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人は、目に見えないものは信じにくいのか


1.感染の二極化

 この冬の流行(いわゆる第10波)は2月初旬にピークアウトしたようですが(資料1)、みなさんの周囲では「体調不良」でお休みされる方、あるいは無理に出勤される方も少なくないのではないでしょうか。一部ではコロナの抗原検査で感染を確認し、療養される方もいますが、「風邪くらいでは休まない」という考えが復活したのかもしれません。
コロナ病棟のドクターの話を聞くと、この冬はコロナの肺炎が増えたそうです(資料2)。そのほとんどの方がワクチン未接種か2回以下の方、または最終接種から1年以上経った方だそうです。一方、コロナに感染しても軽かった、インフルエンザより楽だったと仰る方も少なくありません。私自身の感染経験でも、咽頭痛は強かったですが、熱は半日くらいしか出ませんでした。コロナの検査していなければ仕事に出てしまったと思います(資料3)。このように症状の出方に大きく違いがあるのがこのコロナの特徴であり、対策の難しさでもあります。

2.コロナは「ただの風邪」ではない

1)仕事に戻れない人が増えている

 2023年7月の本コラムでお伝えしましたように(資料4)、英国では健康上の理由で仕事ができない人が250万人に達しているということでしたが、最新の情報では280万人まで増えていて、2020年のパンデミックが始まってから70万人増加しているそうです(資料5)。日本は欧米の1年あとを追いかけていると言われますので、引き続き海外の動向に注意が必要です。

2)感染後しばらく激しい運動は危険

 コロナは全身のさまざまな臓器を傷つけることがわかってきていますが、致命的なリスクの一つとして脳心血管疾患の発症率が高くなることが挙げられます。こちらもすでに2023年7月の本コラムでお伝えしましたが(資料4)、コロナ感染の1、2週間の間に血管が詰まる病気の頻度が著しく増え、心筋梗塞が約15倍、虚血性脳卒中が約20倍、肺塞栓が約30倍、深部静脈血栓症が約15倍、発症しやすくなるのです。感染後3ヶ月くらいは激しい運動を控えた方がいいでしょう。運動部のお子さんたちが心配です。

3)コロナで認知機能が低下する

 ここのところ、コロナの認知機能への影響を報告する論文を目にする機会が増えました。岐阜大学脳神経内科学の下畑享良氏は、定期的に情報発信をされていますが、2024年3月3日の最新エビデンスの紹介では以下の2つが取り上げられていました(資料6)。

① 感染後に知能指数(IQ)が低下する可能性
 こちらは英国で行われた約11万人の調査で、感染後の知能指数(IQ)の変化を示しています。

 表 感染後の知能指数(IQ)の変化(非感染対照群と比較)
  4~12週で症状改善:IQ3ポイント低下に相当
  12週以上症状持続:IQ6ポイント低下に相当
  ICU入室:IQ9ポイント低下に相当
  再感染:IQ2ポイント低下に相当

 重症の人ほどIQが低下していることがわかります。軽症の場合の3ポイント低下が実生活にどの程度影響するかはわかりませんが、感染を繰り返せば徐々に低下する可能性があるわけですから、無視できないように思います。
 
② 感染群の認知機能は非感染群より3年間のすべて時点で低下する
 こちらはノルウェーで行われた調査です。約11万人を3年間追跡したところ、感染した人の認知機能は、感染しなかった人に比べ、すべての時点で低下していたというものです。
 この記事には脳で何が起こるのか、わかりやすいイラストも掲載されていますので、ぜひご覧ください(資料6)。
 
 下畑氏の2023年12月のレポートではこんな記事も掲載されています(資料7)。

・long COVID患者では認知機能障害が顕著である
 ドイツと英国の2つのクリニックでlong COVID(いわゆる後遺症)患者270人を調べたところ、後遺症患者群では顕著な認知機能低下が確認されました。
 
・3回のワクチン接種によりlong COVIDは73%抑制できる
 スウェーデンで行われた後遺症発症に対するワクチン効果の調査では、ワクチン1回接種では21%、2回接種では59%、3回接種では73%後遺症発症が抑制されました。

 このように続々と出される世界の報告を見ていると、コロナは「ただの風邪」とはとても言えず、しかるべき対策を考え続けなければ、社会全体に対するダメージがボディーブローのように効いてくるのではないかと案じます。

4)ワクチンの無料接種は3月末まで

 新型コロナワクチンは2024年4月からは有料になります(資料8)。この冬接種しようと思いながらタイミングを逃していた方は、3月31日までに受けることをお勧めします。お住まいの自治体に問い合わせてください。

3.コロナ・ガチャ

 「ガチャ」という言葉をご存じだと思います。カプセルに入ったおもちゃの自動販売機ですが、何が入っているかは出てきたカプセルを開けてみるまでわかりません。欲しいおもちゃを選べない、あるいは外れくじを引いたという意味で、「親ガチャ」のような言い方がされるようになりました。今回のコロナでは、多くの人は「ただの風邪」で済むかもしれませんが、1割くらいの人は後遺症を背負う可能性があり、何ヶ月も仕事ができなくなったり、失業してしまう人も出ています。コロナ・ガチャと言っていいのではないでしょうか。

4.人は、目に見えないものは信じにくいのか

 2020年の新型コロナ発生当初から、JES通信コラムや産業医担当企業の安全衛生委員会、さらに学会等において、コロナのリスクコミュニケーションを行ってきました。「とても参考になる。助かる」というお声をいただく一方、「いつまで言っているんだ」という批判もいただくこともあります。2023年9月の本コラムでも取り上げたように、人は同じようなメッセージに繰り返し暴露されると、「メッセージ疲労」を起こし、それに反発する気持ちが生まれるのです(資料9)。
 その原因の一つに、感染症は目に見えないということがあるのではないかと感じます。大雨が降っていたら傘をさします。自動車が暴走してこちらに向かって来るのが見えたら逃げますよね。暴風雨で看板が吹き飛ばされるのを見たら外出を控えるでしょう。しかし多くの感染症は自分にも他人からも見えません。見えないもの、あるいは五感で感じられないものは、存在しないのではないか考えてしまう。あるいは見えない・感じないのだから、大したことはないと思いたい。そんな気持ちはないでしょうか。感染症が「静かな緊急事態」と呼ばれるゆえんです。しかし実際に危機があるのを知ってしまった以上、「ない」とは言えません。どう伝えるのが真に人のためになるのか、考え続ける日々です。  

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