見出し画像

【Works】「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館 2023」出展作品「Superposition」


背景

「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」は、奈良県南部・東部に位置する奥大和を舞台に長時間かけて歩き、雄大な自然を作品を通して体験する唯一無二の芸術祭です。
舞台となるエリアは、吉野町、下市町、下北山村の3町村。今回SandSの浅見が下北山村のエリアディレクターの一人として参加しました。あわせて、アーティストとしてSandSが参加しました。

作品紹介

舞台となる下北山村は、世界遺産にもなった修験道の聖地・大峯奥駈道の宿場として生まれた村です。その下北山村と修験道の歴史をリサーチし、当時の人々の暮らしと価値観を大きく変える歴史の転換点となった、明治元年の神仏分離令を分岐点とした、あり得たかもしれない別の世界線の可能性をサイトスペシフィックなインスタレーションとして制作しました。

コンセプト

「superposition」とは、複数の状態が重ね合わせで共に存在すること。
この展示では、修験道の開祖・役行者によって開かれた池神社のほとりで、現実とifの歴史とが重なり混ざり合います。
それは、「もしも明治元年に神仏分離令が発せられなかったら?」という、ひとつの「if」から分岐する、いまとは少しだけ異なる別の世界線。
その世界では、時に利用されながらも、修験道が人々の生活や価値観に根付いています。
トレイルを歩きながら、重なり合った世界線の痕跡を探してみてください。
私たちが生きる「いま」と、何が同じで、何が違うのか。
そこにあったかもしれない可能性を想像し、またこれから先に選び得る可能性に、思いを馳せてみましょう。

ifの歴史

史実を神道・修験道の変遷を軸に解釈しながらプロットし、明治元年の神仏分離令を分岐点とした別の歴史を「ifの世界線」として描きました。
このifの世界線の習俗を、現実の世界線に染み出した「痕跡」として複数のインスタレーションで表現したものをトレイル上に配置しました。

ifの歴史の流れを年表画像で見る

ifの痕跡 #00 ifの世界線と混じり合う境界

2枚✕2対のストリングスカーテンをトレイルの入口と出口に配し、その内側をifの世界線と混じり合う領域に見立てました。

古来日本には、この世とあの世、俗世と神域とを分けて考える思想があり、そこから岩や木を境界として捉える文化が生まれた。
仏教の寺院では結界の内側となる特定の場所が聖域として定められ、現在の神社でも鳥居・七五三縄・階段といった形で結界が示されているが、修験道における女人禁制の結界もそのひとつである。
また、生活の場に溶け込んでいる「のれん」も元々は浄なる場所と俗なる場所を隔てる結界の意味があったとされる。
本作品においても、二対の境界で区切られた内側を一種の結界とし、ifの世界線が重なり混ざり合う領域を作り出している。

ifの痕跡 #01 宿坊の幻像

透明のチューブを木々に張り巡らせ、ifの世界線の宿坊の輪郭を、広さ約60平米・高さ約5mのスケールで浮かび上がらせました。

修験道が一般の人々の生活や価値観に根付いているifの世界線では、登山やトレッキング、採集やキャンプなど、自然に対してリスペクトを持ち、山や森の中で過ごす様々なアクティビティも徐々に修験道の周縁に位置付けられていき、修験道の輪郭を拡張していった。
宿坊も同様にその中で定義が拡張されていき、僧侶や参拝者のための宿泊施設のことだけでなく、自然の中に建つその他の一般的な宿泊施設や食事処、山小屋や東屋のような簡易な休憩所、キャンプの管理棟や林間学校の施設なども「宿坊」と呼ばれるようになっていった。
大峯奥駈道の中間地点にあたる下北山村は、稜線上の「宿(しゅく)」を支える信仰拠点・物資の補給地として数多くの修験者が出入りした村であり、このあたりには「山伏平」と呼ばれるかつて修験者が身を休めた洞穴があったとされる。その信仰活動の中心にあった明神池と池神社のあたりは特に霊験あらたかな場所だと言える。
ifの世界線からその輪郭だけをこちらの世界線に浮かび上がらせているこの宿坊は、その場の力によって顕現したものなのかもしれない。

ifの痕跡 #02 祈りのオーナメント

木で作られたオーナメントをトレイル上の木々に吊るしました。このオーナメントには実際にRFIDタグを貼り付けており、スマートフォンをかざすとifの世界線の人々が込めたメッセージが見られるようになっています。

