佐野 景子

ガラスを素材に作品制作しています。http://www.sanokyoko.net

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マガジン

  • 作品のこと

    作品についてのあれこれを書いています

  • 透明吐息

    日常の中でふと思ったこと。

  • 「マチネの終わりに」思うこと

    平野啓一郎さんの小説「マチネの終わりに」とのコラボレーション企画。渋谷ヒカリエにてコラボ作品の展示を行うまでのあれこれを書いています。

最近の記事

日本のことば×現代アート 「いんすぴ」

放送作家の倉本美津留さんが手がける「倉本美津留のえりすぐり”これやん”」。倉本さんオススメのアーティストや作品を対談形式でひとつずつ紹介し、webで展示販売するというアートサイトで、実はわたしも2019年6月より掲載してもらっています。 そして、そんな「これやん」が仕掛ける新しい試み「いんすぴ これやん展」が2020年2月17日より汐留のパークホテル東京 Corridor Gallery 34にて始まりました。テーマは「日本のことば×現代アート」。60のことばをモチーフに、

    • ダブルひとりプレー

      91歳になる母方の祖父がいる。 本人に伝えたことはまだないが、アルフに似ていて、キュートだ。 「アルフ」がピンとこない方はぜひ調べていただきたいところだが、ワンクリックの動作をいかに減らすかにしのぎを削るインターネット時代において、それはあまりに手前どもの怠慢。なので説明すると、「顔と手足以外は毛むくじゃらのカンガルーとツチブタのあいのこで、つぶらな瞳が可愛らしく、声は所ジョージ。」 それがアルフ。どうです?なかなか可愛らしいでしょう? 一応、念のために、それでもまだ

      • 腑に落ちない「負」との出会い

        大人になると、左右に並んだ間違い探しのイラストくらい「昨年」と「今年」の違いが小さい。身長も伸びないし、歯も生え変わらないし、声変わりもしないから、1年後の自分が結構上手に想像できる。 でも、子供の頃の1年は毎年はっきりと違ったし、毎年がブランニューイヤーだった。ほー、眩しい。 その中でも特に、小学六年生と中学一年生とは、「一年の差」では計れない程の隔たりがあるように思う。30歳をほどほどに過ぎた今でも、その糸魚川富士川断層のような凄まじい隔たりを思い出すと、ドギマギして

        • 「未来は常に過去を変えてる」

          渋谷ヒカリエにて4月8日から始まった「マチネの終わりに」展、昨日の4月18日をもって会期が終了いたしました。 お越しいただいた皆さま、noteにスキのリアクションをしてくださった皆さま、どうもありがとうございました。 今回は、展示した作品「未来の空気」についてちょこっと書きたいと思います。平野啓一郎さんの小説「マチネの終わりに」とのコラボレーションということで、なけなしの感受性をフル稼動させながら小説を読み進める中で、一番引っかかった「未来は常に過去を変えてる」という言葉。

        日本のことば×現代アート 「いんすぴ」

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        • 作品のこと
          4本
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          2本
        • 「マチネの終わりに」思うこと
          5本

        記事

          マチネの終わりに、はじまりはじまり。

          はじまりはじまりとか言いながら、もう始まって3日が経った平野啓一郎さんの小説「マチネの終わりに」とのコラボレーション作品展。 昨日4/10(土)は、オープニングのイベントが盛りだくさんで、とても充実した1日となりました。平野さんと挿絵担当の石井正信さんの対談にはじまり、展覧会出品作家によるトーク、平野さんと福田進一さんの対談&ギター演奏、サイン会まで...もうよりどりみどりの充実ラインナップでした。 私もちょこっと登壇し、作品について話させていただきました。 展覧会に出品

          マチネの終わりに、はじまりはじまり。

          マチネの終わりにスペイン料理

          台風が来て、大雨が降って、電車に乗ればみんなのスマートフォンから一斉に避難準備情報発令のアラームが鳴るような日。 そんな日の夜(9月9日)、平野啓一郎さんが現在連載中の小説「マチネの終わりに」のコラボレーション企画に参加している作家のみなさんと、担当のスタッフの方々とスペイン料理を食べながら、小説や、今後の作品制作のことなどを話しました。スペイン料理(蒔野と洋子がはじめて出逢った日に行ったのがスペイン料理店でした)をチョイスするなんて、流石。憎いです。 小説の内容を追いなが

