

悔しかった。
悲しかった。
でも、大丈夫だ。
僕は何度だって描き直せる。

僕は神様がビリビリに破った画用紙を大切に抱えた。
破れたって僕の夢の価値は変わらない。
僕は、画用紙のかけらをパズルのように繋ぎ合わせた。


神様は、うん、うん、うん、と嬉しそうに頷いた。




ディテールが作り込まれていない夢は、夢のままで、ぼんやりと眺めているのがいい。

夢を人生の目的にするためには、細かく細部を描く必要があるのだろうと思う。
細かく描かれた夢のカケラは、目標となる。
目標はパズルのピースとなり、散り散りになった夢を繋ぎあわせる道標として活躍するに違いない。

パズルが完成した時にやっと、頭で思い浮かべた一つの夢を形どることができるのだと信じたい。


とはいえ、その目標ひとつ達成するのも、難儀なもので。

神様は嬉しそうに頷いた後、彼を、彼の夢をどうしたのだろうか。
きっと彼が繋ぎ合わせた画用紙を再びバラバラにし、彼諸共、空からこの世に放り投げたに違いない。






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