平凡な街の鬱陶しい出来事⑪かまってちゃん考
小鳥さんが姿を消してから暫くして、私は例のベンチの近くの美容室へ入った。
店長と久しぶりの挨拶をしてシャンプーとカットを頼んだ。
店長のシャンプーの仕方が一番好きだ。
「的確な」感じと云うか。
一度、ヘッドマッサージを勧められ、やってみた事がある。
ところが普段のシャンプーが「的確」なので、色々してはくれたものの、普段通りのシャンプーで充分じゃないか?と思ってしまった。
売り上げに貢献しない客で申し訳ないが。
髪をカットして貰いながら店長と話をしていた。
何でもないよくある、世間話。
そして何がきっかけだったか店長が、
「あ~、そういえば、ホームレスの女の人、知ってます?」と言った。
私は小鳥さんの話だな、と思った。
「知ってるよ、すぐそこのベンチで見たことあるよ、あの人いなくなったね。」
店長が言うには、具合が悪そうにじっとしている日が暫くあったそうだ。
私は、(あっ、やっぱり風邪をひいたんだな?)と思った。
顔見知りの彼女の友達も、寒いからかあまり見掛けなかった。
あのベンチでいつもたむろする、不思議な面々だ。
ある朝、店長が出勤して来ると、小鳥さんは店のシャッターにもたれていたと云う。
今までそんな風にお店の前に座り込む事はなかった。
見てみると、高熱を出してしまっていた。
店長は救急車を呼んだ。
それから彼女を見ていないそうだ。
きっと小鳥さんは 無事に治っているだろうと二人は思った。
孤独で財産も何も持たずにやって来た。
小さな居場所を探していた。
多くの人が彼女を敗北者と思うだろう。
だが、小さな取っ掛かりからでも友達を作り、自分を保っていた。
戸外での暮らしにより、健康を害してしまった。過酷だ。
よく生活保護を躊躇う人がいると云う。
小鳥さんがどんな考えだったかは分からない。
でも友達になった人達に、何かを差し出させようとはしていなかったのだなと思う。
それからまた何ヵ月も経ったある日。
私は駅に向かい歩いていた。
そして、ベンチに街の不思議な面々が座っているのを見た。
何も特に思わずに前を通り過ぎようとしていた。
すると、小鳥さんが歩いて来た。
ニコニコしている。
ベンチの面々は気付き、アッと云う顔をした。そして立ち上がった。
小鳥さん達は挨拶をして、口々に久しぶりだと言っている。
小鳥さんはさっぱりとした服装をして、とても元気そうだった···。
私はそこを通り過ぎたので、彼らがその後何を話したのかは分からない。
笑顔で再会を喜びあっていた事だけしか分からない。
きっと彼女は新しい生活がスタートしたのだろうなと思った。
そしてまた小鳥さんは現れなくなった。
友達へ感謝とお別れを伝えに来たのだろう。
こうしてみると、何故かツイていない事が続いて、坂を転げる様に落ちていく事はあるんだろうなと感じる。
小鳥さんは落ち込んでいたかも知れないが、そう変わった人には見えなかった。
なんだろうな、誰なのかも知らないのに、何か心の中に共通点みたいなものがあるような?
人としての、かな?
ベンチの面々は、小鳥さんがいなくなったその後も時々日だまりで過ごしていた。
またあれから何年も経ち、ベンチで集まる姿を見掛ける事が無くなってきた。
彼らは若くなかった。
そのうちの一人は脚を引き摺り気味にいつもベンチへ向かって歩いていた。
これから友達に会いに行くんだな、と見ていたが、その姿もやがて見なくなった。
とても健康には見えない人ではあった。
それでも、家族が世話しているのが分かる、清潔な服をいつも着ていた。
誰も一日中、駅前近くのベンチに座っている人はいなくなった。
また暫く経ち。もう小鳥さんの事など思い出さなくなっていた。
私はまだ夏にもならないのに、いやに暑い日、パチンコ屋のそばの裏道を歩いていた。
日陰になった柱の所に男性が下を向いて座っている。
40代位だろうか。
彼は、この暑いのにダウンジャケットを着て、腕まくりしている。
(あっ、) 私は心の中で思った。
新たな住人?
翌日も彼はいた。
やらなければいけない用事がある訳でも無いといった様子で立っていた。
やはりダウンジャケットを着ていた。
···彼は、どうするんだろうな···。
しかし、また後日通ると彼はいなかった。
そして街の何処にもいなかった。
これでこの話はおしまいです。
いくらでもいつまでも続きそうです。
読んで頂きありがとうございました。
(^-^)
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