          マチネの終わりにスペイン料理

          息の保存 と 未来の博物館

          前回の投稿 息 と 美術作品 で、「自分の息」そのものが、いわゆる「美術作品」と呼ばれるものになる可能性があるのでは、という(図々しい)試みをした作品について書きました。 言い換えると、吹きガラスという技法を用いることで、自分の息が「美術館」に収蔵されるような代物になるんじゃないか、という純度が高いんだか低いんだかわからないような妄想を出発点にしています。 それを経て、今回は、いま取り組んでいる作品のことを書きたいと思います。 なんと、「美術館」を通り越して「博物館」を見

          息の保存 と 未来の博物館

          息 と 美術作品

          今回は、ある(図々しい)試みをした作品について。 作品制作の「素材」であると同時に(というか、むしろそれ以前に)、生活の中にあふれるガラス製品の「ユーザー」でもあるため、ガラスの「日常での使われ方」も気になります。 透明で中身が見え、経年変化が少なく、耐薬品性に優れ、無味無臭。 そういう特徴からか、ガラスは長期間の保存容器として昔から使われてきてました。固形でも液体でも、危険な薬品でも食品でも。守備範囲はかなり広く、プラスチックのタッパーなんかより(失敬)、正統派な感じ

          息 と 美術作品

          「プチ《ヴェニスに死す》症候群」

          平野啓一郎さんが現在連載中の小説、「マチネの終わりに」の中に出てくる「《ヴェニスに死す》症候群」なるもの。 小説に登場する、洋子の父ソリッチの造語で、定義は『中年になって、突然、現実社会への適応に嫌気が差して、本来の自分へと立ち返るべく、破滅的な行動に出ること』だそうです。 小説を読み進めながらも、この症状、自分にも無関係ではないぞという気がして、ずっと引っかかっていました。「ヴェニスに死す」の原作も映画も未体験だった私は、まずはヴィスコンティの映画から観てみることに。

          「プチ《ヴェニスに死す》症候群」

          コラボレーション

          毎日新聞をはじめ、noteでも3月11日より平野啓一郎さんの小説「マチネの終わりに」の連載がはじまりましたが、こちらnoteにて連載と合わせた若手作家のコラボレーション企画に参加することになりました。 参加する作家は私を含めて9名。制作した作品を展示にてお披露目するのはまだもう少し先ですが、制作過程も含め、もろもろをnoteに書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。 さて、小説とコラボレーションというのは今まで1度も経験がないので、最初はどうなることか皆目見

          コラボレーション

          息が かたちをつくる

          「もの」や「かたち」のつくり方つくられ方は本当にたくさんあります。 削る 彫る 付ける 塗る 切る 折る 貼る 打つ 伸ばす などなど (きっと、いや、絶対もっとありますが、語彙の乏しさお許しください。) その中でも「吹く」ことでかたちをつくるのが吹きガラスは、自分の息が直接かたちをつくることのできる、ただ唯一の方法ではないかと思うのです。 当たり前と言えばそうですが、その何とも独特なダイナミックさに気がついたときは心底驚き、制作の素材として扱い慣れはじめたガラスに対し

          息が かたちをつくる

          ごあいさつ

          こんにちは。 わたしは、ガラスを素材に作品を制作しています。 ガラスは何とも面白い素材なのですが、ときどき「人間は、よくも飽きずにガラスを使い続けるなぁ」と感心してしまいます。 ガラスは紀元前数千年前に発見されてから、現在に至るまで途切れることなく作られ、使われ続けてきています。しかも、今となっては建材や、電子デバイスなどの最先端の分野で大活躍の現役バリッバリ。昔はただの装飾具(ニセモノの宝石)だったのに、もはや実態がつかめないほどです。 ただ、このようにメタモルフォ

          ごあいさつ