見出し画像

『下午のまち銭湯』⑱大黒湯(茗荷谷)

銭湯は昼下がりに行くに限る


夏、文京区、銭湯


 銭湯はどの時期に行ってもその時々に楽しく感じられるのだけれど、中には「この時期はこの銭湯だ」と決めうったものもあったりする。
まだ僕が銭湯巡りを始めたばかりの時。暑い夏だった。その日は文京区にある「富士見湯」という銭湯に訪問していた。

瓦屋根煙突内番台といかにもな銭湯。当時のぼくはまだデザイナーズ銭湯なんかの新時代の銭湯に強い影響を受けていて昔ながらの銭湯にややテンションが下がる部分があった。

 でもこの富士見湯、その後のぼくの銭湯巡りに大きな影響を与えたとても重要な銭湯だったりするのだ。今でこそ交互浴がぼくの銭湯の一番の楽しみになってはいるものの実は最初は水風呂に全然入れなかった。サウナの後なんかは何とか入れたけれどそれでも30秒くらい。この富士見湯からなのである。ここの水風呂に入ってからぼくは積極的に長時間の水風呂を楽しむようになったのだ。

 富士見湯はとにかく白湯が暑かった。びっくりするほど。さすがにこれはやばいとすぐにカランに避難したけれどそれでも皮膚は真っ赤、体は熱い。ということで自然と足が水風呂に向かう。火傷した部位に冷水をかけるかの如く。気持ちよかった。全く冷たくもない。夏の暑い時期だったからというのもあったのだろう。水と皮膚の間に温かい膜があるのがわかる。これが羽衣というやつなのか。

 水風呂に入っていると常連らしきおじさんが入ってきて。「湯船熱すぎだよな、ここのおやじ頭どうかしてるよな」と話しかけてきた。常連の人がそういうのだから相当熱いんだろう。水風呂で体を冷やした後すぐに白湯に。すると皮膚に感電したようなビリビリとした痺れが伝わってきた。なんだこれ。気持ちいい。ここからぼくの交互浴ライフがはじまったんだ。

富士見湯

2020年10月。富士見湯廃業。

 そして今年も暑い夏がやってきた。あの富士見湯の衝撃が忘れられず、夏といえば富士見湯で水風呂だよなと自然と足が文京区に向く。富士見湯はもうない。でも思い出は味わいたいから近くの銭湯に行く。今のぼくは夏といえば文京区の銭湯。文京区には4つの銭湯がある。その中から大黒湯に行くことにした。

昼下がりの茗荷谷

 7月初旬。茗荷谷。池袋と新宿の間にあるようなこの駅は特別何か理由があると降りるようなところではない。駅を降りて春日通りを大塚方面に歩く。

 昼下がり。広い春日道りの歩道を向こうから様々な年代の学生たちが歩いてくる。ちょうど下校時間。それにしてもおびただしい数。川の流れのごとく押し寄せる学生たちをかき分け進んでゆく。進路はまっすぐ。銭湯というのは大抵大通りからちょっと外れた住宅地にあったりするんだけども、この大黒湯は違う。春日通りの歩道に面してでーんと突然現れた。

大黒湯




 緑のテントに「ゆ」マークに大黒湯の名。このテントな面構えな銭湯ぼくは結構好き。たまにある。そしてビギナーはちょっと入りにくい。テントな銭湯になんなく入れるようになるとちょっとレベルアップな感じ。
 
 中に入るとやっぱり木札の下駄箱。1番空いてるのでそこにガチャっと入れて入店。小さなロビーフロントがある。480円を払う。そういえば近々500円に値上がりする。そっちの方がコイン一枚で支払いは楽だけど、こうやってじゃらじゃら小銭を集めて支払うってのも銭湯の醍醐味なんだ。料金改定後もあえて100玉五枚とかで払っちゃおうかなぁ。支払いを済ませるとスタンプカードをくれた。「クールな夏の湯スタンプカード」。文京区の銭湯でスタンプ3つ集めるとなんと4回目は300円で入れるというお得なキャンペーン。

 脱衣場に入るとなかなか高い天井の古風な銭湯の脱衣場。木板の床に積まれている。ロッカーはシリンダー式でかぎにはバネの腕輪がついている。貸しロッカーがあって一か月300円。スポーツジムだと1000円くらいとられるから安い。

かららら~

 引き戸を開けて浴場へ。年季入ってる。きれいだけどやはり歴史を感じる。全面タイル作りで、下半分は水色基調、上半分は白で統一している。ペンキ絵やモザイク画のようなものはなくて水色のタイルにどっかのヨットハーバーの絵が描かれてる。

良い。ぼくは水色のタイルの浴場がかなり好き。壁にペンキで水色ってのじゃなくてタイルそのものが水色ってのが凄くぼくの琴線に触れるんだ。

左側にサウナ室がある。小さめだけど値段が100円と安い。その隣に立ちシャワーが2か所ある。

桶は黄色いケロリン。椅子と桶をもってカランに移動する。カランは27ヵ所。縦に4列。中央壁付近のカランに移動。丸い鏡がある。端がちょっと割れている。タイルもところどころひびがあったりするがそれがまた良し。こういうのを見て古臭いとならずに味があるととらえられるようになると銭湯人としてこれまたレベルアップした感じがある。

