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感染者の「全数把握見直し」「療養期間の短縮」で何が起こるのか(JES通信【vol.152】2022.09.12.ドクター米沢のミニコラムより)

●感染者の全数把握見直しのニュース

 先月に続き今回もコロナを取り上げます(先月の記事は末尾資料1をご覧ください)。
 8月後半からテレビや新聞で「全数把握見直し」というニュースが流れていますが、多くの方にとってはこれによって何が起こるのか、実感できないのではと思います。今回はこの問題を考えてみます。

●コロナの感染対策は徐々に緩くなっている

 感染症法では病原体の危険性を踏まえ、1類から5類の感染症と新型インフルエンザ等感染症、新感染症、指定感染症の8つに分類しています(表1。資料2も合わせてご覧ください)。

表1 感染症法における分類
 1類:ウイルス性出血熱、ペスト、天然痘など
 2類:結核、SARS、MERSなど
 3類:コレラ、腸チフス、赤痢など
 4類:デング熱、マラリアなど
 5類:季節性インフルエンザ、麻しん、風しんなど
 新型インフルエンザ等感染症:新型インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症など
 その他:新感染症、指定感染症

 コロナは当初「指定感染症」でしたが、2021年2月の感染症改正を受け、「新型インフルエンザ等感染症」に位置づけられました。末尾に記載の資料2の表からわかるように、入院勧告や就業制限など強い措置が可能で2類相当と言われますが、外出自粛要請のように1類より厳しい部分もあるのです。
 その後、治療薬やワクチンが開発されたことと、コロナの変異で致死率が下がってきたことで、当初ほど危険な感染症ではなくなってきました(資料3)。一方、感染力が強くなる変異も起こったため感染者数が激増し、医療逼迫に拍車をかけました。そうした変化に対応するため、指定医療機関以外での入院が可能になり、ホテルでの療養も可能になり、ついには自宅での療養も可能になりました。自分で検査した結果でも陽性と認められるようになりました。「2類は厳しすぎる。早く5類に変更して医療機関や保健所の負担を減らし経済を回すべきだ」という主張は初期からあったのですが、法律の柔軟な運用によってすでに5類に近くなっているのです。

●全数把握見直しで何が起こるのか

▼全数把握とは
 そして全数把握見直しによってさらに5類に近づきます。今までは新型コロナと診断された人はすべて自治体に報告され把握されていました。新規感染者の「発生届」はHER-SYSというオンラインシステムに登録されますが、入力項目数がとても多く、「一人のデータを入力するのに1時間かかる!」という悲鳴が医療機関から出たりしました。今は項目数がだいぶ絞られたようですが、感染者が急増すると入力のために何時間も残業しなければならない事態が起こっていたのです。

▼医療機関、保健所・自治体はどうなる?
 これが重症化リスクの高い人だけの報告に変われば(資料4)、医療機関としては発生届を提出する数が大きく減りますので、事務処理の負担は確かに軽くなります。そして保健所は入院していない重症化リスクのある人のフォローに集中できます。一方、多くの自宅療養者の情報は保健所に届かないので、定期的な健康観察や食料の配送などができなくなります。代わりに健康フォローアップセンター(資料4)へ各自が登録しサービスを依頼することになるようですが、センターがうまく稼働しないと医療機関への相談が増えないでしょうか。また登録しなかった人の数はわかりませんので、地域の流行状況が正確につかめなくなる可能性があります。

●療養期間の短縮

▼療養期間が7日間に短縮
 そしてこのコラム校正中の9月7日に、厚生労働省から感染者の療養期間の短縮の通知が出ました(資料5)。表2に要点を示します。 

表2 感染者の療養期間(新)
有症状者 入院以外 7日間(従来の10日間から短縮)
入院   10日間(従来通り)
無症状者 7日間(従来通り)
     または条件付き5日間(5日目に検査陰性ならば6日目に解除)

