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「夢幻回航」 9回 酎ハイ呑兵衛

里神翔子と協会の関係が語られた。

里神翔子は元々は協会所属の呪術師だったらしい。
協会員の師匠に育てられたが、彼女は協会の教育機関を使わずに普通の高校を卒業した。
この時に付き合いのあった同性の友達がテロ事件に巻き込まれるのだがその友達を助けようとして、
組織に接触を試みた時に、思想に感化されたらしい。

この話を聞いた時に沙都子が里神に抱いたイメージは、元々素養があったのだろうと言う物だった。
完全に思想が彼女の気質とマッチしているのだろう。
技に迷いがない気がしていた。

何が彼女をそっちの世界に連れて行ったのか、沙都子には少しだけだがわかる気がした。

こういった暴力の絡んだ世界に居ると、何が正義か分らなくなる。
それに戦うことに溺れて行ってしまう。
まるで麻薬のような感覚を味わうときがある。
激しい戦いのあと、高揚感で身を焦がしてしまい、抜けられなくなってしまうのだ。
普通、人を傷つけるのは禁忌であるが、禁を犯す喜びを覚えてしまう、そういった感覚が常に付き纏うのだ。

里神翔子はそういった世界にはまり込んでしまった人間のように感じられた。
里神にとってそちらの世界は魅力的だったのだろう。
思考を打ち切り、会話に集中する。

「・・・それがこちらの調べた、相手組織の名前です」
如月淳也が組織の名前を言ったあとだった。
沙都子は聞きそびれたが、世機が脳内のメモにしっかりと記憶させておいただろう事を期待して、次に集中する。

どういった経緯で協会が事件に関わってきたのかが話された。
それによると、小林さんの件以前から、協会は里神の組織について調べていたらしいのだ。
そこへ依頼が来た。
渡りに船とばかりに協会はこの事件に関わってきた。
里神のことについては協会にとってはガンのようなものだったのだろう。
協会にとってもテロ組織と関わる元協会員などは放おっておける存在ではないのだ。
拘束して、警察にでも引き渡すつもりだったか。

とにかく事件のあらましや、協会と里神翔子の関係についても語られた。
もちろん全てが語られたわけではないだろうが、おおよその関係はわかった。
それだけでも収穫だった。

世機は協会員2人の体躯から繰り出す技を想像してみたが、うまく想像できなかった。
気になるところではあるが、どうせ聞いても教えてはくれまい。
技は術師にとっては命。
体術は身を守るための手段というばかりではない。
体術は技を決めるための方法でもある。
だから手の内などは聞いても教えてはくれないのだ。

「別々に動くというのですか」
世機の声が、沙都子の思考を現実に戻した。
「ええ、そのほうがお互いにいいのではないかと思いますよ」
如月淳也がお茶をすすりながら言った。
のんきにお茶など飲みながらとは、やはり何かズレている気がする。

「しかしそれではなんのために此処へ?」
と、世機。
「連携はします。もちろん情報の共有も」
今度は如月順子のほうが、沙都子と世機に交互に視線を送りながら答えた。
「ネットのアドレスだって教えちゃいますけど」
順子はわざと少し色っぽい仕草で世機を見る。
からかっている。
沙都子と気が合うかもなと、世機は微笑む。

沙都子はムッとしたが、他には何も反応しなかった。
順子もこの場をややこしくするつもりがないので、からかうのはもうやめにしたようだ。
世機も、相手の如月淳也も、心なしかホッとした表情が浮かんだ。
ドクター佐治はヤレヤレという表情である。

「クライアントの小林さんとはどういった関係ですか」
世機が淳也に聞く。
「小林さんの兄弟が、彼の勤務する会社に居るって知っていましたか?」
「その弟さんからの依頼で動いていました」
言ってからのどが渇いたのか、お茶をすする。
淳也の様子からすると、直接動いていたのは彼らだなと、世機も直感でわかった。
話しぶりから察したのもあるが、やはり感が働いたというべきだろう。

「弟さんが居たのですね。本人からは何も聞いていなかった」
世機は自分の不覚を悔やんだ。
「実は弟さんにもお金を貸していたようです」
「弟さんに」
「はい、200万円ほど」
「弟さんの名前は何というのですか」
「名字は同じで、名前は直之さんです。直之さんの名前は小林さんのリストには載っていないはずです」
リストというのはおそらく小林さんの教えてくれた借金トラブルを起こした人物のリストのことだろう。

