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交流分析学会発表:自我状態の構造分析から考えるコロナ不安、デマ・フェイクニュース、陰謀論

 2022年4月23,24日に弘前で行われた第47回交流分析学会で標記の研究発表を行ってきました。抄録集に掲載した内容を元にご紹介します。

1.問題意識
 コロナ禍は私たちの心身の健康に多大な影響を及ぼしていますが、インフォデミックによって正しい情報が得られず、人々の不安が増大している面もあると思われます。私は産業医として企業の衛生委員会で「正しく恐れ対処する」と題したコロナ情報を発信するとともに、従業員のコロナ不安の相談も受けてきましたが、人々に起こる精神的混乱の原因を、交流分析の重要な概念である自我状態の構造分析の視点から考えてみました。

2.コロナ不安の構造分析
 まず簡単に交流分析の自我状態についてご紹介します。交流分析の創始者、エリック・バーンは、「1人の人の中には3人の人がいる」と言いました。ある時は親のように振る舞う自分、ある時は子どものように振る舞う自分、そしてある時は、「いま、ここ(here & now)」の状況に応じて振る舞う自分の3つの自分がいる(3種類の自我の状態がある)というものです。有名なエゴグラムはこの3つの自我状態のパターンを視覚化したものです。

 このルーツは私たちが成長する中で、周囲の人とのやり取りで作られてくるものです。「親」の自我状態(P)は、親というものはどういう風に振る舞うものかという情報を我々は記憶していて、場面によって「親らしい行動、考え、感じ方」が自分の記憶から再現され振る舞う心の状態です。「子ども」の自我状態(C)は、自分が幼年期に体験した「子どもとしての感じ方や考え、行動」が記憶されていて、場面によってそれがあたかも再現されるかのように振る舞う心の状態です。そして「成人」の自我状態は、「いま、ここ(here & now)」の状況に応じて振る舞う心の状態です。私たちは絶えずこの3つの自我の間を行き来しているのです。

 コロナ禍で最初の緊急事態宣言が出て以降、企業では在宅勤務が広く実施されましたが、在宅勤務で精神状態を悪化させたという相談を多く受けました。これを交流分析の自我状態の構造分析の視点で見ると、「ステイホーム」という社会的命令と感染の恐怖によってどう行動すればいいかわからない精神状態は、Aの自我状態にPの自我状態に入り込んでしまい、自分では事実と思っていることが、実は親や親的な役割をしていた人が言っていたこと、やっていたことの記憶として再現され、「いま、ここ(here & now)」の状況に反応するはずのAの自我状態が混乱を来していると考えました。「世の中はこうあるべき」というPの自我状態のモットーをAの自我状態が事実として誤認してしまうのです。この現象をPの自我状態がAの自我状態に混ざり込んだ(混入。汚染。contamination)と言います。一方、Cの自我状態がAの自我状態に混ざり込むことも起こります。Cの自我状態の不安をAの自我状態が事実と思い込んでしまうのです。コロナ不安はこのようにAの自我状態にPやCの混ざり込みが起こるため思考が混乱するのだと考えました。そこで妥当性の高い情報を踏まえた行動指針を伝え、自己効力感の回復を目指すアプローチを行ったことで、クライアントの不安を軽減することができました。

3.極論とデマ・フェイクニュースの混沌
 今回のコロナ禍では、「コロナはマスクで防げる/防げない」のような全てか無か思考(白黒思考、二分思考)や結論の飛躍、拡大解釈と過小評価(確証バイアスと正常性バイアス)など、認知行動療法で認知の歪みに相当する論評が目立ちました。うつ病や不安障害のクライアントに認知行動療法を行う際には認知の歪み10のパターンを必ずチェックします。

 ところが今回、世間に流れるさまざまな言説はこのパターンに当てはまるものが少なくありません。「マスクの効果は70%」のように確率や比率で考えることが我々は苦手で、どちらかに決めないと安心できないようです。「認知の歪みは多かれ少なかれ誰にでもある」。考えてみれば当たり前の話なのですが、それを再認識することとなりました。

 さらに行動経済学などで使われるヒューリスティクス(heuristics)という概念が不確かな情報のまん延を説明できると考えました。これは情報が少ない状況や時間がない場面での直感的な意思決定の仕方を指します。たとえば「コロナには白湯が効く」のようなデマは、おそらくウイルスが高温で死滅するという情報からの「早とちり」と思われますが、デマの多くは不十分な情報検証でAの混入が起こり、事実と思い込み、人々の善意によって拡散されるのではないでしょうか。

 たとえば国産の治療薬ができたら安心だという思いはないでしょうか?確かに安全保障の側面からは国産の治療薬が存在するということは重要です。しかし国産なら品質が安心という考えはヒューリスティックな判断です。国産でもダメな製品はいっぱいありますので。

 最近では「オミクロンは軽症化したから大丈夫」というような話が出ます。確かに軽症化していますが、感染力は逆に強くなり、第6波では過去最大の感染者数が出たため重症者も増え、死者数が過去最大になりました。死者数が過去最大のものを「大丈夫」と言っていいのでしょうか。データを細かく見て検討しなければならないと思います。ヒューリスティックな判断は控えましょう。

4.陰謀論
 最後に自我構造の見方から陰謀論も考えてみます。陰謀論を信じてしまっている人は考えが強固です。その自我構造はPの中に「陰謀論」という、あたかももう一つの人格(P3A3C3)が出来上がっているように見え、Cの中にあるP(P1:魔法の親)の「世界への不安」を基盤に強い信念がAに混入しているように思われるのです。陰謀論を信じてしまう人は単なる勘違いではありません。その人の生存を脅かすような不安が基底にあるので、修正が容易ではないように思われるのです。

5.おわりに
 リスクコミュニケーションとしては正しい情報の発信だけでは不十分で、受け手が「何をすれば安全か」という具体的な指針を提供する必要があると考えています。そのために医療従事者は「情報の翻訳者」(リスク・コミュニケーター)としての役割が求められるのではないでしょうか。

【文献】
米沢宏:リスク・コミュニケーションから考えるコロナ禍における産業医の役割.第25回日本産業カウンセリング学会,2020(口頭発表)
米沢宏:コロナ禍で考えるリスク・コミュニケーション.アディクションと家族,37(1):2-6, 2022.

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