見出し画像

世界の特別になれなくていい。誰かの特別になりたかった。


「その仕事が誰かを笑顔にしているのなら、いい仕事だよ」

スマホ越しのYouTube、某インフルエンサーが胸を張って語りかけてきた。視聴者の相談に乗る企画だった。

はて、わたしの仕事は誰かを笑顔にしているんだろうか。

忙殺されゆく日常に身を委ねて、何ひとつ形になっていかない企画。もう涙も渇いてしまった私の代わりに、誰かに泣いてほしい気分だった。何かを変えたいのに、変わりたいのに、変えなきゃいけないのに。このままじゃいけないのに。

一歩も動けなかった。

それでも無理して身体を動かし、近所のドンキに立ち寄る。半分やけくそになって、買い物カゴに派手なつけ爪を投げ込んだ。

感情はない。明日も生きるために、そうするしかなかった。

おぼつかない指先で、ネイルを自爪に貼り付ける。「できた。」誰もいない部屋で両手をかざして眺めると、爪だけ浮いている気がした。

転職して1年ちょっと。99.9%リモートワークの環境で私は、ひとりだけ世界から取り残されている気がしていた。仲の良い友人は結婚し、親友とは疎遠になった。最初のうちはさみしかったのに、しばらくするとさみしいという感情さえ忘れてしまった。髪をうるうるにしてくれるドライヤーを買った帰り、久しぶりに友人とお茶をした。一緒に地方から出てきた高校の友人だ。

「もっと稼げるようになりたい」そう言う彼女に私は、「YouTuberになるしかない!」と冗談めかして答えた。すると彼女は、まじまじとした瞳で私を見つめた後に俯き、こう言った。

「自分には何ができるかって考えたときに、私には何もない。何も持っていない」。

その言葉に私は、不意を突かれた。一瞬、世界が揺らいだように見えた。別に私には、業界でブイブイ言わせる人になりたいだとか、街で声をかけられるくらい有名になりたいだとか、そんな仰々しい考えは毛頭なかった。なのに。

キラキラと目を輝かせて、YouTuberがインタビューに答える。「昔からメイクが好きで。投稿しているうちに、いろんな人に見ていただけるようになりました。ホントにいつも見てくださるみんなのおかげです」。

20代の頃から私も、”何か”を探していた。でも、それが何なのか、ずっとわからなかった。”自分にしかできないこと”がある人は、この世界でほとんどいないだろう。自分の代わりなんていくらでもいる。何者でもない自分に、今さら気づいたわけでもない。でもここ半年、何もしなくても過ぎ去っていく毎日に焦っていた。

”みんなに必要とされなくていいから、誰かの特別になりたかったんだ。”

そう気づいた帰り道、思わず立ち止まりそうになった。六本木のネオンライトが照らす交差点の真ん中で。今にも泣きそうな顔をしながら。明日も思うように企画が形にならないかもしれない。充実した他人のプライベートを画面越しに聞かされて、ヘコむかもしれない。けれど。きっと、いつか誰かの特別になれる日に出会える。そう信じて。

派手な指先でキーボードを弾く。この指先が軽やかになるのがいつかはわからないけれど。もがいている自分も、うまくいかない自分も、ぜんぶ自分なんだ。そう思えた瞬間、やっと自分をもう一度はじめる場所に立てた気がした。

#2000字のドラマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?