ドロシーは踵を切り落としてまで靴を履かない。
踵を三回鳴らせば、おうちに帰れるわよ。
私にそんなことを言ってくれる人はいない。私はドロシーじゃないし、魔法の靴は持っていない。右から見ても左から見ても、上から見ても下から見ても、それはもう360度どこから見ても、まごうことなきどっしりとした我がSiriを右に左にと振りながら、なんとか歩いて家に帰らなければいけない。
そのためには歩きやすい靴が必要なのよ、ドロシー。
私は心の中のドロシーに囁く。
でも、誰も私に靴をプレゼントしてはくれないし、私はプレゼントされても銀色のパンプスは履かない。
私に必要なのは、黒いパンプス。ただそれだけ。
ある日、黒いパンプスを求めて旅に出た私は、2万歩ちかく歩いたものの、結局のところ目的の靴を買うことなくすごすごと家に帰ってきた。
黒にこだわりすぎなのかもしれない。春らしいパンプスを選べばもしかすると簡単に見つかったかもしれない。そんなことを考えながら、今日もSiriを小さくすべく、マッサージを繰り返す。靴の色を変えたって、あなたの足に合う靴は見つからないわ、とマッサージ中の私に意地悪な姉が囁いた。あんたは、シンデレラじゃないんだから、と。
私は極力、黒い服や黒い靴しか買わないと決めている。
だって、そのままお通夜にだって参列できる。
それにお酒の名前をコードネームにして、そこいらの青年に薬を飲ませて小学生一年生に変えることだってできる。
はたまた夜道を歩いていたら、闇夜に溶け込んで、にかっと笑って白い歯が宙に浮いてるように見せることだってできる。
そんな黒づくめの私だから、別に春らしいカラフルな靴が欲しいわけでもなんでもない。
冬には黒いショートブーツをずっと履いていて、冬に入る前には黒いパンプスをずっと履いていた。パンプスの素材がスエードだったから、春っぽくないなと思ってスエードじゃないパンプスが欲しいなって思っただけ。
ただそれだけ。
だから別に新しい靴がなくたって困りはしないけど、季節の変わり目って服も靴も欲しくなる。
だって、春だし。
でも、靴のお店に入って靴を探してみるものの、ピンとくるものがない。私の第六感が死滅したように反応を見せない。頭の上にバカ毛らしき白髪が一本、ピンと立ってはいるものの、これは靴に反応をしているわけでも、イケメンがあたりにいるわけでもないらしい。なんの役にも立たない白髪レーダーを撫で付ける日々。切ない。髪を染めるのが面倒くさいからっていつまでも黒髪でいれるわけじゃないものね。そろそろ白髪染めが必要なのかしら。ねえ、父さん。
おい鬼太郎! 諦めるにはまだ早いぞ!
え? 諦めるにはまだ早い?
脳内がどこかにトリップしやすい私だけど、現実には地に足がついてる。ドラえもんじゃないんだし、3mm地上から浮いてるなんてこともない。そんな私はとりあえずAmazonを頼ってみることにした。時代は令和なのだ。
色んなことをネットで済ませられるからと言って、正直なところ洋服や靴をネットで買うのは躊躇する。だって失敗したら返品もめんどくさいし無駄になる。靴とか特に合わなかったら歩けないから履かないし。合わない靴をそれでも履こうなんて思ったら、そりゃもう意地悪な姉みたいに、踵を切り落として流血させながら黒いパンプスを赤く染め上げる必要が出てくるくらいのことをしないといけない。ねえ、シンデレラ。私に合う靴を用意して頂戴。
そして私は一つの靴を見つけた。
走れるパンプス!しかも三千円台!
やっす!
それにサイズも豊富!
これだったら失敗しても後悔しないわね、シンデレラ。上出来よ。踵を切り落とす必要も、指を切り落とす必要もない。もしサイズが合わなくてあなたが欲しければ、譲ってあげる。ありがたく受け取って頂戴。ただし、24.5だけどね。まあ! ブカブカですって? でかい足ですって? 大は小を兼ねるのよ! ティッシュでも指先に詰めておきなさい!
取り乱しました。Amazonでお仕事をしている皆さん。お疲れ様です。二日後に届くなんて感謝しかありません。ありがとうございます。早速履いてみますね。ウキウキ♡
ということで、届いたパンプスを早速履いてみる。
え?
なにこれ。
どういうこと?
これ、なんか杖持ったおばあさんがきったないボロ靴をガラスの靴に変えちゃった?ってくらいシンデレラフィット! 私のために作ってくれたの?って感じ。
もしかして私の前に王子様が現る?
かぼちゃが馬車になっちゃうし、鼠が白馬になっちゃう感じ?
え?王子様?
ちょっとごめん白タイツの王子とか興味ない。ごめん、無理。
三揃えのスーツで出直してきて頂戴。
けど、油断は禁物よ。歩いてみてからが本番。
ということで履いてみたけど、歩きやすい!
え〜!めちゃくちゃ嬉しいんですけど。
デザインもいっぱいあって、コスパも良くて、歩きやすいとかなにそれ!
これで私、一安心。
走れるパンプスでガツガツ踵を鳴らしながら、私は今日もお家に帰る!
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