「身内のことなので、教えなかったのかも知れませんね」
調査をし始めたばかりなので仕方がないとは思ったが、そんな事も知らなかったのかと言われているみたいに思えて仕方がなかった。
世機は目を伏せて聞いていたが、またゆっくりとまぶたを開けた。
気合を入れ直す。

そうすると、考えを改めないとな。
小林さんの弟である直之さんが真犯人、呪殺の依頼主だという事も考えられるわけだ。
推理を位置から立て直さないといけないな。
世機は頭の中の靄が少しだけ晴れた気がした。

「話は済んだかね」
ドクター佐治は2組みを見比べて、なんとなくではあるが、よく似たペアだなと思った。
心なしか服のセンスも近いようである。

それにドクター佐治は如月ペアとも付き合いがあった。
治癒師、治療師はこの業界も人手不足である。
協会と同盟の術師ばかりではなく、海外からも引き合いがあるのだ。

海外から、特に隣の国からも、ドクター佐治の治療師としての力を求めて患者が来る。
世機や沙都子は何度もその人脈に助けられた事がある。
あとで如月ペアのことを聞いてみようかな、世機は脳内メモにインプットした。

だが、そのチャンスは意外なことに相手側からやってきた。
打ち合わせと言うかちょっとしたお話ではないかと思うのだが、2チームの会合が1時間程度で終わってしまった。
このまま帰るのもなんだか寂しいとでも思ったのだろうか、如月淳也が神憑世機にプライベートな話を振ってきた。

「お二人はどうしてこの世界に?」
世機は手短に生い立ちを話してやった。
如月2人を信用したわけではなかったので、本当に手短に話した。
「そちらのお二人はどうして・・・」
沙都子が切り返してくれた。

如月淳也と如月順子は、呪術師の家系に生まれたのだそうだ。
2人は兄弟で、淳也が弟だという。
年は同じ。
ということは双子だ。
もちろん一卵性ではない。

両親は高名な術師というわけでもなかったので、2人は普通の子供と同じ幼年期を過ごしたらしい。
小説や漫画にように両親が殺されたとか、悲劇的な展開もなく、普通に呪術協会の運営する学校へと進んだようである。

如月姉弟の両親は未だに健在で、呪術師として活動しているらしい事も語ってくれた。
世機と沙都子は余計なことだと思ったのだが、如月姉弟からは愚痴も漏れた。
いつも姉弟2人でつるんでいるために、恋人同士に間違われる事が多いという。
互いに彼氏彼女ができないから、その事が問題なのだとか。

世機は、そんなの悩みでもなないのじゃないの?と内心思いながらも、「離れて仕事をしたらいいのでは?」
と言ってみた。
「姉弟特有と言うか双子だからか、わたしと姉は相性が抜群なのですよ」
この場合、相性とは霊力や気力のことだろうか。
「男と女の姉弟というのもあるのかも」
沙都子が言う。
「そうですね。困ったものです」
本当に困っているのかなと思うような表情を浮かべて、如月順子が口を開いた。
なんとなく順子の性癖がわかった気がして、沙都子と世機、それとドクター佐治はニヤリと微笑んだ。
淳也はなんのことかわからないと言った素振りで、3人を無視した。

この様子を見て、沙都子はこの2人を信じてみてもいいかなと思い始めてきた。
如月姉弟の話が終わると、あとは5分ほど雑談をしてから猶のところへ行った。

猶はまだ寝ていた。
寝顔が可愛い、とか思ったことを沙都子には悟られてはいけない。
世機は猶を一瞥すると、佐治の方に視線を移した。
「しばらく放っておくしかないな」
佐治は猶を見ながら答える。
「話を聞いてみたいのですが」
順子が言う。
「そうだね」
淳也が相槌を打つ。

