リミッター
人に対して強い感情を抱くのは、途方もなく労力のいることだと思う。にもかかわらず彼女はいつも僕に対して主張してくるし、おかげで僕自身はいつでも都合のいいときにその体を味わうことができている。大学の友人たちは僕のことを羨むけれど、彼らは僕がどんなに傷ついているかなんて知らないのだ。彼女はとてつもない労力をかけて僕に治らない傷をつけようとしている。
「あなたが好きよ」
まつげにいくつも涙をちりばめながら優佳は呟いた。僕は左手で彼女の耳をなぞりながら、右手で額に張り付いた髪をそっとかきあげた。くすぐったそうに身をよじりながらも僕のすることをただ受け入れている彼女を愛おしく思い、それを伝えた。白く透き通った頬に紅がさし、彼女自身がぎゅうーっと収縮する。幸福そうに上り詰める彼女の叫び声をきき「張り合いがないなあ」だなんておもいながら腰を叩きつけ、僕も果てた。
優佳と恋人関係になったのは大学二年生の冬。サークルのクリスマス会で特定の相手がいない男どもとおおいに騒いでいた最中に、泣きながら携帯にかけてきたのが彼女だった。同じアパートの上の階に住んでいる優佳は社会人で、越してきた彼女にゴミの出し方を教えてから親しくなり、農家である僕の自宅から送られてくる野菜をあげたり彼女が作りすぎたおかずを差し入れられたりしていた。
その日は恋人とデートの予定だときいていたので、大方うまくいかなかったのだろうと邪推しながら友人たちに別れを告げて彼女の部屋を訪ねた。
化粧をにじませしゃくりあげる優佳がそこにいた。衣服が整ったままなところを見ると、夕食の席で別れを切り出されたのか。暖かい飲み物を口にして落ち着いた彼女から案の定、恋人と別れたという話を聞かされた。婚約までしていて、僕自身も何度かあったことがあるが普通の真面目そうな会社員だった。何が原因だったのかと尋ねようとした時
「『あの大学生とできてるのか』ってきかれた」
「まさか」
「否定したのに、信じてもらえなくて。だから信じてくれない相手とは結婚できないって言ったの」
その先は聞かずに頭を撫でた。一時の感情に任せて言った言葉が致命傷を与えてしまうことは多い。彼に必要だったのは脅しではなくてひたむきな愛の言葉だったに違いない。まあ僕には関係ない話だが。
「せっかく綺麗にしていったのにな、下着まで新しくして」
力なく笑う優佳を気の毒に思った。僕はたかだか数ヶ月の付き合いだが、会社員の彼とはもっと長く思い出もたくさんあったはずだ。しかし左手の薬指には、昨日までははめられていた銀の指輪はもうなかった。
その瞬間、それまで影を潜めていたアルコールが僕に彼女を抱かせてしまったのだ。
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