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【東京都北区赤羽】強烈な思い出が残るせんべろの街

東京都の一番北に位置する【赤羽】
この街を知ってる?イメージがわかない?
そんな君に、赤羽の魅力を教えよう。

案内人はこの私。
「転勤で突如、北区赤羽に6年間住むことになった主婦」である。
なお、この記録は10年も前のことなので今とは少し様子が変わっているかもしれない。そして記憶だけを頼りに書いているので、若干脚色がかかっていることもご理解いただきたい。




田舎育ちの私が東京に住むことになった理由は進学や就職ではない。「結婚」だった。ずっと地元に住み続けたかったのに、結婚した人がたまたま転勤族だった。

25歳にして、東京という場所に半ば無理やり、自分の意思もなく連れていかれることになった。

しかも、「どこに住もっかな~!」とワクワクドキドキさせてくれる暇もなかった。3月25日、無機質な白黒のFAXで「4月1日からお前らここ住めよ?」と社宅の住所が送られてくるのだ。内見も下見も何もできない。当日行ってからのお楽しみ。なんと無慈悲な。


そんな私が、引っ越し屋さんのパンダとともに降り立ったのがここ、北区赤羽だった。

最初の印象は……正直あまりよくない。

というのも、駅やあちこちの道路に、人が転がっていたからだ。
雪国育ちの私はその光景を見たことがなかった。だって雪国で道路で寝たら死んじゃうから。最初は具合が悪いのかと思って「あの人倒れてる!あの人も!救急車呼んだ方がいいかな?」と都度夫に聞いた。夫は無言で首を横に振った。(知らない人のために書きおくが、道路に横たわっている人はみな酔い潰れている)


人の多さに圧倒され、時刻表を調べなくても駅に行けば電車は次々にやってくることを知った。ほどなくして私は、慣れない土地ながらも仕事を探し、職を得た。毎朝電車に乗って都心の方へと向かう。


これが……満員電車……!!
初めて体験するそれに、最初は圧倒され、そして3日でうんざりした。田舎に住んでいる時に形成されたパーソナルスペースは信じられないほど暴力的に侵害された。隣の人とひじとひじが触れ合うのは、映画館の中のロマンティックに留めたい。

毎日、知らない人とひじを合わせているうちに「どうしても電車に乗りたくない病」を発症した。駅まで行ったのに、電車に乗れなかった。その日は会社を休んだ。

会社を休んでスーツにヒールのまま赤羽駅前をふらふらと歩いた。


まだ昼前だと言うのに賑わっている店を見つけた。
のれんがかかっている。
のれんの下にたくさんの人が立っていて、人々がワンカップを片手に立ちながらおでんを食べていた。湯気がもうもうと立ち上り、おでんのいい香りが立ち込めている。

その湯気に誘われて、私もおでん屋の前に立つ。
ここでの振る舞いの正解は何だろう?来ちゃったけどどうすれば……?ぼけっと突っ立って困惑している私に、常連であろうおっちゃんが声をかけてくれた。

「何食べたいんだ?」
「え……えっと、玉子?」

「玉子な。」

おっちゃんは私の前に玉子と大根の入ったお皿を差し出してくれた。マルカップとかいうビンに入ったお酒も一緒に。

「あ、いや、あの」
何か言わなきゃ、と思ったけどおっちゃんは
「せんべろだよ。知ってるか?」とかなんとか言って、私の分まで支払っていなくなった。


せんべろって何だろう。
マルカップって何だろう。
あのおっちゃん誰だろう。
私は一体何をしているんだろう。

色んなハテナが浮かんでいたけれど、全部まとめて胃に流し込んだ。


隣にはいつの間にか別のおっちゃんがいて、マルカップというお酒の中におでんの出汁と唐辛子を入れて飲んでいた。私のマルカップはもう空になっていた。次来たときはあれやろう。そう心に決めて店を出た。




