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5年ぶりのカトマンズ訪問で

10月2日(月)から4日(水)まで、駆け足でしたがネパール・カトマンズを訪問しました。目的はうちのプロジェクトのカウンターパートをファブラボネパールに連れて行き、人間関係を構築することでした。

私にとっては5年ぶりのカトマンズになります。最初に訪れた1995年からの比較でいえば、昔はお世話になったホテルや日本食レストランは閉業になっているところが増える一方、カフェやレストラン、バー、ホテルの数は格段に増えました。老舗はなくなった日本食レストランも、新しいお店が増えました。今回はカウンターパートと一緒なので、値が張る宿泊や食事はなるべく控えました。

5年前は「Sarathi」というタクシー配車アプリが登場したばかりで、注目されていたわりには使いものにならないアプリでした。でも今は「Pathao」という別の配車アプリが普及していて、現金払いでしたが東南アジアで普及している「Grab」や「Gojek」に近い感覚で、利用することができました。車はかなり年季が入っていて、雨が降っているのに窓が閉められないとか、不便な面もありましたが。

私たちが出発した時の任地の天候は、もう雨期は終わったかのごとく連日快晴でした。でも、カトマンズ訪問中の3日間は連日曇りないしは雨で、最後の最後に傘をスーツケースに忍ばせて正解でした。

先月訪ねたインドネシアで、点字ブロックを見かけた時にはたいへん驚きましたが、カトマンズでも宿舎の周辺の歩道で点字ブロックが敷設されているのを見かけました。ちょっと感動しました。また、歩道に街路樹が植えられているのも5年前にはなかったことです。昨年の選挙で選ばれた若い市長の政策の評判を何人かの方からうかがいました。小さな変化ですが、カトマンズも変わりつつあると感じられます。



1.訪問の経緯

ファブラボネパールとネパールのファブ事情について、私が知る限りの情報は、昨年12月にnoteでまとめました。この記事では、その年のインドネシア・バリでの第17回世界ファブラボ会議(FAB17)でコネクションができたファブラボネパールの若いスタッフの方々と、Zoomで情報交換したところまでをご紹介しました。

当時、私は、ファブラボネパールのプラスチック再利用の取組みについて、詳しく知る機会が欲しいと思い、いちどオンラインで話してほしいと彼らに要望しました。今年7月のFAB23で、ブータンが国として「ファブシティ・グローバル・イニシアチブ」に加盟したこともあり、事業所や世帯内、コミュニティや街全体で出た廃棄物を、各々のレイヤーの域内で再利用し、国全体として循環型社会をめざそうとする取組みに、ブータンも加わることが求められるようになりました。カウンターパートからも、プラスチックの再利用に取り組みたい、「プレシャス・プラスチック」の機材を導入したい、との希望が表明されるようになってきたところでした。

そこで、すでにプレシャス・プラスチックの機材を導入し、プラスチックの再利用をその活動の柱の1つと位置づけているファブラボネパールに話を聴こうという機運がファブラボCSTでは盛り上がり、9月28日(木)、久しぶりのオンライン・ミートアップに、ファブラボネパールのシャシャンク・デワンさんとパラブ・シュレスタさんをお招きするに至りました。(動画撮影もしたのですが、限定公開なので共有できません。お許し下さい。)

ただ、1時間のミートアップだけではわからないこともありました。単に機材を導入するだけでなく、設備をどう整えるのかとか、南アジア地域に対応しているインドの機械製造業者との取引上の留意点とか、実際に機械が据え付けられた施設を見ながら議論した方がいいと考え、カウンターパートのテンジン君とともに、カトマンズに短期出張することになったのです。

曇り空の中、パロ空港を出発。カトマンズはずっと雨でした。

2.インパクトハブ傘下のファブスペース

前述の記事でもふれましたが、ファブラボネパールは、インパクトハブ・カトマンズ(Impact Hub Kathmandu)傘下のファブスペースとして設立されました。2021年2月、パンデミックの中での静かな船出でした。

