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転々としながら半世紀以上。阿佐ケ谷の住民が誇る、ざっかけない酒場

ライター 佐藤さゆり

【有料記事として配信予定でしたが、無料にて公開中です】

飲み屋がひしめく阿佐ケ谷という街

中央線沿線のなかでも阿佐ケ谷は「飲み屋の街」と呼ばれる街だ。もちろん、他の街にだって飲み屋街はある。むしろ、きらめくネオンに目がくらみそうになる。反対にこの街は、キラキラ感は薄い(と思う)けれど、スターロードに、一番街、川端通りなど、駅を中心に縦横無尽に飲み屋が肩を寄せ合っている。

昔は薄暗く、不気味さも漂ったと聞くが、その名残か、3席で満席の狭小店、外からじゃ様子がまったくわからない階下・上階に潜む店も無数。看板は灯っていても目立つような派手さはなく、気になった人はご縁があるかもね的な慎ましさだ。

阿佐ケ谷で飲むとき、私がまず人を誘うのは『居酒や 越川』だ。ここに限る。
なぜなら、連れてきた人みんなが「いいねぇ」を連発するからだ。

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駅近なのに見落としそうな「いちょう小路」にあるところがいい。
まだ明るい夕方から始発が動きだす早朝まで、ずっと開いているところがいい。
店主の輿公太朗さん(通称公ちゃん)をはじめ、気配り目配り抜群なスタッフたちは見ていて気持ちいい。
そして何より、とびきりの酒肴が百花繚乱
世代、男女を問わず、連れてきた人みんなが一気にくつろぎだすのだ。

店に来たらまず、黒板をチェック

厨房脇の黒板には、開店直前に公ちゃん自ら書いた本日のお品書きが並ぶ。
「最近、来たらまず写メする人も多いっすよ」。
というのも、ちら見では決められないほど、小さな字でびっしりと記されているのだ。

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冒頭に並ぶのは魚。
「たぶん、川崎市場から? じゃないかな」という魚は、馴染みの魚屋仕入れ。旬魚が目白押しで、刺し身、なめろう、煮付け、焼き魚、唐揚げなどに姿を変える。みんなでつつくなら、刺し盛りははずせない。脂のノリ、色艶麗しい5〜6種が一皿にのって1人前980円は破格! 肉厚な身を口に入れるとみな、恍惚の表情を見せてこの店の虜になる。心のなかで密かにガッツボーツを握る瞬間だ。

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茹でインゲン、焼きそら豆など、シンプルで乙な旬菜に、赤ウインナーやチューリップといった、昭和を代表する名おかずもラインナップ。
なかでも、「けっこう出るのは、生のり玉子焼き!」。
生のりの風味濃厚な玉子焼きにうっとり。添えられた鬼おろしをのせれば、ザクザクした歯触りが小気味よく、大根の辛味が味を引き締める。

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定番メニューも見逃せない。
鯛豆腐、ポテトピザにも目移りするが、ロングセラーは餃子だ。
「ひき肉はほんと、申し訳程度で」と笑うが、たっぷりの野菜にニンニクと生姜を効かせたパンチある味は、ビールのアテに最高だ!

ビール以外にも、地酒はオール680円、サワーは380円〜。焼酎もホッピーもなんでもござれなのも素晴らしい。

もとはあの居酒屋チェーンだった⁉

私が初めてこの店を訪れたのは20年以上前のこと。当時は一番街で「養老の瀧」の看板を掲げていた。店内は広く、古木の梁が見事で、いろり席もあり、チェーンらしからぬ旬菜やオリジナル料理ばかり。養老らしくない養老だった。

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公ちゃんは実は3代目だ。
「創業? う〜ん、50年ぐらい前かな」。
するとすかさず「もっと前だよ〜」と創業時から通う古株の常連さんから横槍が入る。

初代は松本市出身。同郷に「養老の瀧」創業者がいた縁で、フランチャイズとして看板を借り、1960年代頃に一番街で創業したという。養老の瀧といえど『越川』という名前も冠り、一番街の中で移転しながら大繁盛を続ける店だった。

それがあるとき、閉店した。
もうあの風情と味に会えないのかと落胆していたのだが、数年の後、ふと訪ねた横丁の小さな店に、見覚えのある古木の梁、木彫りの魚、鬼の面などの年代物の民芸が飾られているのに気がついた。養老の看板をはずした『越川』が、いちょう小路で復活していたのだ。

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出かけるなら早めに限る

横丁の店には、舞台人、ミュージシャン、フリーランサー、お役所関係に会社員、仲間で、夫婦でと、さまざまな人種が入り乱れ、にぎやかに杯が酌み交わされている。18時すぎには満員御礼。席が空いていたら超ラッキー。周辺を回遊しながら席が空くのをじっと狙う客も少なくない。3年前、空いた隣店舗を借りて店を広げたときには、みな拍手を送ったほどだ(それでもやっぱり、満員は常だけど)。

ちなみに、個人的に好きなのは外席だ。人がようようすれ違えるほどの道幅沿い。夕暮れどきの横丁に店々の明かりが連なるなか、徘徊する人を眺めての一杯は、優越感すら覚えて心が踊る。

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進化する中華そばで締める

しこたま食べて飲んだら、やはり欲しくなるのが〆の一品だ。
ステーキ丼なんて日があったり、定番の上海焼きそばもいいが、最近、黒板の登場回数がめっぽう増えたのが中華そばだ。

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「僕がいるときはありますよ。ハマっちゃって」と、公ちゃん。2年ほど前に始めた頃は、魚のあら炊き白湯スープ系だったが、「最近は昆布とかも入れるんです。澄んだスープもいいっしょ」と、ほくそ笑む。

ガス台の上で干した魚の骨をスープに用いる居酒屋ならではのラーメンを、ずずっとすすった同行のカメラマンは目を見開き「これは! これはっ!」とつぶやきながら一心に丼に顔を埋めている。

「あぁ、ここはまた来たくなります。いや、きっと来る!」なんて言われたときの、勝星を上げたすがすがしさというか、嬉しさというか。酔いもあいまって、気分は絶好調だ!


撮影/オカダタカオ

※新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、店舗の休業や営業時間の変更、イベントの延期・中止など、掲載内容と異なる場合がございます。事前に最新情報のご確認をお願いいたします。



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