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JICA海外協力隊員との共創(1)

1.はじめに

ファブラボが「(ほぼ)なんでも作ることができる」のを売りにしていて、かつそのファブラボの側にいて現地で開発協力に携わる人々とのつなぎ役になることができる私のような立場の人間がいるからには、日本の開発協力と現地のファブラボがコラボするケースをいくつも作ることが、私たちのプロジェクトには求められていると思います。

また、一般的にブータンの人々は創造性に富んだ斬新なアイデアを出すのがあまり得意ではないとの印象を受けます。これはいろいろな場面で組織の縦割りが起こっているというだけでなく、課題の提示がいつも上から(あるいは他所から?)なされて、自分から外に打って出ていって、課題を探索するという行動を取らなくてもすんだというところにも原因があるように思われます。

同じ属性の人ばかりがかたまっていると、いいアイデアはなかなか出てきません。そこに異なる背景を持つ、日本の開発協力関係者のような人が入ってきて、その人が日頃の実践やそこで感じている不便や問題点などをお話しいただける機会があると、私たちのものづくりのアイデアにもヒントが得られるかもしれません。

JICAの技術協力プロジェクトである以上、私たち自身、他の現在進行中のJICAのプロジェクトや過去のプロジェクトのカウンターパート機関、それらに現在派遣されている専門家やコンサルタント、協力隊員などとのネットワークづくりをもっと進めていかないといけません。

しかし、相手方の当事者の方々からすれば、各々達成せねばならない目標があるわけで、日々の業務でお忙しい。ファブラボの側からいかに「ラブコール」を送っても、それは外部者からのうるさいノイズでしかないケースもあるでしょう。よしんば「それじゃあ…」と考えて下さったとしても、「それってプロジェクト目標の達成とは直接関係ない活動ですよね」という思わぬ横やりが、派遣元の機関から入ることだってあり得るでしょう。

正直言って、技術協力プロジェクト間でのネットワーキングというのは、当初思っていたよりはうまくいっていないというのが実感です。理由はいくつか考えられます。一方で、協力隊員の方々とのコラボは、小さなものですがいくつかその芽が育って来ているとの手ごたえがあります。

JICA事務所のボランティア調整員の方々のご厚意で、新任の協力隊員が着任早々に現地で受けるオリエンテーションの中で、ファブラボについてご紹介する機会をいただいているのが大きいと思います。

ブータンには、2022年12月現在、25人の「JICA海外協力隊員」(以下、協力隊員)が派遣されてきていて、主にティンプー、パロ、さらにハ、プナカで活動されています。20代から60代まで、幅広い年齢層の方が来られています。

ただ、オリエンテーションを行ってからしばらくして聞いたところでは、90分程度の時間内で、「ファブラボって何?」というのがある程度理解できたという人はまだ少ないようです。短時間のプレゼンでどこまで浸透させられるのかは大きな課題です。今は小さな事例をコツコツ積み重ねて、それを今後のオリエンテーションの際には具体的事例として盛り込んで紹介していくしかありません。今回は、そんな小さな初期の事例のいくつかを、紹介していきたいと思います。


2.手工芸隊員Aさんの事例(その1)

これは、2022年11月11日にアップした記事「最近の作品から(1)」でも紹介した2番目の事例のその後です。

この時はSLAプリンターで人形の目を試作したという段階でのご紹介でしたが、その後そのサンプルをティンプーのA隊員にお届けして、人形の目に実装してもらいました。当時は動物のぬいぐるみの目だと聞いていましたが、配属先の意向もあって民族衣装を着た男の子と女の子の人形の目になったとのこと。Aさんの配属先は障がい児職業訓練学校で、収入向上のために多くの手工芸品を作っています。作っているのは障がいを持った青年や学校のスタッフの方々だそうです。

ほとんどの素材はブータン国内で入手可能ですが、目だけは入手困難だそうです。そこをファブラボCSTでお手伝いしました。つぶらな瞳がかわいいですね。ブータンにおける、ファブラボCST(技プロ)と協力隊事業の初のコラボです。

