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2021.07.24 桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)ーお茶は、亭主と客が揃ってはじめて完成するー

昨夜のオリンピック開会式について、聴覚障害者として思うことはたくさんあるんだけれども、思うことがありすぎるので、とりあえず今日のお稽古のことをnoteに書こうと思う。

お昼過ぎ、先生のお宅のぶどうがほんのり紫掛かってきたのを横目に、「おじゃましまーす!」と玄関に入った。いつもなら「台所にいるわよー」と声をかけてくださる先生が「今日は、こっちにいらっしゃい」と返事をくださる。

こっちってどこだろう(普段聴覚活用ができていても、片方の聴力が著しく悪いこともあって、音の方向は全く掴めない)と困り果てていると、玄関のすぐ横にあるお茶室の襖が閉まっている。

いつもは開いているはずのその襖が閉まっている。そして、玄関に見慣れない靴がある。

あ、他のお弟子さんがいらしているんだ。

そう思って、「お稽古中失礼します」とゆっくり襖を開けると、予想通り中はお稽古の最中だった。バタッと襖を開けてしまわなくて良かった。中ではまだわたしが習ったことのないひとつ上のお稽古が終わるところで、普段は見られない唐物のお道具が並んでいた。

すると先生が「sanmariさんはね、この前洗い茶巾のお稽古をしたのよ。あなた、やってくださる?」とその提案してくださった。すると、「ではよろしくね」と言いながら、彼女はスッと準備を始めた。

わたしの先生のお弟子さんは自分でもお茶のお教室を開いている方が多い。そして、例に漏れず、彼女もまたその一人だった。

彼女のお点前は、凛としていて力強かった。

水を掬うときにも合を平にしてから取ったほうが美しいんだなぁとか、お湯や水を溢してしまったときはお懐紙を使うと良いのか、なんてことを思いながら所作を見る。

ちなみに、わたしが柄杓を扱うときは「取り柄杓?」「引き柄杓?」なんてどの取り方をするのかを瞬時にジャッジしてお点前をするときに必死だし、わたしがお湯や水を溢そうとするもんなら、先生がさっと拭いてくださっている

最後の拝見も、いつもは一人で出たり入ったりしながらお客様と亭主の一人二役をしたり先生にお客様役をやっている。でも今日は「このタイミングで、自分の方にお道具を持ってくるのよ」とか「この順番で拝見するのよ」と二人が、指導してくださる。

いつもは自分がお茶を点てることばかり考えているけれど、実はできていなかった所作がたくさんあることに気付かされる。そのどれもが、お客様の席からだからこそ覗くことのできる所作だった。

「学ぶことは真似ることからはじまる」なんて言葉の通り。このご時世、直接誰かのお稽古を「見る」ことがなかなか叶わないからこそ、本を読んだり動画を見たりしてもっといろんな方面からお点前を見ていけるようになりたいな、なんてことを考える。

特にお客様側としての拝見はほとんどやり方が分からなくて、頭が真っ白になった。そして、文字通り言葉を失った。こんなにもデキル方の相手が、わたしで良かったのだろうか。彼女の大切な一回分の席を台無しにしてしまったのではないだろうか。

そう思うと、なんともいえない恥ずかしい気持ちになって、ちょっぴり泣きそうだった。

すると、水屋にいったはずの彼女が扇子を持ってお茶室に戻ってきて、深々と頭を下げながら

「お相手をしてくださり、ありがとうございました」

とおっしゃった。お茶だけでなく、人生の大先輩。それでも同じ先生のもとで指導を受ける門下生としてお茶をする一人の人間として、彼女とわたしは互いに頭を下げ合うのか。と、なんだか不思議な気持ちになった。

そして、わたしも慌てて扇子を前に頭を下げながら(わたし、全然お相手にならなくて……)と声にならない気持ちを礼に込めた。

彼女が帰った後、「わたし、全然できなくて……」と先生に漏らすと、先生は

「お茶はね、お客さんがいて初めて完成するのよ。彼女も、あなたのおかげでひとつのお稽古ができたんだから、それでいいの。あなたも、彼女も学ぶことがあったはずよ」

とおっしゃって、にっこり笑った。

先生が「あなたを最後の生徒さんにしようと思っているのよ。わたしも歳ですしね。」と常日頃おっしゃっていることもあって、おそらくわたしの後輩ができる予定はない。本当に、わたしが入ってから新しい生徒さんが入っていない。

職場でも、仕事を始めて4年目にも入ったというのに、部署内では相変わらず一番の歳下で。どこに行っても「教えてくださり、ありがとうございます」な立場になることが多い。

だから、自分から頭を下げて感謝をすることはたくさんあっても、自分が感謝をする前に年上だったり目上だったりする方から深々と頭を下げられるという経験をほとんどしてこなかった。

でも、どんな立場になろうと、相手から何かを学ぼうと言う気持ちをもてるようになりたいし、相手の時間を頂戴したときには、心から「ありがとうございます」と言える人になりたいな、なんてことを考えながら自分の点てたお茶を口に含んだ。

沸き上がっていたお湯のせいか、いつもよりちょっぴり、お茶が熱いような気がした。

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