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1.日本語学習の目標 - (1)学習目標と授業内容の不整合

4月24日取次搬入の新刊、『Can-doで教える 課題遂行型の日本語教育』(来嶋洋美 / 八田直美 / 二瓶知子 共著)から、一部抜粋してご紹介します。
本書の前書きはこちら 


INTRODUCTION

 皆さんは外国人に日本語を教えたり、日本語の授業を見たりしたことがありますか。初級日本語の授業はこれまで多くの場合、文型・文法の形や意味の知識を積み上げて力をつけるという考え方で行われてきました。

 ところが、近年、日本語教育の新しい枠組みができ、日本語で何ができるようになるのかということを学習目標としてはっきりと示すことが、広く求められるようになりました。

 日本語教育が行動中心のアプローチへと大きく変化する中で、教育現場を預かる教師は授業をどのように見直し、変えるのか。第 1章では新しい授業設計の基盤となる考え方を知りましょう。

1.日本語学習の目標

(1)学習目標と授業内容の不整合
 読者の皆さんの多くは、日本語を教えていることと思います。まず、今までの自分の授業をふり返ってみましょう。

Q1 初級の授業ではどんなことを教えていますか
Q2 どんな方法で学習成果を評価していますか
Q3 あなたの初級授業の目標は何ですか

 日本語教師は日々の授業についていろいろな課題を持っています。筆者は長年、教師研修を通して多くの日本語教師に接する中で、初級の授業をめぐってこういうやりとりを何度となく繰り返してきました。

A 先生 : 学生があまり上手に話せるようになりません。
筆者 : 授業で何を教えていますか?
A 先生 : 教科書の語彙と文型です。
筆者 : 会話の練習はしませんか?
A 先生 : したいけど、時間がなくて、ちょっとしかできません。
筆者 : 授業の目標は何ですか?
A 先生 : JLPT(日本語能力試験)合格を目標にしています。

 どうでしょうか。A 先生の状況と似たようなことが皆さんにも起こっていませんか。A 先生は JLPT *1 合格を目指して教科書の文型や語彙を教える一方で、学習者の会話力が向上しないことを問題視していますね。
日本語がなかなか上手にならない(話せるようにならない)。これは教師の一方的な問題意識ではなく、学習者からも出てきた悩みでしょう。もし会話力の向上が学習目標であるのならば、文型と語彙の練習だけでは難しいはずです。それで A 先生は学習者を前にいよいよ悩んでいるのだと思います。
 ここで授業設計の観点からまず言えることは、授業の学習目標がぶれている、適切に設定されていないということです。会話力の向上という学習者の期待が反映されていないこともありますが、JLPT という「大規模試験合格」がいきなり授業の学習目標となることにも無理があるのではないでしょうか。
 授業の内容・方法については教科書に影響されることがよくあります。文型中心の教科書のなかには、日本語でコミュニケーションができるようになることを最終的には目標にしていると述べているものもあります。しかしそれは、シラバス(学習項目)や授業の方法と必ずしも整合しているわけではありません。目次に列挙されている文型項目や本文ページにある文型練習を見ると、大方の教師は学習者に文型を正しく覚えさせることから始めるに違いありません。さらに評価にいたっては、初級日本語では筆記式のテストを行うことが習慣化されているせいか、その具体的な方法が示されていることはほとんどないようです。
 コースや授業を設計する上で最も重要なことは、まず学習目標を明確にすること、そして、その目標と授業の内容・方法、評価の 3 つが互いに整合性を持つことです。授業の学習目標は学習者のニーズを反映するだけでなく、具体的である必要があります。これが曖昧だったりぶれたりすると、教える内容・方法だけでなく、テスト等で何を評価すべきなのかも曖昧になってしまいます。結果として、学習者は何のために日本語を学んでいるのかと悩み、先生もまた自分の授業のあり方について疑問を抱き続けることになります。

図1:コースデザインにおける目標・授業・評価の整合性

*1 JLPT(Japanese Language Proficiency Test 日本語能力試験)は日本語教育の代表的な大規模試験。日本語を母語としない人を対象に、総合的な日本語能力を測定し、認定することを目的としている。テストは N1 から N5 までの 5 段階で、言語知識(文字・語彙・文法)、読解、聴解で構成される。近年、その受験目的は実力の測定に加え、就職、昇給・昇格、資格認定への活用など、変化やひろがりが見られるようになっている。国際交流基金と日本国際教育支援協会の共催実施。(JLPT サイトより https://www.jlpt.jp

(2)試験合格は本当の学習目標なのか へ続く


書誌情報

書名 Can-doで教える 課題遂行型の日本語教育
著者 来嶋洋美  / 八田直美  / 二瓶知子 共著
判型 A5判並製184ページ
ISBN978-4-384-06117-8 C0081
定価2,750円 (本体 2,500円+税)
電子書籍あり

目次

はじめに
第1章 課題遂行型の日本語教育とは
1. 日本語学習の目標
(1) 学習目標と授業内容の不整合
(2) 試験合格は本当の学習目標なのか
(3) 外国語教育は行動中心アプローチへ確実に変化
(4) 課題遂行型の日本語教育とは
2. 課題遂行型の日本語授業の基盤
(1) 外国語/日本語教育の枠組み:CEFR、JFS、参照枠
(2) 課題遂行能力の6 つのレベル
(3) 課題遂行能力とCan-do 能力記述文
3. 課題遂行型の日本語教育におけるCan-do の役割
(1) 授業設計の柱
(2) 学習目標の明確化
4. 教え方を変えるというチャレンジ