沙都子がこれからどうするのか尋ねたい様子で、視線を世機に向ける。
世機もどうしようかと思っていたものだから、二人して顔を見合わせることになった。
「この子は霊震盪とでも言う症状なのだ」
ドクター佐治が説明を始める。
この我の他の4人が聴き入る。
「霊震盪というのはな、霊体の共鳴現象だ」
「相手の霊体や意識に触れて共鳴を起こして、力負けしてこうなったのだ」
ドクター佐治が手短に猶の状況を説明する。
「さっきと違うんじゃ?」
沙都子が突っ込む。
「判断が難しいんだよ」
ドクター佐治はしれっと言って、あかんべへと舌を出しそうな顔で沙都子を見た。

「そうなんだ」
沙都子が言う。
「この症状は珍しいんだ」
ドクター佐治は少し考えてから、「この子、感応能力とかあるのかな」と言った。

「感応能力、テレパシーのことですか」
順子が尋ねる。
「というか、霊媒のような力かな」
「巫女の気質ということですか」
今度は淳也が質問した。
「近いが、彼女のは意識してやるのじゃない。無意識に同調してしまうから、テレパスのようなものかな」
佐治が答えて、更に続けた。
「テレパスでも此処まで共鳴するのは珍しいんだよ」

「へぇ〜、猶ちゃんはレア能力者なんだ」
沙都子はちょっと嬉しげに言う。
愛弟子を見る師匠とでも言うところか。
師弟関係を結んだわけではないが、沙都子は猶の指導役を買って出るつもりで居るから、そういった気持ちになるのかも知れない。

「衝撃にもよるが、半日くらい芽が冷めないかもな」
と、ドクター佐治。
「じゃあ、タクシー会社から、彼女の身内にでも連絡を取ってもらわないとな」
世機がタクシー会社に電話をして、猶の状況と容態を説明した。
会社の方から同盟にに連絡を取ってもらったが、世機の方からも山田に連絡して、紅葉にも連絡を取ってもらった。
紅葉からは無理にしても、山田の方から家族などに連絡が行くだろう。
猶の住所や電話番号なども聞いておくのだったと悔いた。
沙都子のやつも聞いていなかったのには驚いたが。

「任せてもいいのかな?」
沙都子が言った。
「車はここに置いておいていいのかな」
世機が佐治に言う。
「ああいいよ」
「あとでタクシー会社の人が様子を見に来るそうだよ」
世機は言うと、タバコを吸い始めたドクター佐治にしかめ面を向けた。

「それにしても助手さんは一向に姿を見せないですね」
世機が言う。
「あいつはもう来ているよ」
ドクター佐治が不思議なことを言う。
先程から人が出入りした気配はない。

「人が出入りしたら気が付きそうですがね」
世機が言う。
「込み入ってきそうなので私達はもう引き上げます」
しばらく黙って様子をうかがっていた如月淳也が言った。
如月姉弟の片割れ、順子も頷く。
2人は猶の様子を確認してから廃小学校の跡地から出ていってしまった。

如月姉弟が出ていってしまってから、沙都子と世機はドクター佐治に助手さんのことをしつこく尋ねた。
ドクター佐治は頭をかいてから、困ったように唸った。
「どう説明したらいいのかな」
「なにか不都合でもあるの」
沙都子が更に問い詰める。
「なんていうかな」
佐治が頭を掻いた。
「幽霊なんだよ」
「幽霊!?」
沙都子と世機が同時に声を上げる。
「正確に言うと霊体、幽体」
佐治が面倒くさそうに言って、手にしているタバコを灰皿に押し付けた。
「幽霊って」
沙都子は意味不明とばかりに両掌を上にして少し上げて見せた。

「まあ、使い魔ってところさ」
ドクター佐治が言う。
「式神とかそういった類ですか」
今度は世機が聞く。
「ああ」
「式神は禁止されているんじゃ〜」
式神のような神霊を使役するのは禁止されていた。
世機がその事に気がついて尋ねる。

「そうなんだが、実はある事件でオレが引き取ることになった式神なのさ」
佐治は思い出しながらポケットの中のタバコに手を伸ばす。
沙都子はそのタバコを素早く取り上げると、手元に引き寄せた。
「なにすんだよ、返しな」
不快そうにドクター佐治が沙都子からタバコを奪い返す。
「やめなよ〜」
と、沙都子。
「うるせぇんだよ」
ドクター佐治はタバコを吸うのをやめて、タバコの箱をポケットにしまった。