私も不勉強で知らなかったのですが、「インパクトハブ」も民間インキュベーション施設のグローバルネットワークだそうです。現在、世界に106ものインパクトハブがあります。参考までにインパクトハブ東京の紹介ページから引用しますが、インパクトハブは「起業家による起業家のためのコミュニティ」で、「多様な事業やアイデア、価値観を持つ起業家が集まり、人と人とのつながりを活かして各人が事業を加速させる。そんな、人との繋がりを通して変化と成長を起こすコミュニティ」だとありました。

インパクトハブ・カトマンズの発足時期はよく知りません。以前は「ネパール・コミュニテーレ」と名乗っていたインキュベーション施設が、2020年頃に「インパクトハブ」のメンバーになっています。現在、南アジア地域には、カトマンズとダッカ(バングラデシュ)、ティンプー(ブータン)にインパクトハブはあります。

面白いことに、インパクトハブ・ティンプーはファブラボとは完全に別の組織で、ブータンでは両者の間に交流はあまりありません。7月のFAB23の際、ファブラボネパールのチームは、インパクトハブ・ティンプーとサイドイベントの共催の可能性を探ったそうです。しかし、ティンプー側の反応が芳しくなく、結局サイドイベント開催はおろか、滞在期間中のインパクトハブ訪問すら実現しなかったそうです。(インパクトハブ・ティンプーの創設者Tさんのことは私も個人的には知っていますが、彼も含め、ブータンの有名な若手スタートアップ企業は、FAB23会場には誰も来ていませんでした。主催者の声のかけ方の偏りはこんなところにもあったように思います。)

ファブスペースがスタートアップ支援に近かった時期がブータンにもありました。2017年7月に設立されたファブラボブータンは、2018年末、ティンプー市内チャンザムト地区に経済省小規模零細産業局が設立した公立インキュベーション施設「スタートアップセンター」1階に入居しました。私はこの建付けがブータンのファブラボにとっての理想の形で、ファブラボブータンはあるべき場所にようやく収まったと安心していました。

しかし、小規模零細産業局は、ファブラボブータンを他の入居企業と同様に遇し、2年後に退去を求めました。ファブラボブータンは、設立時に彼らがもともと入居していたティンプー南部バベサ地区のビルの地階に戻りました。今にして思えば、スタートアップセンター入居継続を認められなかったことが、ファブラボブータンの運命の分かれ目だったような気もします。

脱線ついでに付け加えると、私たちがいるCSTにも、学生起業を支援するインキュベーション施設がありますが、大学は「ファブラボCST]と「テック・インキュベーションセンター」を別組織と見ていて、入居している建物も離れていますし、よほど当事者の私たちが意識をしていないと、両者のシナジーを作り出すことができません。

このようにブータンでは実現していないファブラボとビジネスインキュベーションのシナジーが、すでに形成されているネパールの状況は、羨ましいものがあります。JICAの技術協力が間もなく終了する私たちのファブラボでも、長期的にはファブラボとインキュベーションセンターを学内統合するのがファブラボ自体を持続可能なものにする1つの方向性だと思っています。

インパクトハブのチームも交えて、意見交換

3.「営業チーム」を持つ強み

活動概要を聴きながら、その活動のひとつひとつに、「〇〇とのパートナーシップで…」という説明が入るのが気になったので、そういうパートナーをどうやって引っ張って来るのかと訊いてみました。すると、「ファブラボの担当の僕たちは技術的な支援を担っていて、資金獲得に向けたプロポーザルを書いたり、外国の大学や国内の省庁、企業とのコラボの働きかけは、「プログラムチーム」がやっている」との説明でした。

今回の訪問中、私たちは、パラブさんやシャシャンクさんだけでなく、インパクトハブ・カトマンズの代表であるパドマクシ・ラナさんと、英国ケンブリッジ大学製造業研究所(IfM)のキュリー・パークさんにもお会いしました。キュリーさんは韓国ご出身のIfM研究員の方ですが、パラブさんによると、パドマクシさんとキュリーさんのコンビで、営業活動は一手に引き受けているのだといいます。

