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【試し読み】福岡伸一先生「生命とは何か?」③(『生命を究める』より)

3月15日発売の『表現を究める』『生活を究める』の刊行を記念して、好評発売中の「スタディサプリ三賢人の学問探究ノート」シリーズをnote限定で一部公開していきます。引き続き『生命を究める』より、生物学を研究している福岡伸一先生の「!!!」をめぐる物語です。

福岡伸一先生
1959年東京都生まれ。京都大学農学部卒業。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、現在は青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授を務める。専門は生物学。

去年の自分、昨日の自分にとらわれるな

必要だったのは、あの2度の挫折

「青色のカミキリムシ」や、「サナギの中で溶けるチョウ」から始まって、組織や建築、文学、都市づくりや環境問題などの社会課題まで、気づけば「生命とは何か?」という問いが、私をこんなに遠いところまで連れてきていました。
「動的平衡」にたどり着くまで、私は2度の挫折を経験しました。新種の昆虫を発見したと思ったら「普通のカメムシ」と言われたとき。すべての遺伝子を見つけたのに、「生命とは何か?」はまったくわからないと気づいたとき——。

 何かを目指して探究していくことは、山登りをするようなものです。山登りをしていると、ときどき予想外のことが起こります。頂上を目指して、一歩一歩、地道に山を登り、ようやくたどり着いたら、想像もしない景色が広がっていることがあります。目指していたところにたどり着いてから、「ここは山の頂上ではない」とわかることもあります。
 それでも、一度登って頂上までたどり着いてみなければ、そこがゴールではないことすらもわかりません。

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 研究をする、学問に取り組むとは、「次の景色が見える」ということです。だから、最初に狙った通りにならないことを、怖がる必要はありません。
 たとえ挫折したとしても、挫折した先に見える景色が必ずあるはずです。

自分が自分であることに、こだわりすぎなくていい

 私たちは、日々変わっています。私たちの気づかないところで、私たちは休みなく動いていて、自分を壊しながら新しいパーツと入れ替わっています。
 それは「記憶」も例外ではありません。あなたが鮮明に覚えている、あなたにとって重要な記憶とは、どのようなものでしょう。成功したことや、幸せな気持ちになった体験でしょうか。いやなことや、失敗して恥ずかしかったことかもしれません。そうした記憶を、「自分という存在を形づくってきた、絶対に変わらない過去」と思っていませんか?
 あなたには、こうした記憶がずっと変わらず残っているように感じられるかもしれませんが、脳細胞だって日々入れ替わっています。同じように思い出せるのは、神経回路の形がだいたい保たれているからです。入れ替わり続けている途中で、ひょっとしたら微妙に形が変わっていて、思い出す内容も変化しているかもしれません。
 そう考えると、「私」という存在は非常に不安定なものです。例えば、「指紋」も非常に長い期間で見ると、徐々に変容しています。DNAも細胞と同じように分解と合成をくり返しているので、突然変異や複製ミスが起こっています。生物学的に「私」を考えるのは難しくて、絶え間なく動き、変わっている——変わらない「私」という物質は、どこにもありません。
 ひょっとしたら、あなたは、あなたがあなたであり続けることが重要だと思っているかもしれません。しかし、生物学的にいえば、去年のあなたと、今のあなたは「別人」です。別人なのだから、「自分が自分であり続けること」にこだわりすぎなくてもいいし、一貫して変わらない「自分らしさ」って何だろうと、悩まなくてもいいのではないでしょうか。
 悩んだときは、「生命とは何か?」を考えてみてください。
 何もせずにそのままでいたら、ただ悪いほうへと転がり落ちていく運命の中で、先回りして自分を壊し、新しいものと入れ替える。壊して、いらなくなったものを捨てて、また新しいものを入れて……。絶え間なく分解と合成をくり返しながらバランスを取り、変わることで自分自身を長持ちさせている——それが生命です。

 ならば、生命体にとってもっとも重要なのは、「変わること」そのものといえます。
 あなたも私も、生命体のひとつです。変わり続けていきましょう。


『生命を究める』では、福岡伸一先生の他に、篠田謙一先生(自然人類学)、柴田正良先生(現代哲学)が登場します。ぜひそれぞれ異なる「問い」から生命を究める三者三様の物語をお楽しみください。

※この作品は、note内での閲覧に限り認められています。その他の方法で作品の全部または一部を利用することは、著作権法で特別に認められている場合を除き、すべて禁止されています。

イラスト:はしゃ
©Recruit 2021

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