見出し画像

フラワーアーティスト・前田有紀さんの「!!!」——深夜1時のスーパーから始まった 小さな「好き」の積み重ね

今いる環境に、特別大きな不満はない。——そんな時ほど、私たちは新しい挑戦や、自分の「好き」を追いかけてシフトチェンジすることをためらいがちです。たとえば安定した会社に勤めていたり、暮らすのに十分な収入や立場があったりすると、つい思い切った行動ができなくなる。「今持っているものを失ってもいい、と思えるほどの『好き』は、自分にはない」なんて考えてしまう人もいるでしょう。

でも、キャリアを大きく変え、自分の道を切り開くことができた人は、果たしてそれほどまでに強く、自分の「好き」に確信を持っていたのでしょうか?

テレビ朝日のアナウンサーとしてキャリアを重ねたあと、フラワーアーティストへと転身した前田有紀さん。意外にも退職時点では、はっきりとした目標や将来像は見えていなかったといいます。異色とも言える転職を果たし、なぜ花や植物にかかわる人生を選ぶことができたのでしょうか。小さな「好き」から始めて、「自分のこれから」を切り開いてきた道のりを聞きました。

株式会社スードリー 代表取締役 前田有紀さん
10年間テレビ局に勤務した後、2013年イギリスに留学。コッツウォルズ・グロセスター州の古城で見習いガーデナーとして働いた後、都内のフラワーショップで3年の修行を積む。「人の暮らしの中で、花と緑をもっと身近にしたい」という思いから2018年秋に自身のフラワーブランドguiを立ち上げ、2021年4月神宮前にNURをオープン。

花は童話の中のもの。自然に憧れた都会の子、アナウンサーの道へ

——花や植物に興味を持ったのは、いつ頃からですか?

前田:子どもの頃からです。ただ、私にとっての花や植物は、身近なものではなく、本や映画の中にある“ファンタジー”でした。横浜の街中で育ち、小学生のときから東京まで電車で通学していましたから、目に映るのは人混みやビル、コンクリートばかり。そんな都会で育ったからこそ、自然への憧れが人一倍強かったのかもしれません。アニメ映画に出てくるきれいな花、児童書『エルマーのぼうけん』に描かれる砂漠や山、「そらいろこうげん」の景色を想像して、わくわくしていました。

——幼い頃から自然に憧れていたのですね。でも、大学卒業後はテレビ局に、アナウンサー職で入社されていますよね。

前田:そうです。新卒の就職活動では、確固たる動機があってアナウンサーを選んだわけではありませんでした。メディアや商社、メーカーなど、とにかくいろいろ受けてみようと思ったのです。ところが最初に臨んだ、テレビ朝日のアナウンサー試験に運良く通ったため、入社しました。ご縁があったんですね。

アナウンサー時代は、サッカー番組を中心に、スポーツや食レポ、バラエティなどさまざまな番組に携わりました。やりがいを感じていたのは、普段なかなかお目にかかれない方にお会いして、話を聞けることです。スポーツ選手や起業家、お笑い芸人、飲食店の経営者……。何かを成し遂げたり、自分の好きなことで活躍したりしている方は、みなさん、目がきらきらと輝いていました。

入社後は、とにかく夢中で働きました。休日も取材準備にあてるなど、365日24時間、仕事に気持ちが向いていたような気がします。

始まりは、24時間営業スーパーの切り花

——アナウンサーとして夢中で働いていた前田さんが、どんなきっかけで、再び花や植物に目を向けたのでしょうか。

前田:最初のきっかけは、入社して5年くらいが経った頃でしょうか。当時は深夜帯の仕事が多くて、「24時間営業のスーパーがあること」が住む街の条件になっていました。ある日の仕事帰り、深夜1時くらいにスーパーに寄ったとき、ふと、レジ横に花が売られているのが見えたのです。「飾ってみようかな」と何となしに手に取り、買って帰りました。

家に帰って飾ってみたら、花があるだけで癒されて、元気づけられるような気がしました。一輪の花から、季節を感じることができます。ゆっくり咲いていき、枯れていく姿には、何だかほっとするような気持ちも生まれました。次第に、飾る本数が増えていきます。そして「もっとお花のことを知りたい」と、友人の開く教室へ花を習いに行き始めたのです。

そのうちに漠然と「私はやっぱり、花や植物が好き」という気持ちが大きくなっていきました。「自然にかかわる仕事をしたい」と考え始めたのは、入社してから7年目くらいの頃でしたね。