この機能は、ファブラボCSTでいえば私自身が担っているものです。でも、JICAのようなドナーがサポートについてくれているので、私の場合はどことも組まず、直営で開催できてしまうことが多いように思います。それに、営業部隊を用意していないのはブータンのどこの組織もほとんど同じで、各々のスポンサーに個別対応して小規模な研修やセミナーなどを開くのが一般的です。だから、ひとつひとつのスポンサーの資金拠出の規模が小さすぎて、主催者側の持ち出しでイベントを成り立たせることもしばしばある上、「今週は〇〇で来週は△△」といったマンツーマン的対応に追われます。主催する方も、参加させられる方も、どちらも疲弊する構造です。

ファブラボネパールで聞かされたのは、例えば産業省がオープンイノベーションイベントを開いて欲しいと仮にファブラボにアプローチしてきたとしても、その資金拠出の規模だけでは十分ではないケースが多いので、その時はプログラムチームが国内企業やネパールに拠点を構える援助機関、それに外国の財団などからファンディングを取って来て、必要な事業規模を確保するというものです。

これは、インパクトハブ・ティンプーがまだ「i-Hub」と称していた時代に、その創業者Tさんがブータンでやっていたことに近いと感じました。そんな営業活動で戸別訪問を受ける側だった援助機関の現地事務所長をやっていた当時の私は、「彼はお金が必要な時しかうちにアプローチして来ず、必要ない時には声もかけない」と言って、あまりいい印象を持っていませんでした。しかし、Tさんの立場で見れば、案件成立に向けた営業の一環で、私のところに頼らなくてもなんとかなることも多かったのでしょう。

そう考えると、今は距離があるインパクトハブ・ティンプーとファブラボも、こちらから何かインパクトハブに対してスタートアップ支援のアイデアを持ちかければ、Tさんたちが自身のネットワークを通じて他のスポンサーにもアプローチし、プログラムのキュレーションをやってくれたりするのだろうか―――私はそんなことを考えるようになりました。(CSTのインキュベーションセンターは、それができる能力が明らかに足りていないと思いますけど。)

ファブラボCSTが発足してから1年2カ月、テンジン君は、「自分は利用者への技術的なサポートはできるけど、コミュニティへのアウトリーチやプログラムの企画立案は自分の肩幅を超えている」とずっと言い続けています。確かにその通りで、そこを補ってきたのが私自身だと思っていますが、なまじJICAのような強力なスポンサーがバックにいるので、手持ちの予算の中から引き算していく発想になりがちです。インパクトハブの発想は足し算で、目標金額を決めてスポンサーを集め、目標到達できなければやらないし、到達したら実施するというものです。そういう発想に慣れていない自分を痛感させられました。

ネパールにおけるインパクトハブとファブラボのような関係を、ブータンならどう構築できるか、CSTではどう構築したらいいのか―――私の残りの任期では詰め切れない可能性が高いですが、カトマンズで見てきたことは、ブータンに戻ってからのカウンターパートへの問題提起にはなるでしょう。

インパクトハブのメインビルをバックに

4.プラスチック再利用の取組み

さて、肝心のプラスチック再利用のお話の方ですが、彼らは2022年1月から、2年半にも及ぶプロジェクトとして長期的に取り組んでいました。プロジェクトのタイトルは「P2G(Plastic to Ghar)」、プラスチックを家屋建築用資材として再利用するという取組みです。(Gharというのは、ネパール語で「家」を意味します。)

フェーズも3つに分かれていて、プレシャス・プラスチックの機材導入は、その中でも第1フェーズである2022年前半に行われています。また、1回目のプラスチックアップサイクリング・メイカソンを開催したのも第1フェーズ期間中のことです。こうして第1フェーズは意識啓発やオープンイノベーション創出に務め、続く2022年5月から1年間の第2フェーズで、スタートアップ育成へと移行します。そして、2023年4月からはじまった第3フェーズで、この取組みを全国にも広めようとしているとのことです。

したがって、導入された機材も、プラスチック破砕機や射出成型機だけでなく、シートプレス機や「ポリフロス」と呼ばれる綿状加工ができる機械もありました。また、単に機械を導入するというだけではなく、集塵のための施設整備も必要ですし、防塵や火傷防止のための個人防護具(PPE)も揃えていました。