備え付けの石鹸が壁側のカランだけにずらっと並んでいる。中壁の方にはないけどこれも時間がたつごとにお客さんが自由に移動してバランスの良い配置になるんだろう。まち銭湯にしては珍しくシャンプーがリンスインではなくシャンプーとコンディショナーのボトルに分かれている。

カランは上からドンと叩く式。このカランのタイプもいろいろある。上からたたく式のほかに回すタイプのもある。一個のレバーで傾けて温冷を切り替えるのもある。たまに回す式の見た目でじつは叩く式ってのもある。

カランのお湯を出す。ぬるい。お湯というより水に近い。時間がたつと熱くなるのかなとしばらく出したけどやっぱりぬるい。夏だからかな。まぁいいや銭湯だし。こういうのもあり。

浴槽に向かう。湯舟は3つ。右手前に小さな水風呂。その奥に白湯。となりに薬湯。まずは白湯から。温度は・・・適温。ほどほどの熱さ。富士見湯てきな暴力的な暑さではない。バイブラがついていて下から刺激している。今年の夏は暑い。汗をかいた後の銭湯は最高だ。とくに一日の熱さのピークを迎えるこの午後に日がある時間につかるのが至高。夏の昼下がり銭湯は最強だ。

湯船から銭湯全体を見渡す。スタンダードなまち銭湯。でもところどころに洋風な感じがある。タイルの細工とか時計下の柱とか、ヨットハーバーの絵も外国かな(と言いつつ横浜とかだったり…)。一番思うのが天井。年代物のまち銭湯の天井はドーム型の湯気抜き仕様になってるとこが多いのだけどここ大黒湯は八角形の形状になっている。積極的に八角形を取り込む建築様式は欧州の建物に多い気がする。

全体的にくたびれているので、古き良き日本の銭湯みたいになってるが、もし造りたての新しい状態だったらここはかなりオシャレな感じになるんじゃないかなぁとぼくは思ったりするんだよね。

メタリックな近未来的な脱銭湯のもおしゃれではあるけれど、銭湯として個性を出すオシャレは実はこうゆう方向性なのかなと思わなくもない。とはいえこの銭湯がおしゃれだともまったく思わないのだけれど。

きっと銭湯巡りなんかしてなかったらこういった銭湯に来ても何も感じなかっただろう。でもただのまち銭湯に無理やりいろいろ感じてしまうのはこれまた銭湯人としてのレベルアップの賜物ではないかと。

そのままジェットバスへ。隣の浴槽との仕切り壁から発射されているというなかなか珍しい配置のジェットバス。強さはまち銭湯のジェットにしてはやや弱めかな。

さて水風呂。小さめの浴槽にそろりとはいる。ちょっとぬるめかな。これは長時間はいってられる。ほどなく体が冷えたので今度は薬湯へ。

薬湯座風呂になっている。といっても深風呂といった感じでもないので座ると半身浴のようになる。この日の薬湯はコラーゲン。鮮やかな薄紫。水風呂の後なのでビリビリと肌がしびれる。これこれ。文京区、銭湯、水風呂からの交互浴。夏だ。夏がやってきた。コラーゲンで肌がつやつやになったようなならないような。カランに移動してちょっと休憩。

何度か交互浴をして最後白湯で締め。浴槽から脱衣場をなんとなく見ていたらロッカーの上になんか大きな絵が設置されているのを見つけた。服脱いでる時には気づかなかったけどなんだろう。そのままシャワーを浴びに行く。シャワーゾーンには飲水用の蛇口がついていた。サウナの人用かな。

脱衣場に戻ってふとロッカーの上の絵を見てみる。銭湯の絵が二枚ある。片方が夕方、片方が夜。瓦屋根に破風造りの銭湯。なんとも懐かしい感じ。見た目はここ大黒湯ではない。昔の大黒湯かな。屋号の看板があってみてみると「富士見湯」とかいてある。ああ・・・これあの富士見湯かな。そうだこんな感じだった。思わぬ横のつながり。富士見湯なき文京区で夏の富士見湯の思い出を求めてきた別の銭湯。そこで富士見湯と出会う。銭湯巡りをしていたからこその出会い。

店員さんに挨拶して外に出る。さっぱりして気持ちよかった。やはり夏は文京区の銭湯だ。さてせっかくだから丼太郎で牛丼でも食べていくか。まだまだ暑い茗荷谷を歩いていくのであった。

銭湯の詳細


『大黒湯』[所在地]文京区大塚[最寄り駅]丸ノ内線「茗荷谷」駅下車徒歩7分[営業時間]15:30~23:30 [定休日]月曜日[入浴料]480円(令和4年7月以降500円)[ドライヤー]20円



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?