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愉快な夜、不愉快な朝


ちょっと珍しいジンを手に入れたので、自宅に友人を呼んで家飲み。
酒を一緒に覚えた相手で、昔よく飲んだ激安のワインなんかも卓に上がったが変わらず美味く、互いに舌の肥えていない貧しさを喜んだ。
酒と器の仲を色々と試して遊ぶ。
赤ワインにはやはり土器が馴染む。
柑橘系のボタニカルの強い爽快なジンに、赤網目のかわいらしい茶碗が意外に合ったのがハイライト。
ロックでちびちびと。言いようもない幸福だった。

いつのまにか二人とも眠っていた。翌朝は、酔いの消えたさっぱりした心地で、近所の青果市場へ。中に定食屋があって、手軽に家庭料理が食べられる。この時代に煙草も吸わせてくれる得難い場所だ。市場で日の昇る前から働いていたのであろう男たちが、黙々と飯を食いビールを飲んでいる、その寂びた空気の美しさ。
友人に、我々の通った高校でマドンナ的存在の一人だった同級生の女の子が、ウエディングドレスに身を包んでいる写真を見せられた。大学卒業後、有名企業に一般職で就職し、そこで出会った将来有望のエリートと結ばれたらしい。
俺みたいな教室の日陰に蠢く男にも優しくしてくれた人だった。日陰者の常として、少しでも優しくしてくれる人に一方的に心を寄せてしまい、彼女がクラスのシュッとした男と付き合い始めた時にはその男に向かって「下着を盗んできてくれ、高値で買う」と、強がりが最悪の形をとった下世話な冗談を言ってしまった。それが彼から彼女の耳に伝わり、以降二度と口をきいてもらえなくなった。
友人が何枚も見せてくる結婚式の写真を「そんなもん見せるな」と遮る。
教室の日陰から社会の日陰へと住処を変え、一無職として淋しい生活を送る人間としては、昔にも増して美しい彼女と、その夫である名前も知らない男前の寄り添い合う姿は眩しすぎた。苦悶にあえぐ俺を彼は「俺だけに辛い思いさせるな、お前も同じ気持ちを味わえ」とけらけら笑った。
友人の悪辣な行為により悔しい思いを舐めたわけだが、強がらないでいられるようになった昔よりはマシになったのだろうか。せめてそう思いたいが、しかし、そんなショボい慰めしかない俺の人生とはなんだろう……。
朝食を済ませて、友人を駅まで送った。
ちょうど電車が行ってしまって、次までしばらくあるというので、駅前のファミリーマートへ。友人がトイレに籠っている間にアイスコーヒーを買う。店員が不愉快な人で、かなり不愉快な思いをさせられたが、本当にただただ不愉快なだけの話なので詳しくは書かない。
しかし店を出て飲んだそのアイスコーヒーはちゃんと美味しくて、あんなクソから買ったコーヒーでも美味しくなるのだからコンビニのコーヒーマシーンとはまことに有難い発明だと深く感じた。

帰宅すると、友人から一枚の写真がラインで送られてきた。電車内から街を撮ったもので、駅名が付け加えられている。
我々の通った高校の最寄り駅だった。最近俺の住み始めたこの町は、高校の最寄り駅と同じ沿線にあると、それで初めて気が付いた。自転車で通学していたから、駅の名前なんてすっかり忘れていたのだ。
スマホのマップで、沿線にどんな駅があったか、と見ていく。高校の最寄り駅の、ふたつ南の駅名も改めて見ると懐かしかった。古い遊郭が残る町だ。
通っていた高校は単位制で、一定の成績と出席があれば進級させてもらえたおかげで、大学と同程度には気軽に授業をさぼることもできた。だから、時々その遊郭で遊んでから昼頃に登校してくる、というような同級生もいくらかいたのである。そんな風景、今思い出してみればどうも平成のものには見えず奇妙だが、当時は単なる日常でしかなかった。
ちなみに俺の寄り道スポットは、一見しただけだと何年も前に閉業していると思われても仕方ないほどボロイ熱帯魚屋が、軒先で営む金魚すくいだった。段々と巧くなったが、何匹掬おうがキャッチ&リリースがルール。金魚を無為に掬い、その店の隣にあるいつ訪れても人のいない古寺で苔むした地蔵を眺めた。書いていて笑ってしまうほど、なんとも無残な学生生活だった。



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