つぶらな瞳が印象的な人形。目以外はすべてブータンで入手可能な素材

この人形、1体1,000ニュルタムで売れるそうです。購買力のありそうな富裕層の外国人観光客向けなら、売れそうな気がします。(現時点では試作段階なので、材料費はいただいていませんが、量産段階に入ったら、それなりの料金は頂戴することになります。)

この経験を得たA隊員からは、その後続々とアイデアが寄せられています。「人形の靴」「トラの鼻」「ゾウの目」「パターン(型紙)の3Dプリント」「商品陳列用トレイ」「刺繍ロゴ入りのタグ」などなど。A隊員ご自身にプンツォリンのファブラボCSTまでお越しいただいたので、一緒に相談しながらデザインを仕上げていくことができました。デザイン共創には、冬休みの間、ファブラボCSTでインターン実習に入っている学生にも協力してもらっています。

相談していくうちに、当初のイメージからどんどん考えが変わり、改編が加わっていきます。そのすり合わせをするにはやはり対面での相談ができるといいですね。そうして出来上がったデータであれば、別に毎回プンツォリンまで来られなくても、ティンプーにあるファブラボにデータを持ち込んで、そこで生産してもらえればいいということになります。

この職業訓練センターの商品の陳列棚に据え付ける看板になるそうです
ゾウのぬいぐるみ。本物のゾウもこれくら可愛ければいいのに…

3.手工芸隊員Aさんの事例(その2)

そのAさんにプンツォリンまでお越しいただいたのは、我々の招聘によるものです。ファブラボCSTには、①デジタルミシン、②ロックミシン、③デジタル刺繍ミシンが各1台配置されています。しかし、工科大学に併設されたファブラボという性格上、学生や教職員が大学のカリキュラムとの関係で使用することはほとんど考えられません。これら3台の機材の有効活用は私たちにとって大きな課題だと早くから考えていました。

それだけでなく、学生や教職員が使用しない理由には、これまでに使ったことがないというのもかなり大きいです。そこで、配属先が冬休みに入るAさんにお越しいただくことにして、縫製ワークショップをやるけど受講したい人はいるかと学内に呼びかけてみました。うちのファブラボのマネージャーのカルマ・ケザンさんが、「縫製だったら私はやりたい」と俄然やる気でした。冬休みに入る以前から、朝8時30分にはファブラボに来て、ラボ専属技師のテンジン君のアドバイスを受けながら、どんどんDIYを進めていったのです。そのカルマ・ケザンさんが呼びかけたところ、なんと30人以上の関心表明がありました。

Aさんはふだんのお仕事でもミシンを使っておられます。30人以上の人数を受け入れてどうやったら研修ができるのかと私が相談したところ、4人1組で3時間のセットを考えて下さり、これを1日2回開催する運営を考えて下さいました。また、ワークショップの中で作るものも、①裁断(レーザー加工機を使用)、②刺繍(刺繍ミシンを使用)、③縫製(ミシンを使用)の3段階をコンパクトに経験できる、トートバッグに決めて下さいました。

実際、12月19日から始めることになったワークショップの受講希望者は、最終的には55人にも膨れ上がりました。当初4日間合計8回で済ませる予定でしたが、最終的には6日間合計12回のワークショップになりました。皮肉なことに、この週、幹部教員は大学教育制度改革に関してシンガポール人のコンサルタントが主催する研修への参加が義務付けられていました。幹部教員がそちらに取られていた中で、これだけ関心を集めたのは驚異的なことです。

この縫製ワークショップに参加するために、初めてファブラボCSTに足を踏み入れたという若い教職員も多くいました。テクノロジーばかりを強調しているファブラボのことは他人事のように捉えていて、これまで見向きもしなかった層が、こと身近な縫製の話になると「自分も受けられないか」と言って来られます。新たな利用者の開拓に多少貢献したと思います。

