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PVから見る宇多田ヒカル

平成という時代を象徴するミュージシャンと言えば誰だろう。安室奈美恵、Mr.Children、B'z、浜崎あゆみ、SMAP、椎名林檎、あるいはAKB48と答える人もいるかもしれない。しかし、もし一人あげるとすれば宇多田ヒカルなのではないか。

「宇多田ヒカル論」ほぼこの20年間で、少なくとも同時代評論としてはやり尽くされてきた。ここに何かを付け加えるのは難しい。したがって、この記事では、ミュージックビデオという視点から、宇多田ヒカルの歌について振り返りながら評論を試みたい。

Automatic(1999)

最も有名な宇多田ヒカルのMV。もはや古典と言えるのではないだろうか。ブラインドが降りた部屋に黄色いソファのカットがメインで、後半に青いCGを背景とするカットが時たま挟まる。という構成だ。

この「ブラインドの降りた部屋」は一種不思議なエネルギーを感じる。部屋は薄暗いが外はおそらく昼間であり、ブラインドから漏れる光とソファーの黄色、そして宇多田ヒカルが身に付けているトップスの赤の組み合わせが押さえつけられないエネルギーを感じさせ、低いアングルから映される、ゆらゆらと踊る彼女自身の動きも、どこか炎のような印象を懐かせる。

「ブラインドの降りた部屋」が醸し出すエネルギーのイメージが、宇多田ヒカルという才能の誕生とシンクロしていたと考えれば、このMVがここまで有名になったのもうなづける。

一方で「青い背景」のカットは今見ると非常に古臭い。宇多田自身も「ブラインドの降りた部屋」とは打って変わって幼く、平凡な存在に見える。これは背景とマッチしていない照明と、ほぼ顔と同じ高さのアングルから撮影されていることも影響されているだろう。

Traveling(2001)

Automaticに続いて、これも非常に有名なMVだ。10年ほど前に流行ったみらくるヒカルのモノマネもこのPVに出てくる衣装をよく使っていた。
このMV宇多田の作品にしては珍しく、以下のような筋書きが存在する。

1.  昼の未来都市と観光列車のガイド(0:00
この中で最もアイコニックなシーンだろう。スチームパンクな世界の中でビビッドな色の衣装(なにより赤い髪!)を纏って宇宙人のような観光客をガイドしている。

2. 自然豊かな森の中(1:16, 3:27
1のシーンと対比させる形でメープルの葉っぱを背景に、ナチュラルなイメージで歌う宇多田ヒカルの姿が時折挿入される。背景はクレイアニメーションで構成されており、1のシーンのガイドが何かから逃げるようなカットがある。

3. 夜が来る(2:17)
1のシーンの続き、盛り上がりは頂点に達する。宇多田ヒカルは極彩色の飲み物を飲みながら観光客と一緒にクラブのような場所で踊る。

4. 落下と目覚め(3:53)
観光列車は突如落下する。それと同時に緑色の光が走り、草花が成長を始める。夜明けが来て、観光列車はツタや木々に絡めとられている。観光ガイドのの格好の宇多田ヒカルが眠っている。

有名なMVだが、この筋書きに関して言及した文章はほとんど存在しない。要素としてはスチームパンク、商業主義の発展(観光列車と言う題材はその象徴であろう)と自然主義の対比、エコロジー的世界感などをごった煮にした印象がある。2001年と言う時代を考えると「もののけ姫」(1997)的な人間と自然という二項対立的世界観や、FF9(2000)などで見られた、CGのとスチームパンクの融合の影響があるようにも見える。

You Make Me Want to Be a Man(2005)

「UTADA」名義のイギリスデビューシングルである。このMVは日本での宇多田ヒカルイメージから大きくかけ離れ、欧米市場を意識した、アジアン・スチームパンク的な内容になっている(制作は欧米のスタジオではなく日本で行われ、監督は他のものと同様に紀里谷和明である)。

青ざめた照明、死人のような顔色、アンドロイドとなった宇多田ヒカルは表情を全く表さずに歌う。時折挿入されるディストピア、ポストアポカリプス風だ。また唯一情動的なカットは、UKロック風の衣装に身を包みバンドメンバーを背景に歌うと言うものだが(2:10)、その振り付けもどこかぎこちなく表面的で音楽に合っていない。先に挙げたAutomaticやTravelingで見られた彼女独特のグルーブ感は完全に殺されている。

「Utada」名義の活動の花々しいスタートになるはずだったが、全英シングルチャートでは最高227位と完全な失敗とと言い切れるだろう。このMVからが示唆するのは、宇多田ヒカルの海外進出プロジェクトにおける、欧米人の視点の卑屈なまでの内面化と、宇多田ヒカルと言う歌手の非人間化である。

Goodbye Happiness(2010)

時代が飛んで2010年、このMVはなんと宇多田ヒカル自身が監督を担当している。これはファンの間で話題になったが、過去の自身の作品のパロディにあふれている。列挙しようと思ったが以下のサイトに全部まとまっているようなのでリンクを貼らせていただく。

UTubeと左下にロゴがある通り、設定としてはYOUTUBERの配信動画と言うものなのだが、2010年発売という、まだYOUTUBERというジャンルがあまり認知されていなかったことを考えると、相当時代を先取りしている。ヒカキンが初めてバズったのがこのMVの公開と同じ2010年、PewDiePieが動画投稿を開始したのも2010年だ。

一方で宇多田ヒカルは昔からマスメディアよりもよりパーソナルな媒体を得意にしてきたという点は指摘すべきだろう。2000年前後にやっていたラジオを覚えているファンは多いだろうし、ブログも長期間続けていた。また、2ちゃんねるにも入り浸っていたと公言しているなど、かなりナーディな一面もあり、YOUTUBERという発信方法は彼女にとって魅力的に映ったのではないかと考えられる。

かなり生活感のある部屋、飾り気のない格好で過去のヒット作のセルフパロディを行うと言うのは、人間としての宇多田光が国民的歌手宇多田ヒカルをメタ視点で総括していると受け取ることができるだろう。彼女はこの年に「人間活動」と称して活動を休止している。

初恋(2018)

柘植泰人が監督を務める。アカペラで始まる曲と合わせるようにミニマムな作りだ。基本的に影と黒を基調にして、そこにわずかな光を差し込ませ部屋や絵画、古びた部屋、絨毯、椅子、花びた、本、老婆などが映し出される。

外連味は一切なく、映像美だけで成立しているこのPVはしかし、宇多田ヒカルの円熟味を十二分に表現している。この映像の中で映し出されるモチーフは全て時間によって磨かれたビンテージ感のあるものである。

宇多田ヒカルを知っている人であれば「初恋」というタイトルを聞いて「First Love」を連想し、デビューから20年という時間の経過に気づくことだろう。この映像は、デビュー20年を迎えた彼女の歌の、時を重ねた深みを描いている。

終わりに

PVというのは単に販促用のコンテンツではなく、現代芸術の一分野である。そこには作り手の思いや、商業的な戦略、その曲が世の中にどのように受け入れられてきたかを見て撮ることができる。
宇多田ヒカルはここで批評したもの以外にも名作PVが多いが、その紹介はまた別の機会としたい。





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