 この変更は、回復した人は早めに復帰し社会経済活動を回そうという考えからと思われますが、ウイルスが排出される期間はかなり個人差があるので、検査で陰性を確認して隔離解除する方法が加わったわけです。ちなみに現在のオミクロン株の場合、感染性のウイルスが排出される期間の中央値は8日間と見られていますので(資料6)、7日間での解除は早いとの意見もあります。今まで抗原検査の活用を訴えてきた立場としては、解除日とその前日の2日間連続陰性を確認することをお勧めします。いずれにせよ、隔離解除後も1週間程はまだ他人にうつすこともあると考え、慎重に行動してください。

▼外出自粛の緩和
 今回の通知では感染者の外出自粛も緩和され、条件付きで短時間外出ができるようになりましたので、自治体からの食料配布サービスは縮小される可能性もあります。念のため一週間分の食料を普段から蓄えておきましょう。

●まだインフルエンザより危険性は高い

 今回のコロナウイルスは、ワクチンを接種した人でも一度感染した人でも感染することがわかっています。有効な免疫の持続期間が数ヶ月と短いため、何度もかかってしまう可能性があるのです。理論疫学の西浦氏はSIRSモデルでその流行を予測していて、しばらくは季節性インフルエンザの数倍から10倍規模の感染者が続き、医療逼迫が恒常的となり、多数の高齢者の死亡が予想されると述べています(資料7)。長期間の免疫維持効果のあるワクチンが開発されるか、ウイルスの感染力が劇的に下がる変異でも起きない限り、西浦氏の予測が現実化するのではないかと案じています。

●解決方法はあるはず

 国が全数把握見直しを提案するにあたり、以上のような議論がどこまで尽くされているのか、わかりません。9月2日から宮城、茨城、鳥取、佐賀の4県が全数把握見直しの運用を始めましたが、自治体の足並みは揃っていません。
 このような混乱を生む原因の一つは、日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れではないでしょうか。特にHER-SYSの問題は大きいように思います。HER-SYSに入力する情報の何割かは、実は医療機関が使っている電子カルテにすでに入っています。個人情報を守りコロナに特化した情報だけ共有する連携システムが作れないものか。健康観察にしてもワクチンの予約にしても、利用者にとって使いやすいシステムがなぜ用意できないのか、考えてしまいます。日本にも有能な技術者はたくさんいると思うのですが。

●企業のBCPはどう変わるか

 全数把握見直しが実質的にどのような形に落ち着くのか、まだ先が見えません。私の勘違いなどあるかもしれませんが、今の流れですと感染者数が下がりきらないまま、さまざまな制限が緩められていくように思えます。そうなると企業が独自に判断する部分が増えるはずです。たとえば今回の療養期間短縮について、業務形態によっては従来の運用を踏襲する企業もあるでしょう。濃厚接触者の判定はすでに企業に任されていますが、濃厚接触者の自宅待機も見直される可能性があり、企業独自の判断が求められる可能性があります。一方、療養中の健康観察を会社が行うのは難しいと思いますので、地域の健康フォローアップセンターに頑張ってもらうしかありません。
他にもいろいろな変更が生じると思いますが、変わらず大事なことは社内のクラスター発生による人員不足を防ぐことでしょう。そのためには、繰り返しになりますが、感染対策の基本をまだしばらく実行し続ける必要があると思われます。

資料

1)医療逼迫の中、どうやって自分や家族を守るか(JES通信【vol.151】2022.08.10.ドクター米沢のミニコラムより)
https://note.com/sangyo_dialogue/n/nbebf20635e84
2)「5類相当」と「5類感染症」の違いとは 議論の混同を避けて
https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20220804-00308562
3)新型コロナ、ハイリスク感染者のみ報告させることに意味はあるのか
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20220830-OYTET50016/
4)withコロナの新たな段階への移行に向けた療養の考え方の見直しについて
(令和4年9月6日事務連絡)
https://www.mhlw.go.jp/content/000986408.pdf
5)新型コロナウイルス感染症の患者に対する療養期間等の見直しについて
(令和4年9月7日事務連絡)
https://www.mhlw.go.jp/content/000987035.pdf
6)Duration of Shedding of Culturable Virus in SARS-CoV-2 Omicron (BA.1) Infection
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2202092
7)新型コロナを「当たり前の感染症」として受け入れた時、何が起きるのか?
 感染者はインフルの数倍から10倍に
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura-20220819-1?bfsource=relatedmanual

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