折り目をつけるためにアイロンがけを教えるA隊員
ほとんどの受講者にとってはミシン初体験

ワークショップの運営上、刺繍工程は名前を入れるぐらいのシンプルなものを考えていました。ところが、特に条件指定もしないでやらせてみたところ、皆相当に凝ったデザインの刺繍を希望し、それが3時間フォーマットでのワークショップ進行の1つめのボトルネックとなりました。しかし、そうしたこだわりの刺繍をバッグに縫い付けたことで、多くの参加者には愛着のある一品となったようです。初めてミシンを動かしたという女性職員もいました。苦労して作り上げたバッグを肩に、ポーズ写真を撮っている彼女の姿を見ていて、カスタマイズ製作は作品への愛着を高めるということを改めて思いました。

出来上がったバッグ。「これ、いくらで売れるかな」と言ってる参加者にはちょっと苦笑…
刺繍でカスタマイズしたトートバッグ。大事に使って下さい

もう1つのボトルネックは、最後の縫い合わせの段階での「交通渋滞」です。どうしてもミシンを使わないといけないわけですが、うちにはミシンは1台だけ。準備ができている受講者がミシンの前で行列を作ってしまうこともしばしばです。3時間で運営するなら、4人が最大収容可能人数であり、5人だとミシン1台では3時間でとても終えられないというのがわかりました。今後に向けた教訓としたいと思います。

この取組みには、プンツォリンから車で50分ほど内陸部に入っていった高原学園都市ゲドゥにある縫製研修センター「Karma Stitch House」にもご協力いただきました。事前にうちの学生インターンをゲドゥに送り込んで1日がかりでミシン操作の研修を受けてもらい、その上で、Aさんのご到着以降は、研修センターの代表のKさんと学生インターンに、ティーチングアシスタントとしてサポートしてもらっています。これで、Aさんがお帰りになったあとも、地元の小中高生を対象にして、同様の縫製ワークショップができるようになるのではないかと期待したいところです。


4.野菜栽培隊員Bさんの事例

一方、Aさんにプンツォリンまでお越しいただいている間、パロで野菜栽培を指導されている協力隊員のBさんからも、野菜の苗床をファブラボで作れないかとの照会をいただきました。苗が小さい間はそこで育て、成長してから移植するという目的で使われるようです。

Bさんによると、トレイ自体はブータンでも手に入るのだけれど、枠が付いていないそうです。そこで、そのトレイにフィットした枠を3Dプリンターで作って欲しいとのご要望でした。

しかし、フィットさせるには一つ一つの枠の寸法が必要ですし、それがうちの3Dプリンターの最大印刷可能サイズを超えている可能性だってあります。そして、実際に超えていました。

また、プラスチックで製作するとたたんだりすることができないので、使わないときはかさばります。ふだんは分解保管して、必要な時は組み立てるという、格子状の木枠なら合板をレーザー加工するのでもいいのではとか、日本の養蚕で使われる上族(カイコが繭を作る工程)を補助する、「回転まぶし」と呼ばれる器具が今回のご要望と同じような形状だけれども、強度のある厚紙で折り畳み可能だから参考にできるのではないかとか(しかも、回転まぶしは使い回しができた筈…)、いろいろ考えました。

それらの協議はすべてSNS上で行いました。でも、照会しても回答をもらうまでにタイムラグがあったりするので、目の前の懸案を今すぐクリアして次の作業に移りたいと思っている時には、じれったさが正直ありました。

手描きのスケッチ。イメージをすり合わせるのには役立った
スケッチイメージをもとに、Fusion 360でデザイン
出来上がった2種類の枠

最終的にはやはり3Dプリンターで作ろうということになり、枠の大きさを2つのオプションに定めて、それぞれ2台試作することにしました。

パロとプンツォリンの間は車で3時間30分はかかり、しかも外国人の場合、移動には通行許可証を取得しなければなりません。対面での協議だけでなく、できた試作品を受け渡しするのにも困難が伴います。幸い今回はAさんがたまたまこちらに来られていたので、ティンプーに戻られる際に持って行ってもらうことにしましたが、試作品の受渡しや、さらにBさんからフィードバックをもらってデザインを改編するのにもさらにタイムラグが生じるリスクも感じました。

