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ワンシーンだけ小説を

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2015年9月の記事一覧

H1904

H1904

「君のお母さん、なかなかきつい人だね」
螺旋状の階段を登りながら小声で耳打ちされた。まったくだ、と心の中で同意をする。何処の馬の骨ともわからぬ男を連れ込む私にも確かに非はあるが、年頃の娘の交友関係を根掘り葉掘り暴こうとしてくるのには、自分の親ながら過保護すぎて窒息しそうになる。
「さすがに部屋の中には入ってこないと思うけどね、まあ楽にしてよ」
後ろ手に部屋の扉を閉め、客人に座るよう促した。緊張した

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H1903

H1903

鼓膜が破れそうになるほどの蝉の絶叫が降り注ぐ林の中、すぐ目の前を蟻が列をなして横切って行くのを眺めながら、のし掛かる重みを力なく受け止めていた。倒れた衝撃で靴は片方脱げた上に衣服は土にまみれてしまったし、擦り傷でもできたのか体の数カ所がチクチクと痛む。虫けらから視線を外し自分を押し倒した男をきっと睨むが、相手はまったく意に介さない様子でにこやかな表情をこちらに向けていた。
「このまま挿れてもいい?

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H1901

H1901

「性に目覚める」という言葉について考えた。ここでいう性は俗に言う”いやらしいこと”だろうが、それに目覚めるというのはどういうことなのか。いやらしいことだということに気がつかず興味を持つことを指すのか、そうと知ってて故意にその領域に足を踏み込むことなのか。いずれにせよ周りの大人たちにはこの変化が訪れたことを安易に漏らしてはいけないということは理解できる。性の目覚めが人に知られてはならぬ秘密が増えるこ

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リミッター

人に対して強い感情を抱くのは、途方もなく労力のいることだと思う。にもかかわらず彼女はいつも僕に対して主張してくるし、おかげで僕自身はいつでも都合のいいときにその体を味わうことができている。大学の友人たちは僕のことを羨むけれど、彼らは僕がどんなに傷ついているかなんて知らないのだ。彼女はとてつもない労力をかけて僕に治らない傷をつけようとしている。

「あなたが好きよ」
まつげにいくつも涙をちりばめなが

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if

「歳下は趣味じゃない」
と自分が言ったのが聞こえた。目の前には先ほどまで無邪気な笑顔を浮かべていた君が、そのままでいるべきか泣くべきか迷ったあげく不自然な表情で固まってしまっている。数秒の間をおいて押し出されたのは、何の温度もない「そっか」という一言だった。健気なやつ、犬みたい。とんでもなく非道いことをした相手にこんなことを思いつくなんて、とうとう私もずるい大人になってしまったな。そうひとりごちな

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