——その時点でフラワーアーティストの道や起業を、具体的に思い描いていたのでしょうか。

前田:いいえ、全然。とにかく将来像はぼんやりとしていて「やっぱり自然が好きだな。自然に触れる仕事をしたいな」くらい。子どもの夢のようですよね。私自身も「自然に関わる仕事に理想を描きすぎているんじゃないか」と不安があったので、まずは退職後、イギリスに留学し、花やガーデニングについてインターンで学ぼうと考えました。「花や植物が好き」という自分の思いがどれだけ本気なのか、確かめたいなと。留学先で何を感じるかで、次の道が自ずと決まるだろうと思っていました。

最終出社日にワクワク。「これから第2ステージが始まる」

——テレビ局のアナウンサー職というと、花形のお仕事ですよね。大きな会社に勤めて安定もしている。人生の舵を切るのに不安はありませんでしたか。

前田:もちろん、すぐに決断できたわけではありません。大きな会社にいたので「このレールから外れてしまって大丈夫なのかな」と不安も当然ありましたよ。2、3年かけてじっくりと、自分の心と向き合いました。でも結局、レールから外れてしまう不安よりも、「新しい人生を切り開いている自分を見てみたい」という好奇心のほうが勝ったのでしょうね。そして32歳のときに、会社を辞める決断をしました。

——周囲の反応はいかがでしたか?

前田:家族からは、最初は「会社にかじりついてでも、会社員でいたほうがいい」と言われました。社会で生きていくのは大変だから、と心配してくれたのでしょう。でも、私がやりたいことを話す様子を見て、少しずつ納得してくれたんじゃないかな。

会社の人たちはおおむね応援してくれました。ただ印象的だったのは、同期から「その生き方、僕にはできないな」と言われたこと。他にも「なんで花なんかに行くの? アナウンサーをやっていればいいのに」なんて言葉も。価値観はさまざまですよね。

人の声をはねのけるほどの強い自信なんて、私には全然ありませんでした。身近な人に「社会は厳しいよ」と言われたら、「そっか~」と、いちいちシュンと落ち込んでいましたし。でも、よく考えたら、始める前から自信たっぷりでいられるはずがないんですよね。人の言葉をいちいち気にしていては、一生、やりたいことにはたどり着けない。だったら「自信がなくてもやってみたい」という気持ちを、何より大事にしようと思ったんです。

——最終出社日は、どんな心境で迎えましたか?

前田:すごくワクワクしていました。ちょうど担当していた『やべっちF.C.』の放送日だったので、放送を終えてから退社したんです。これまでお仕事をご一緒してきた方が送り出してくださり、手紙やギフトをいただいて。新人のときによく悩み相談をしていた、お掃除のスタッフの方まで、応援に駆けつけてくださいました。「ああ、これから第2ステージだ。会社員の人生が終わって、自分自身の手で切り開いていく人生が始まるんだ」と実感した瞬間でした。

鏡の中の泥のついた顔を見て、「好き」を確信

——転職の場合、具体的な職業から逆算して、必要な行動を考え始める人の方が多いような気がします。でも前田さんは、「花や植物に関わりたい」の一心で、いきなりイギリスに行ったのですよね。なぜですか?

前田:えっ、なんでだろう。花や植物に関わる仕事といっても、調べてみると幅広いんですよ。お花屋さんで働く他に、教室の先生、庭師、ウェディングやイベントの装花、撮影用の花のアレンジも。だからまずは、花や植物に関わるとはどういうことか、そのための方法がどれだけあるのかを知ってから、やりたいことを決めようと思ったんじゃないでしょうか。

——いざイギリスに留学し、インターンを始めてみて、思い描いていた理想と比べてギャップはありませんでしたか。

前田:いやあ、もう、華やかで優雅なガーデニングのイメージからは想像できないほどの、重労働でびっくりしました。庭師のインターンに就き、中世の面影が残る街で古城の庭のメンテナンスを行ったのですが、この仕事がとても大変なのです。庭は8つあって、どれも巨大。広い庭の中を重いホースを持って走り回ったり、地面の雑草を這いつくばって抜いたりしました。

ふと鏡を見たら、少し前まで綺麗に着飾ってテレビに出演していたはずの自分が、すっぴんで、顔に泥をつけたひどい状態になっていました。でも、それが何だか自分らしくて、悪くないなと思ったのです。やりたいことのために汗を流していて、全然優雅ではないけれど楽しめている。そのときに腹が据わったというか「花や植物に関わることは、『自分のやりたいこと』だった。間違っていなかった!」と確信を持てたのですよね。

真剣に、花や植物に携わる仕事で食べていこうと考えて、日本に戻ってから生花店で丸3年修行を積みました。そして妊娠を機に、自分のペースで、自分にできる仕事を広げていきたいと独立。自分の会社を立ち上げました。現在は、花のギフトやアレンジの制作をしたり、ウェディングやイベントの会場装飾をしたり、企業にフラワーデザインを提供したりと、花にまつわる様々なことをやっています。イギリスで「これが私のやりたいことだ」と確信してからは迷うことなく、今日まで突き進んできました。