また、枠自体のデザインはFusion 360の「矩形状パターン」を使えば簡単なので、Bさんが自分でやれたらいいのにな~とも感じました。

このように、私が行う作業自体は、CADにしても3Dプリントにしても、非常にシンプルでした。Bさんとのやり取りで感じた難しさは、むしろ、そのやり取りの過程でたびたび生じるタイムラグにあったように思います。

(試作品がBさんのお手元に届き、実際にテストしてみられるまでには少し時間もかかるかもしれません。Bさんが実際に使ってみた写真は、入手でき次第この記事に加筆する予定です。)


5.最後に

今後も協力隊員の皆さんとの共創デザインの事例が積み上がっていったら、第二弾、第三弾としてご紹介していきたいと思います。

ブータンの場合は、ファブラボ側に日本人がいるので、相談を持ち込みやすいという面は確かにあります。でも、JICA海外協力隊が活動展開中の国のほとんどにはファブラボがすでにあるので、仲介役の日本人がいなくても、やろうと思えば同じようなことはできるはずなのです。なんなら、任国が違っていても、ご相談いただければデータ作りのお手伝いぐらいは私にもできないことはありません(本当は対面で共同作業できるのが理想ですが)。そうして作り上げたデータを持って、近所のファブラボに行って生産できるか訊いていただくのも全然ありです。

理想を言えば、思い付いたアイデアをデータ化するようなCADのスキルは、各自で身に付けておいていただけるといいのではないかと思います。でも、協力隊員の中にはシニアの方もいらっしゃるので、全員がCADを簡単に習得できるキャパシティがあるわけではありません。だから、誰かが間に入って、アイデアをデータ化する支援を行う必要はあるかもしれません。

もちろん、その支援者がファブラボに常駐している日本人でないといけない理由はありません。同じ国に派遣されている協力隊員の中に、そういうのに強い人が1人でもいればいいようにも思います。以前、拙著において、「協力隊の派遣前訓練にファブを組み込んだらどうか」と提言したことがあります。(そして、実際に2019年度に新規事業の社内公募に応募もしてみたのですが、見事不採用になりました。)中にはCADや機械操作への感度や許容度が低いという方もいらっしゃるので、希望者を対象とした選択科目という位置付けでもいいでしょう。そういうのができる協力隊員が任国に1人か2人いたら、そこにも協働の余地が生まれます。

協力隊には「技術補完研修」という制度があるそうですが、協力隊員となって現地に入られてから、「やっぱりCADや機械操作が必要だった」と気付かされたというケースもあるでしょう。どこかの国にJICAとの関係が深いファブラボがあれば、ホスト機関になってもらって「在外技術補完研修」を受け入れてもらったらいいのではないでしょうか。

手前味噌ですが、ブータンはそういうのができる素地があります。ファブラボCSTはそもそもJICAが開設支援したものですし、私が拙著でご紹介した「ファブラボ・ブータン」は、経営譲渡された後、JICAの事務所のすぐそばに用地確保して、2023年4月から「ファブラボ・チェゴ」として操業再開する予定だと聞いています。JICA事務所の会議室でCADの講習をやって、出来上がったデータをファブラボ・チェゴに持ち込んですぐに生産―――というような実地研修が、首都でも計画できる環境です。

この木造建築物の地階にファブラボ・チェゴは入居予定。落成は2023年4月

本稿は、世界中で活動しているJICA海外協力隊の方の目に触れてほしくて書きました。日頃の活動の中で感じられているちょっとした不便を解消するのに、ご近所にファブ施設を利用されてはいかがでしょうか。そして、もしCADの知識が現場で必要だと感じられる隊員の方が複数名いらっしゃるようなら、「在外技術補完研修」というJICAの制度枠組みを使って、講習会主催を企画されてはいかがでしょうか。

そしてまた、本稿は、そういう企画申請書を受け付けるJICAの人、特に青年海外協力隊事務局の人にも読んでほしいと思います。私のこうした提案が世界のいくつかの国で実現していくには、JICAの人の理解が不可欠です。しかし、実はそこがいちばん難しいのではないかとも日々感じています。


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