マルカップとおっちゃんでふわふわしていた私が、次に見つけたのもまた人だかりだった。

道の真ん中に立つ人々。5人くらい。スーツの人もいる。

その中央には……小さな小さな焼き鳥屋さん。いや、焼き鳥屋さんというほどのものでもない。店があるわけじゃなく、道の真ん中で突然炭を焚いて焼き鳥を焼く人がいた、という感じ。


おもしろそう。
ちょっとばかりふわふわしていた私はその焼き鳥屋さんに近づいた。近づいたのはいいけど、どうやって注文したらいいか分からない。またも困って立ち尽くしていると、店主が焼き鳥を1本、私に差し出した。無言で。

(え…なに?くれるの……?)
トトロがさつきにどんぐりをくれたシーンみたいに、私はその焼き鳥を戸惑い半分、好奇心半分で受け取った。

1本目を食べ終わりそうなころに、店主がもう1本私の方に焼き鳥を差し出した。私も無言で受け取った。一体どういうシステムなのか。食べ終わった串はどうしたらいいのか。お金はどうやって払えばいいのか。タレじゃなくて塩はないのか。

説明書きはないし、誰も何も言わないし、みな無言で焼き鳥を食べている。郷に入れば郷に従えということわざどおり、私も無言で焼き鳥を食べ続けた。

スーツ姿のお兄さんが、食べ終わった串を店主に渡した。店主はその串の本数を数えて「400円」とだけしゃべった。

なるほど!そこでようやく分かった。1本80円の焼き鳥を、食べ終わった串の本数で計算するのか!!だからみんな串を左手に持ち続けていたのか。



この焼き鳥屋のシステムが理解できた時点で私が食べた焼き鳥は6本。トトロな店主から受け取り続けた焼き鳥はすでに6本にもなっていた。今お会計したら480円ってわけだ。

ここで私はしばし考える。
あのお兄さんは店主の負担を考えてわざわざキリのいい400円にしたのかもしれない。細かいお釣りとか出すのめんどくさがりそうだもんなぁ。ということは、私も10円玉を必要としないちょうどいいところでスマートに立ち去りたい。……となると? ふわふわした頭でかけ算する。えっと……次は10本で800円だ。

10本。あと4本も食べなくちゃいけないのか。なんか勢いで6本も食べちゃったけど、モモしかないしちょっと飽きてきたな……。ずっと立っていたから足も痛くなってきた。でも1000円札を出してお釣りをもらうのがどうしても野暮な気がする。



足の痛みや飽きと戦いながら、私は残り4本の焼き鳥も無言で食べ続けた。途中、7本食べて440円お釣りをもらっている人がいた。なんだ、いいんだ。9本目あたりでアル中のおっちゃんがワンカップ片手に店に来た。トトロな店主は「酔っ払いお断り」と言って焼き鳥を渡さなかった。



帰り道、よく見るとあちこちのお店に「せんべろ」「昼飲み」「おひとりさま歓迎」と書かれたのぼりが立っていて、風にはためきながら人々を誘っていた。今度来た時はあの店に行こう。




自宅のベッドに寝転がって、足をマッサージしながら今日のハテナを検索する。

せんべろ:1000円でべろべろになれるくらいお酒を楽しめるという意味です】


丸健水産 おでん:赤羽駅前で特に人気のお店です】


赤羽駅 焼き鳥 路上:幻の焼き鳥屋と言われているお店です。いつ出るかも分からず、突如現れます】



「……ポケモンかよ。」
そう呟いて、私は笑った。

おもしろい街に越して来たな、と思った。




ここまで読んでくれてありがとう。

幻の焼き鳥屋さんの情報は、今はどんなに検索しても出てこなかったよ。インターネットに情報がないこともあるんだね。

赤羽に興味が湧いた君に朗報。今はずいぶん様子が変わり、子育てにも力を入れているらしいよ。池袋までのアクセスも抜群。


私はもう別の場所に住んでいるけど、あの日巡り合った強烈なディープタウン赤羽は今もその面影を残しているはず。興味があったらぜひ覗いてもらいたい。

#上京のはなし

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