過重労働対策における産業医との付き合い方その3

事例

ナインエス株式会社は今日も忙しい。営業部の努力により大きな額の案件も度々獲得受注できるようになってきたため、クライアントと向き合う営業部門や、システムを設計する技術部の稼働はいまや設立以来最も繁忙となっている。
それに伴って、産業医である佐々木の毎月の執務の中では人事部員の朝倉からの依頼で行う長時間労働者の面接(以下、過重労働面談)に割く時間の割合はかなり多くなっていた。

朝倉「佐々木先生、毎度毎度のことですが、今回も長時間勤務者が数名出ており、面談と体調の確認をお願いします」

佐々木「了解です。しかし、面談してもほとんどの人が元気そうで、面談させられることについて文句を言ってこられることもあり、私も心苦しいんですよね。こんなに残業ばかりさせて、何も対応できない産業医は意味あるのかと言われることもあって・・・」

朝倉「そうですよね。でも、これは先生にしかできない役割なので、堪えてくださればと思います。もし、本当に危なそうな人がいたら、先生からストップをかけてくだされば助かります」

佐々木「(いやいや、そうなる前にどうにかしてほしいんだけどな)・・・了解しました。個々に就業制限をかけていくだけでは解決には向かいませんし、会社としても対応について考えてくださいね。」

朝倉「(ただ面談したくないだけなんじゃないか?)おっしゃりたいことは分かりますが、会社も利益を上げなければなりませんし、今は忙しい状況なのです。人員補充もなかなか予算的に難しいので派遣スタッフの補充などは考えますが、選択肢は限られるというのが現状なんです。」

佐々木「・・・了解しました。」

<この記事の事例はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。>

事例の解説

ナインエス株式会社は繁忙が続き、長時間勤務者に対する面接指導の対象者が減らない状況です。人事担当の朝倉も産業医の佐々木も、「このままではよくない」とは思いつつも、これといった解決策が見いだせないために、遠回しであれ不満を口にする程度に留まっているようです。
長時間勤務者が大量に出てきて、なにもアプローチする手立てがない場合には、人事担当者と産業医の間にも、相互に不満を抱いたり、疑心が湧いてしまうこともあります。
もし、この記事をお読みの人事担当者として、過重労働対策に何らかのアプローチを行いたいという想いがあるとしたら、産業医との連携を以下のようにしてみてはいかがでしょうか?

1.過重労働面談を現場の一次情報を集める手段の一つとして活用する

 通常の労働者に対する過重労働面談は、労働時間や本人の申し出の有無を基準として対象者を選定することが通常です(厚生労働省:長時間労働者への医師による面接指導制度について)。その他に、会社独自の基準を設定して対象者を選定することもあります。
 過重労働面談の対象となった労働者について面談を実施することが前提となるため、個別に直接話を聴き、”個々の置かれている状況””個々のコンディション”を直接的に把握する(一次情報を得る)うえではとても有効なのです。こういった上位者層が容易に得られないような情報も、過重労働面談では、一次情報として得られるため、真の実態把握に近づくことができます。産業医と連携し、過重労働面談を情報把握の手段として活用することを検討してみてはいかがでしょうか。

2.過重労働面談で蓄積された情報をもとに産業医とも協議する

 過重労働面談時に用いる「疲労蓄積度チェック票」などの情報や、面談で聴取された情報は、集計したり個人情報を特定しない情報へ加工することによって事業者と共有しうる情報にすることができます。
 特定の部署に長時間労働者が多く発生している場合などには、対象者の数や労働時間のみではなく、個々が感じている現状や全体のコンディションについても情報をまとめることができるはずです。


例えば、
 X部署は、毎四半期の決算期、毎年の本決算期には長時間労働が発生している

 Y部署は、育休産休者、育児短時間勤務者が複数名重なっていることによって残存メンバーに業務が集中し、長時間労働が発生している

 Z部署は、派遣社員を補充しても、すぐにやめてしまう背景があり、新人補充の度に育成にかかる業務が発生し、そのために長時間労働が発生している

このように、それぞれ部署によって原因と対策が異なることがわかります。
得られた複合的な情報を整理したうえで、会社としてどのように働きかけるのが有効かについて産業医の意見を聴いておくことは一つのオプションとして考えてよいと思います。ただし、実際的には事業の収益や、制約条件(ヒト・モノ・カネ・トキ)など様々な要素が関係することや、意思決定はあくまでも事業の責任者にあるという前提を踏まえると、産業医が解決することというよりは”事業責任者による解決を支援するために”という視点を持ちながら検討を進めることが重要だと考えます。

3.忙しい中でも比較的コンディションの良い部署について理解を深める

 忙しい状況が続いている中においても、「疲弊する組織」と「活力の高い組織」は存在します。ここで筆者が注目したいのは、忙しい中でも活力が高く、比較的コンディションが良い状態で運営できている部署があるということです。どのような職場で、どのような要素が「疲弊する組織」と「活力の高い組織」が異なるのかという点について、実際に過重労働面談を行っている産業医とともに、上記「1.」「2.」を進める中で検討していく切り口としてお勧めします。事業活動では、厳しい労働環境になる局面は幾度となく訪れます。そのため、不調者をできるだけ出さずに事業を成功に導くためには、厳しい条件下でも活力高く働ける職場の要素がとても参考になります。例えば、上司のリーダーシップ、情報共有の方法、1on1の方法、休ませ方などです。なぜうまくいっているのか、という視点で組織の理解を深めていくことが重要です

まとめ

過重労働対策は、組織的な解決が必要な複雑な課題です。労務を担う人事担当だけで有効な解決策を講じることができるものではありません。どこからどのような情報を集めて、それらを整理して、解決に向けた意思決定に繋げるのかという戦略が必要です。そのチャネルの一つとして産業医による過重労働面談があると考えると、産業医の活用の道が大きく広がるのではないでしょうか。

本記事担当:@ta2norik
記事は、産業医のトリセツプロジェクトのメンバーで作成・チェックし公開しております。メンバーは以下の通りです。
@hidenori_peaks, @fightingSANGYOI, @ta2norik, @mepdaw19, @tszk_283, @norimaru_n, @ohpforsme, @djbboytt, @NorimitsuNishi1
現役の人事担当者からもアドバイスをいただいております。

参考)
厚生労働省:長時間労働者への医師による面接指導制度について


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