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音の世界と音のない世界が、ほんのり明るくなって、青いピンが赤に変わった。

夏を前にやっと宣言が明けて、「今年こそは実家に帰省しよう。おじいちゃんが待っているんだ。」と帰省の予定を組んでいたら、またもや緊急事態宣言が発令されてしまったらしい。この夏も、おじいちゃんと一緒にお墓参りにはいけない。

そんなことを考えていたら急にショボンとしてしまっている今日このごろ。緊急事態と緊急事態の合間の、おそらく「緊急」ではないにしろ「蔓延防止」なんていう「これは緊急な事態ではないけど、平常ではないんだろうな」というそのタイミングに、ひっそりと友人に会った。

その子との付き合いはかれこれ大学生の頃からだから、8年目というところ。お互い聴覚障害があるけれども、手話よりも口話(音声を聴き取り、口の形を読み取りながら会話をする方法)を主なコミュニケーション手段としていたわたしたち

同い年誕生日が近いこと、周りの聴覚障害のある大学生は「手話」を主なコミュニケーション方法としている人たちが多かったのもあって、わたしたちはすぐに意気投合した。

その後の学生生活や社会人生活で口話よりもちょぴっと手話でのコミュニケーションの割合が増えたわたしと、聴覚障害者のオリンピックであるデフリンピックでメダリストとなった友人のコミュニケーションは、相変わらず口話。でも、伝わりにくいときには手話をも使うようになった。

わたしが関西の大学院を修了して上京してきたタイミングとちょうど同時期に、友人も競技活動に力を入れるために上京してきて、かれこれこの4年間定期的に会っている。

わたしたちのコミュニケーション方法は「口話だけ」から徐々に「手話」の割合が増えてきているけれど、「音のある世界」と「音のない世界」の行き来をすることが好きなことは相変わらず同じで。今回はわたしが補聴器を買い換えるタイミングということもあって補聴器の話題なんかで盛り上がってきた。

「福祉対応の補聴器でいいじゃん」とか「きこえにくいんだったら手話を使えばいいじゃん」なんていう単純な話ではないことを、お互いの生活の中で日々感じているからこそ、話しやすいこともある。

「そろそろお腹も空いてきたことだし、少し早いけどご飯を食べに行こう」そんな話をしながらGoogleマップを眺めていると、いつだったかSNSで見たか友人に勧められたかしたお店に青いピンのついたお店がすぐそばにあった。

お店に入ると、ビルの中にある小洒落たカフェにありがちな薄暗くて、間接照明でムードを楽しむようなお店だった。予約なんてしていなかったけれど、ご飯の時間には少し早かったこともあって、特に待つこともなくすんなりと入店できてしまった。

いや、そんなに「すんなり」ではなかったかもしれない。

なぜなら、店員さんはマスクをしていた上にお店が薄暗くて、入り口で店員さんの言っていたことは、40%くらいしか分からなかった。

こそっと、友人から【あの人、なんて言ってた?】と手話で尋ねられても【いや、よくわかんないけど「はい」って言っちゃった】なんて、それまたこそっと手話で返す。ただそれだけの手話も、やっとのことで読み取れるくらいの薄暗さ。

キコエルヒトがくるには、良い雰囲気でおしゃれで良い店かもしれない。でも、きこえにくいわたしたちにとっては、相手の口の形も手話も読み取りにくい、ちょっぴりり不便なお店だった。そう思ったけど、自分から提案したお店だったし席への案内も始まってしまったものだから引き返せない。

そんなことを考えながら、席に座る。でもまぁ友人も手話がわかるし、伝わらなかったら手話も交えておしゃべりしよう。なんて思っているとお水が運ばれてきて、ムーディなBGMからちょっぴりアップテンポなBGMに切り替わった(と思う)。

お店にはいってからお水をもらうまで、わたしたちが手話をしながら話していたからだろうか。店員さんがお水をおいてバックヤードに戻るタイミングで、ほんのちょっぴりだけれども、でも確実にわたしたちの周りの照明を明るくしてくれた。

「ねぇ、ここ明るくなったよね?」「うん、口も手話も読みやすくなったよね」そう言い合いながら、わたしたちは嬉しくなって、ほっぺたが緩んだ。

その後もお店にいる間、何曲かBGMは変わったと思う。(口を読み取ったり手話をしたりするには「最低限」な明るさだったから見ることに集中していたし、ご飯もおいしかったからそんなにBGMを意識して聴くことはできなかった)でも、わたしたちの周りの照明がまた暗くなることはなく、食事を終えることができた。

食事を終えてもまだ、19時前。それでも、「緊急な事態ではないけれど、平常でもない」ご時世だし、わたしたちはそれぞれ家路に着くことにした。

「いっぱい喋ったし、楽しかったね。また、おしゃべりしようね。」

そう笑顔で言い合えたのは、あの瞬間店内をほんのちょっぴり明るくしてくれたあの店員さんのおかげ。このご時世、口の形が見えるように「マスクを外して欲しい」なんてこともなかなか言いづらくなってしまったけれども。

でも、こうやってわたしたちの世界に寄り添ってくれる人がいるから、この世界はまだまだ捨てたもんじゃない。

また今度、もう少し世の中が落ち着いたら、あのお店でまたお食事をしよう。

帰りの地下鉄の中で、Googleマップを開く。青色の「行ってみたいところ」のピンを付けていたあのお店をタップして、ハートマークの「お気に入り」にピンの付け替えた。

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