「お、来たな」
3人の視線が集まる真ん中らへんに青白い光が、蝋燭の火のようにチラチラと灯った。
ドクター佐治以外の2人は、初めて見るので少しだけ身構えた。
「すみませんでした。辺りに怪しい気が居たものですから」
頭の中に声が響いてきた。
沙都子と世機は更に驚いて、思わず耳を覆ってしまった。

「驚いたかい?」
ドクター佐治が意地悪く笑う。
「喋る式神?」
と、沙都子。
「わたしは使い魔ですが、ただの使い魔ではないですよ」
頭の中に、また声が響いた。
「西洋の魔術師、呪術師たちはサーヴァントと呼びますが、使い魔よりは利口です」
頭の中の声は更に続ける。
「わたしの名前はキルケーといいます」
サーヴァントである幽霊はキルケーと名乗った。
キルケーって、聞き覚えがあるな。
世機は記憶をまさぐる。

キルケーって、ギリシャ神話の魔女ニュンベーだったかな。
女神とも呼ばれる存在。
イシュタル相当の女神だったか?
「あなたは女性なのか」
世機は声に出して尋ねた。
「わたしが女か? この状態じゃ子供も作れませんが、魔女と呼ぶ者たちも居ます」
キルケーは答えた。
ざんねんながらか彼女?は青白い炎のようにしか見えないから、その表情はわからなかった。

「あなたは魔女なの?」
今度は沙都子の番。
「わたしが魔女かどうか、この名前を女神と言う人も居ます」
誤魔化す知恵のある使い魔か。
沙都子も世機も凄いものを見てしまったと思った。

呪術師の世界では、よほど上位の霊でない限り、これほどの知恵を使い魔には与えない。
ということは、名前通りの高位霊ということになる。
ひょっとしたら本人ということも?
まさかな!
と、世機と沙都子は思った。
本物だったら凄いことになる。
なんせ女神級だから。

「猶を診てどう思う?」
ドクター佐治がキルケーに尋ねた。
キルケーは少し迷ったのか、間を置いて答えた。
「彼女の状態は、本人の能力によるものだと思われます」
頭の中に声が響くというのは、気持ちの悪いものだ。
テレパスや霊媒師や、精神疾患の統合失調症の患者はこのような気持ちの悪い感覚を味わっているのだなと痛感した。

キルケーは更に続けた。
「彼女は稀有の感応者です。多分霊媒としても最高の気質です」
「ただ、気になるところは今このときにも奴らの気が彼女に取り憑いているというところです」
キルケーの言葉に、ドクター佐治が動いた。

佐治は猶のところに急いだ。
他もあとに続いた。

ドクター佐治は、猶の額に手を当てると、念を込めて送り込んだ。
猶の体がビクンとハネ上がり、何度か体が上下した。
猶の体から薄黒い煙のような気が立ち昇る。
その煙のキルケーが吸い取ったように見えた。
「こうやってエネルギーを補給しないといけないのです」
食事のようなものか?
キルケーはやっぱり魔女の名にふさわしいもののようだ。

「サンキューな、キルケー」
ドクター佐治が言う。
キルケーが吸い取らないと、邪気を払うのが面倒なのだ。
「猶ちゃんは大丈夫なの?」
沙都子が聞く。
「当分はな」
と、ドクター佐治。
「当分?」
「ああ当分だ」
ドクター佐治は続けた。
「完全じゃねぇ。おそらくリンクがつなかがっている。しばらく置かないと、また同じやつに接したら、乗っ取られるかもな」
佐治の言葉に、これ以上猶を事件にかかわらせるわけには行かないのだなと、沙都子と世機は理解した。

ドクター佐治の処置が終わって30分ほどしてから、猶はやっと目が覚めた。
猶は大きな欠伸をしたが、ドクター佐治はそれが普通の反応だという。
猶は暫くぼーっとしていたが、次第に意識が戻り、正気を取り戻した。
「もう遅いし、泊まっていけ」
佐治が猶に言う。
このまま返してはなにかあるかも知れない。
佐治なりの気遣いであった。
猶もそれが分かったのか、それともまだ体調が優れないためか、入院を承知した。

玄関に人が入ってくる気配がした。
どうやら猶の会社の人が様子をうかがいに来たらしい。
声がしたので、佐治が応対に出る。
そして、猶の会社の上司を猶の居るこの部屋に案内してきた。

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