また、ファブラボネパールの場合、これら機械はプレシャス・プラスチックが推奨しているインドの製造業者から多くを調達していますが、見本と仕様が違っていたり、輸送途中の業者の扱いが雑で一部パーツが破損していたりと、あまりいい経験はしなかったとのことでした。

「完成機を調達するのもいいけれど、どの機械もオープンソースなのだから、ある程度は国内で材料調達して作ってしまうのも一案では?」そう彼らにはアドバイスされました。

こうして見ていくと、プロジェクトの残りわずかの協力期間で、破砕機やシートプレス機を調達すればことが足りると考えていた私やテンジン君がいかに浅はかであったか、思い知らされました。

プラスチック再利用は確かに、協力期間終盤に浮上してきたニーズだといえますが、これを現行プロジェクトの協力期間中に実行に移すのは拙速で、これを目的とした新プロジェクトとして定義し直す方がいいのではないかと思います。また、工科大学という性格上、そのプロジェクトは、ファブラボネパールが行っているようなスタートアップ企業家の育成まで視野に入れたものにはなりにくく、オープンソースの機械をブータン国内で製作するノウハウの蓄積に的を絞った方がよいのではないかと思われます。

その上で、現行プロジェクトの期間内で実行できることは何かといえば、小規模でもいいので、破砕やプレス成型などを見せ、関係者の意識啓発を図ることなのではないか。そんなことを考えながら施設を見学しました。

破砕機
プレス成型で出来上がったプラ板を見る
化繊も破砕すると板のアクセントになる
射出成型機とプレス成型機の部屋のレイアウト

5.我が社の現地関係者とつなぐ

はたから見ればとても羨ましいネパールでの取組みですが、noteでも再三指摘している通り、現地におられる日本の援助機関の関係者の方々とファブラボとのつながりは、ネパールでもありませんでした。昨年11月に私たちが初めてオンラインで顔を合わせた際、ファブラボネパールの方々が私に要望してきたのが、「JICAネパール事務所とつないでほしい」ということでした。

これについては、とりあえずはできることはやったのですが、JICAの現地事務所の特に日本人の所員の方がインパクトハブ・カトマンズ/ファブラボネパールを訪問するレベルにまでは、これまで至っていませんでした。インパクトハブ・カトマンズは、前身のネパール・コミュニテーレの時代から英国国際協力機関(UKaid)とのつながりが強いものの、JICAとのつながりはほとんどありません。

一宿一飯の礼というか、ショートノーティスにも関わらず今回の訪問を受け入れていただいたお礼に私たちができることは何か、私は考えました。そこで、JICAネパール事務所を私とテンジン君とで訪問し、今回見てきたことを日本人の所員の方々に報告し、10月12日にインパクトハブが計画しているP2Gプロジェクトの成果報告会にお越しいただけるよう、案内してきました。すでにブータンでは新任のJICA海外協力隊員の方々にファブラボのオリエンテーションは行っていて、チェゴファブラボがオープンすれば、そのオリエンテーションの一環で新隊員のファブラボ訪問も手配できる段階が目前となっています。同じようなことはネパールでも可能なのではないかとお伝えしました。

私たちはさらに、JICAの帰国研修員同窓会(JAAN)事務所をファブラボネパールのお二人も伴って訪問し、JAANの役員の方々にもファブラボについて説明しました。JAANはネパールと日本の友好関係促進のための組織であると会長から釘を刺されましたが、私たちが狙っているのはそこではなく、1,000人を超えるシニアな会員がいて、その専門性も広範な分野課題にまたがるので、現在の各会員のお仕事と、ファブがつなげられないかと考えたのです。

なにぶん他国でのお話なので、これ以上の隣国からのお節介は私たちには難しいですが、これがきっかけになって、ネパールのJICA関係者が何かのものづくりでファブラボネパールとつながる実績が1つでも作れたら嬉しいです。

JAAB事務所でのプレゼン

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