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「歳下は趣味じゃない」
と自分が言ったのが聞こえた。目の前には先ほどまで無邪気な笑顔を浮かべていた君が、そのままでいるべきか泣くべきか迷ったあげく不自然な表情で固まってしまっている。数秒の間をおいて押し出されたのは、何の温度もない「そっか」という一言だった。健気なやつ、犬みたい。とんでもなく非道いことをした相手にこんなことを思いつくなんて、とうとう私もずるい大人になってしまったな。そうひとりごちながら私は、わずかに唇を噛みしめる青年を観察していた。
「僕のこと、きらい?」
「すきだよ」
「でも、年下は嫌いなんでしょ」
そういって俯く彼に若さを感じた。私も彼と同じ年頃は、好意を持つもの同士がお互いの生活を少しずつ分け合い、共有することが恋愛の醍醐味だと信じて疑わなかった。好意を持続させることに気を注げば、他の何人たりとも自分たちの障害にはなり得ないとも。しかしどんなに努力しても近づくことすらできない、相性が悪い二人というのは確かに存在するのだ。そして私はすでに、自分より後の時代を生きた人間にはそれを期待することをやめていた。
「私はあくまでも通過点だから」
言った意味がわからなかったのか、不思議そうに顔を覗き込んできた顔には、不器用に整えられた眉や治りかけのニキビなど、まだ大人になりきれていない部分が所々露出している。この無防備な不完全さを好んで愛でる輩もいるのかもしれないが、私には自分の手で完成まで導く自信も勇気もなかった。ましてや成人にも満たないわこうどに自らの底なしの欲求を満たさせようとするほど落ちぶれたくはない。だから自分から求めることは絶対にしないのだ。
決して重くはない長い沈黙が続いた。やがて私は決意とも自戒ともわからぬ思考をこねくり回すのをやめ、声をかけた。

「とりあえず、シャワー浴びて来な」

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