第2章 課題遂行型の授業設計1 コミュニケーション言語活動
1. 課題遂行能力と日本語教材
(1) コミュニケーション言語活動とコミュニケーション言語能力の関係性
(2) JF 日本語教育スタンダード(JFS)と『まるごと 日本のことばと文化』
2. 授業設計に必要なもう1つの柱:第二言語習得プロセス
(1) Can-do は授業の具体的な方法を示すものではない
(2) 言語知識が多ければ運用力は上がるのか
3. 課題遂行型の授業設計の事例『まるごと』「かつどう」
(1) 何を教えるか:内容一覧
(2) どうやって教えるか:各課の構成/授業の流れ
(3) 『まるごと』「かつどう」の授業の実際
4. 第二言語習得プロセスを教室活動にどのように適用するか
(1) 第二言語習得プロセスを組み込んだ授業の流れ
(2) 従来と異なる教師の役割
(3) 聴解テキストの質と量
5. 話すことは聞くことから始まる

第3章 課題遂行型の授業設計2 コミュニケーション言語能力
1. 課題遂行のための言語能力の育成とは
(1) 言語項目と課題(Can-do)のつながり
(2) 文字学習の考え方
2. 言語能力育成のための授業設計の事例 『まるごと』「りかい」
(1) 何を教えるか:内容一覧
(2) どうやって教えるか:各課の構成/授業の流れ
(3) 『まるごと』「りかい」の授業の実際
3. 『まるごと』「りかい」の授業の特徴
(1) 文脈化と音声利用
(2) 文型中心の日本語授業との比較
4. 課題遂行能力の育成:帰納的アプローチと演繹的アプローチ

第4章 課題遂行型の日本語教育における学習評価
1. 課題遂行の評価
(1) パフォーマンス・テスト
(2) ルーブリックを使った評価
(3) 評価に対するマインドセット 点数化、公平性、客観性の再考
2. 課題遂行型日本語コースの評価活動
(1) 目標・授業・評価の整合性
(2) コミュニケーション言語活動の評価
コラム 文字テスト
(3) コミュニケーション言語能力の評価
(4) 学習者の自己評価
3. 評価が担う役割

第5章 課題遂行と異文化理解能力
1. 異文化理解能力とは
(1) 異文化理解能力の構成要素
(2) 何を教えるか
(3) 異文化理解学習の場
2. JF 日本語教育スタンダードと異文化理解
(1) 相互理解のための日本語
(2) 課題遂行と異文化理解能力
(3) 『まるごと 日本のことばと文化』における異文化理解の扱い
3. 異文化理解能力を育てる授業 『まるごと』の事例
(1) 生活の中にあるモノ、コトの文化から考える
コラム 質問の種類を意識する:ディスプレイ・クエスチョンと
レファレンシャル・クエスチョン
(2) 日本語でよく使う言葉や表現の中にある文化から考える
(3) 会話の中の文化から考える
(4) 異文化理解学習のツール ポートフォリオ
4. 異文化理解能力を育てるための教師の役割とは

第6章
課題遂行型の日本語教育 実践のステップ
1. 学習者と学習ニーズの分析
2. コース全体の構成内容
(1) レベルの定義:「初級」か「A1/A2」か
(2) 初級のコース内容:「フルコース」か「アラカルト」か
3. シラバス(学習項目表)の作成
(1) Can-do はどう作る?
コラム MY Can-do の作り方 ツール紹介
(2) モデル会話の作成と言語項目の選び出し
(3) 言語項目の配列とレベル
4. 学習/指導方法の検討
(1) 第二言語習得プロセスをベースにした新しい授業の方法
(2) 音声重視の教え方の工夫
(3) 文字学習のあり方を再考する
5. 欠くことのできない異文化理解能力の育成
(1) 日本事情・日本文化の知識にとどまらない
(2) 入門期からの異文化理解学習
6. 評価方法の策定
(1) 目標Can-do と整合する方法
(2) 学習者自身のふり返り
(3) レベルの判定
7. マインドセットの変容は仲間との協働によって実現する


著者プロフィール

来嶋洋美(きじま・ひろみ)
日本語教育専門家。『まるごと 日本のことばと文化』(入門(A1)~初中級(A2/B1))を企画・開発・執筆。1991年より2023 年まで国際交流基金日本語国際センターで海外の日本語教育や教師教育、学習者向け教材開発、及び教師向けオンライン教材開発に従事。海外ではシンガポールで中等教育の日本語教育、マレーシアで日本留学予備課程の日本語教育、イギリスでオンライン提供の中等教育向け初級教材リソース群『力CHIKARA』の開発に携わる。

八田直美(はった・なおみ)
専修大学国際コミュニケーション学部特任教授。『まるごと 日本のことばと文化』(入門(A1)~初中級(A2/B1))を企画・開発・執筆。1990 年より2022 年まで国際交流基金日本語国際センターで海外の日本語教育や教師教育、学習者向け教材開発、及び教師向けオンライン教材開発に従事。海外ではマレーシアで日本留学予備課程の日本語教育、タイとインドネシアで高校生向け初級教科書の制作や教師研修に携わる。2022 年より現職。

二瓶知子(にへい・ともこ)
国際交流基金日本語国際センター日本語教育専門員。国際交流基金ジャカルタ日本文化センターにて『まるごと 日本のことばと文化』の試用及びコースの立ち上げ、教師教育に携わる。2009 年より国際交流基金で海外の日本語教育や教師教育、教材開発に従事。国内では大学等で留学生に対する日本語教育及び日本語教師養成課程等に関わっている。著書に『もっと中級日本語で挑戦!スピーチ&ディスカッション』(凡人社)等。

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