ifの世界線において、自然の中で過ごした修験者たちは、いつしかその一宿への感謝や自然への祈りを込めて、木で作られた飾り(オーナメント)をその場に捧げるようになった。
本来は修験者各人が独自に自作するものであり、その形状や文様によって講の仲間の識別や、他の修験者に対して危険な場所や水場などを示す符丁としても使われていた。
最近では、安価に普及したRFIDタグを既製品のオーナメントに仕込み、絵馬や短冊のように山の神への願い事を込めたり、野宿の宿帳に見立てて簡易的な日記などのメッセージが残されることも多い。オーナメントにスマートフォンをかざしてみると残されたメッセージが見つかるかもしれない。

オーナメントに込められた祈りやメッセージ

ifの痕跡 #03 ブッシュアーキテクチャ

ifの世界線で一般的に行われているこの野営行為は、「Leave No Trace(跡を残さない)」が原則のため、実際のトレイルには何もありませんが、そう思って見ると、何の変哲もない景色も変わって見えてきます。

ifの世界線では、スカウト運動の流れを汲み、自然の中での体験学習・実修実験が学校教育に取り入れられており、一定程度のアウトドアスキルやサバイバル能力は文字通り義務教育で学ぶものとなっている。
そのため、一晩程度であればテントやタープを持ち込まなくとも、山や森の場にあるもので簡易的なシェルターや寝床を作って過ごすことは珍しくないことであり、その行為や技術はブッシュアーキテクチャ(自然の建築術)と呼ばれる。
それはあくまで山や森から一宿の場を借りるというものであり、自然に対するリスペクトが前提であるため、その場に持ち込んだものは持ち帰る、その場で拾ったものはそのままにする、自然や野生動物への影響を最小限にするなど、「Leave No Trace(跡を残さない)」が原則である。そのため、他者がブッシュアーキテクチャを行った痕跡を見つけることは容易ではない。

プロセス

SandSはデザインワークをメインとして活動しているチームなので、その特徴を活かし、今回のアート作品制作もデザイン的なアプローチで制作を進めました。

1. オリエン確認・与件整理

2. 各自でデスクトップリサーチ

3. テーマ仮説の持ち寄り

共同検討用のホワイトボード

4. テーマ決定・制作計画

境界アイデアボード
宿坊アイデアボード
オーナメントアイデアボード

5. 視察・ロケハン・プロトタイピング

現地視察とダーティープロトタイピング
現地視察後、都内で制作仕様・素材検討

6. 制作・インストール

地元の林業職人・空師さんにご協力いただきながら設営
ifの痕跡 #01 宿坊の幻像

まとめ

SandSとして今回のような芸術祭にアーティストとして参加するのは初めての試みであり、正直なところ、最初は他の錚々たる参加アーティストの方々と肩を並べることに対して不安やプレッシャーがありました。
特に、普段のデザインワークやクライアントワークのように、ある種の与件やお題に対してアイデアやコンセプトを提案するのではなく、自分たちの中から表現したいことを生み出し、その面白さや強度を自分たちに問うということは難しくもあり、同時に新鮮なプロセスでもありました。

しかし、今回のMIND TRAILのように、ある土地に眼差しを向け、その土地を新たな景色として眺める「レンズ」としてのアート作品を制作することは、SandSが得意とするデザインリサーチやプロトタイピングのアプローチと非常に相性が良かったように思います。
つい「意味」や「なぜ」を考えてしまうデザイン的な思考の癖は、時としてアートとしては無粋さや野暮ったさにつながってしまう場合もありますが、結果的には、その土地や歴史から「問い」を見出し、それに対するカウンターを考え抜くことで、自分たちとして納得のいく強度と思索的なコンセプトを提示することができたと感じています。

SandSが提唱している「純粋三次元思考」は、例えば重力のような当たり前の先入観や固定観念すら取り払い、超観光的かつ超思索的に物事を捉えてみることです。
今回の作品も、「架空の世界」の「未来」ではなく、「実在の土地」の「過去」という、本来不可逆なものを問い直して、オルタナティブな可能性を提示するという意味では純粋三次元思考的な作品だと言えるかもしれません。

今回の「その土地のリサーチを踏まえてあり得たかもしれない可能性を見出し、それを体感する装置として作品をつくる」というアプローチには、場所を問わない可能性と手応えを感じることができました。
ぜひ今後、また別の場所でもこのような取り組みにトライしてみたいと思っています。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集