小さな「好き」を積み重ねて「本気」になる

——「花や植物が好き」という気持ちを出発点に、ここまで新しい道を切り開いてこられたのですね。ところで前田さんは、前の職場に不満があって退職されたわけではありませんよね。「今の職場に特に不満がない」という人ほど、新しい行動や変化に躊躇してしまうような気もするのですが、そんな人はどうしたらいいでしょうか。

前田:会社を辞めるというのは大きなことなので、すぐには決断できないですよね。最近は、ひとりが複数の肩書きを持つことも当たり前になってきているので、私のように会社を辞めなくとも、好きなことに打ち込む方法はたくさんあると思います。

辞めても辞めなくても、まずは、小さく「好き」と向き合う時間をつくってみたらいいんじゃないかな。私も、レジ横の花を買って飾ったことから始まりましたから。それくらいの、小さな行動、小さな「好き」を重ねていくことで、次第にその「好き」が「本気」になっていくんじゃないかと。

実は、会社員時代に、花以外にもちょっと「好き」だと思ったことにいろいろと取り組んでみた時期があったんです。料理教室に行ってみたり、ヨガを習ってみたり。そうやって小さな体験をしたり、自分の「好き」がどこにあるんだろうと探したりしている時間って、今振り返ると、とても愛おしいんですよね。ですから、まずは小さな「好き」を、どんどん試してみるといいと思います。

——大きな会社にいると「新しいことに挑戦して、今、持っているものを失うのがこわい」という感覚が、行動のブレーキになってしまう人もいるかもしれません。前田さんは、そんな人にどんなことを伝えたいですか。

前田:私自身、会社から離れて肩書きをなくすことを「失う」と思っていたときは、不安でした。毎月の安定した収入や、会社員だから加入できる年金や社会保険の制度、「このまま会社に残りさえすれば、人生の目処がつく」と思える安心感。すべて失うと思うと、そりゃあ不安になりますよね。でも、会社を辞めたり、新しいことに挑戦したりした先で、失ったものが再び得られることもあるんです。

たとえば私の場合、退職するときに自分が起業するとは想像もしていませんでしたが、会社をつくったことで、再び使えるようになった制度もあります。また「一生安定してお給料をいただけること」の安心感とは少し形が違うけれど、「ちゃんとこの道で仕事をして、食べていけるだろう」と信じられる気持ちを、持つことができました。今「失う」と思っているものは、たとえ会社から離れて挑戦したとしても、形を変えて得られるものかもしれません。

ちょっと行動を起こした先には、すばらしい出会いや体験がありました。どれも、不安に縛られて動かずにいたら、決して得られなかったものだと思います。何より私が嬉しいのは、アナウンサーとしてカメラに向かって話しかけているときには見えなかった、お客さんの笑顔を直接見られる瞬間です。ウェディングのブーケをお届けして、花嫁さんが心から喜んでくれるとき。ずっと準備していたイベントの装飾が完成したとき。花や植物があることで、その場にいる人が、ぱあっと笑顔になる。そのやりがいは本当に大きくて、今も毎回、ひとつの仕事が終わるたびに「ああ、この仕事を選んでよかったな」と思います。

だから、もし「いつかやってみたい」と思っていることがあるなら、「いつか」を「今」にしてしまってもいいんじゃないでしょうか。大きな決断をする前に、まずは小さな「好き」から始めてみて。

——ありがとうございます。最後の質問ですが、「好き」を仕事にするのはこわくないですか?

前田:こわくないです! きっとあなたが、あなたの「好き」に飛び込んでいく瞬間、「自分にこんな力があったのか?」と驚くほどのパワーを感じると思いますよ。


■あなただけの「!」を見つけるために
24時間営業スーパーの花を飾ったことから始まり、
花や植物に関わる道を切り開き、突き進んだ前田有紀さん。
その決断と挑戦を促したのは、
安定を失ってもいいと思えるほどの自信や具体的な目標ではなく
ぼんやりとした「花や植物が好き」という憧れでした。
その「好き」は、本当の「好き」なのか?
“ファンタジー”ではなく現実の仕事にできるのか?
その時はわからなくとも、ひとまずやれることから行動を始めたことで
小さな「好き」が、確信に変わったのです。
  
私たちは時に、どこに向かうのかの終着地を見据えた上で、
逆算して行動を起こそうと考えてしまいがちです。
でも、本当は、小さな「好き」や「やってみたい」を追いかけてさえいれば
自ずとあなたに見合った終着地に、たどり着くものなのかもしれません。
  
! 「スーパーで花を買って、飾る」くらいでいい。
あなたの小さな「好き」を、今すぐ行動に移すとしたら?

取材・文・構成:塚田智恵美


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?